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激化するLNG争奪戦  崩壊した天然ガスの安定供給

石川 一洋  専門解説委員

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日本では冬を前に家計にとって暗いニュースが続いています。電気料金は高止まりし、さらに来年4月以降の値上げの申請も相次いでいます。その原因はLNG液化天然ガスの価格の高騰です。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻の中で、ロシアとヨーロッパの間のガスの安定供給が壊れ、世界的なLNG争奪戦が始まっています。それは経済的に弱いアジアの新興国を苦境に陥らせています。何故争奪戦は始まったのか。そして今後どうなるのか、今回は考えてみます。

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日本は天然ガスのほとんどをLNG液化天然ガスの形で輸入し、その量は年間7600万トン以上、中国に次ぐ世界第二位の輸入国です。電力のおよそ40%がガス火力で、LNG争奪戦による価格高騰の直撃を受けています。

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なぜ争奪戦が起きたのか、まず世界の天然ガス市場について説明します。
日本や韓国などLNG液化天然ガスを中心としたアジア市場、ロシアなどからのパイプラインガスを中心としたヨーロッパ市場、そして自国産ガスを網の目のように張り巡らされたパイプラインで供給する北米市場の三つに分かれてきました。アジア市場とヨーロッパ市場は長期契約、北米市場は市場価格が中心でした。しかし近年、アメリカやロシアというパイプラインガスの大国がLNGの生産を拡大し、その時々の市価でLNGを取引するスポット取引が増えて、市場間の結びつきが深まっていました。また脱炭素の流れの中で、天然ガスの需要が世界的に広がる一方、天然ガスを含めた化石燃料への投資は減り、今後の需給は厳しくなりつつありました。
そこにロシアがウクライナに軍事侵攻。冷戦時代も途切れることなく続いてきたロシアからヨーロッパへのパイプラインを通じた天然ガスの安定供給が崩壊したのです。

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冷戦時代、1970年代、西ドイツのブラント政権がソビエトへの関与政策、東方外交の一環としてアメリカの反対を押し切りガスパイプラインが建設されました。いかに政治が対立してもソビエトからのヨーロッパへのガス供給は途絶えることなく続きました。東西ドイツの統一、冷戦終結、天然ガスによる結びつきは政治的な意味も持っていました。

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パイプラインはロシアの北極圏のガス田からウクライナを経由してヨーロッパに至ります。2000年代ロシアとウクライナの対立が深まる中、ウクライナを経由しない新たな海底パイプライン・ノルドストリームが建設されました。生産国ロシア、通過国ウクライナ、消費国ドイツが共通利益を見出し、協力するのが理想でしょうが、政治的な対立はそれを許さず、ウクライナ抜きのノルドストリームが、主要なパイプラインとなりました。しかし軍事侵攻後、ロシアがヨーロッパへのガス供給を減らす中、9月大動脈ノルドストリームが“何者かの破壊工作”によって爆破されたのです。ヨーロッパ経済を下支えしてきたロシアからのガス供給の大動脈が物理的に切断されました。これは単にヨーロッパ市場の問題ではなく、棲み分けしていた世界のガス市場のバランスを崩し、LNG争奪戦を激化させたのです。

ヨーロッパは脱ロシアのため節電や再生エネルギーのさらなる活用など様々な対策を講じています。その一つがガス輸入の多様化でLNG輸入を大幅に増やすことです。
ヨーロッパ各地では新たなLNGの受け入れ基地を急ピッチで建設しています。IEAによりますと今年ヨーロッパのLNG輸入量は65%増えました。来年に向けてさらに輸入を増やす見通しです。確かに脱ロシアに向けたヨーロッパだけのエネルギー安全保障を考えれば当然の戦略ですが、LNGスポット価格上昇の大きな要因となりました。

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アジアのLNGスポット価格はヨーロッパと連動するように乱高下しながら上がっています。ただよくよく見ると、こうした乱高下しながら上昇する傾向は去年、2021年から表れています。つまり当時から需給がひっ迫するとの見通しが強まり、価格の上昇傾向が始まっていたのです。そこにロシアがウクライナに軍事侵攻、脱ロシアを目指すヨーロッパがLNG市場に本格的に参入する中、争奪戦をさらに激しくなっています。
しかも今年は、中国の経済不振という価格を押し下げる要因もある中での上昇です。ゼロコロナによる経済成長の鈍化は、輸入を減らし、カタールなどからヨーロッパにLNGを回す余裕を生み出しています。中国の経済不振の中での価格上昇は異常ともいえ、中国の経済が回復したらLNG価格はどうなるのでしょうか。

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この危機に日本はどのように対応しようとしているのでしょうか。資源エネルギー庁では、節電の要請を継続し、原子力や再生エネルギーなどを最大限活用するとともに、地方および国全体で、ガス会社や電力会社などが天然ガスを融通し合う仕組みを作り、国もLNG調達や調整に直接関与するとしています。
ただ去年の暮れ、日本は長年続けてきたカタールとの天然ガスの長期契約を延長しないという不可解な判断をしました。何故でしょうか。2030年までに温室効果ガスの排出量を46%削減するとの目標を国際公約とする中、柔軟性のない長期契約を継続すればその達成に障害となる、スポット市場の拡大の中で長期契約がなくてもガスを調達できる、と判断したのでしょう。
しかしアメリカがロシアの軍事侵攻を警告する中で、大きな誤りだったと言わざるをえません。カタールのLNGは中部電力などが長年、長期契約で購入し続け、相互信頼に基づき、育ててきた事業だけに残念なことです。
それでも日本は生産国との間でLNG購入の長期契約を持ち、購入価格はアジアのスポット市場よりもかなり安くなっています。今後長期契約をともかく維持することが必要でしょう。
「LNG争奪戦」の中で長期契約への回帰が始まっています。中国の国営エネルギー企業SINOPECは日本をあざ笑うかのようにカタールとの間で11月、27年間に及ぶ長期購入契約を結びました。またワールドカップでは人権問題を厳しく批判するドイツもLNGについてはカタール詣でを繰り返し、15年の長期契約を締結したことが29日、発表されました。

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では今後どうなるのでしょうか。
経済産業省が提出した世界のLNGの需給バランスの見通しに関する資料です。もしも仮にロシアからヨーロッパにパイプラインガス供給が再開したとしても2025年には供給余力は不足します。ロシアのヨーロッパへのパイプラインによるガス供給が途絶した場合、2025年には世界全体でひと月700万トン、日本のひと月分の供給量が不足するという試算です。生産まで長期の投資が必要なLNGは需要が増えたからと言って生産はそう簡単に増えるものではありません。
高いガスを買える日本やヨーロッパはまだ恵まれています。より深刻なのはアジアの新興国です。パキスタン、バングラデシュ、タイなどアジアの国々はLNGの輸入を大幅に減らしています。それは脱炭素ではなく、買いたくても、高値の中では買えないのです。パキスタンでは電力危機が、政情不安にもつながっています。中国、インドなど大国を含め、炭素を大量に排出する石炭による発電に逆行する現象が起きています。食料と同じようにより貧しい国が犠牲となる状況が生まれています。
プーチン大統領が侵略を止め、ヨーロッパへのガス供給が回復することが解決策です。しかしその見通しはありません。ロシアとウクライナの戦争が長期化する中で、LNGをめぐる供給の危機はこれからますます深刻となると我々は覚悟しなければならないでしょう。大国は自国のみのエネルギー安全保障を考えるだけでなく、天然ガスの安定供給に向けて生産への長期的な投資の維持、そして脆弱な国への省エネ技術を含めた支援など国際協調を進めるべきでしょう。豊かな国が自らのエネルギー安全保障を担保する中でより脆弱な国が犠牲となっていることを忘れるべきではありません。


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