毎日の食卓に欠かせない、卵や鶏肉。
それらを生産している養鶏場が、鳥の病気、「高病原性鳥インフルエンザ」の猛威にさらされています。
農林水産省は、10月下旬以降、毎週新たな発生を発表。過去最悪だった2年前を上回るペースで、例年、拡大する冬から春にかけて、いっそう増えることが懸念されています。
どうして鳥インフルエンザの感染が拡大しているのか。今回はその背景と影響について解説します。
【鳥インフルエンザとは】
鳥インフルエンザは、インフルエンザウイルスによる鳥の伝染病です。
とくにニワトリなど「家きん」と呼ばれる家畜の鳥に対して、致死率が高いウイルスを「高病原性」と呼びます。今回触れる鳥インフルエンザは、すべて「高病原性」についてです。
まん延するのを防ぐため、見つかった場合、農場の鳥はすべて殺処分されます。また、半径3キロ以内では鳥の移動を禁止したうえで、3キロから10キロ以内の鳥を域外に出すことも禁止されます。
処分した鳥を埋めて消毒するなど措置を終え、再び発生しなければ、3週間後に制限が解除されます。
【異例の早い時期の発生】
今シーズンの状況に関係者は震撼しています。始まった時期がきわめて早く、瞬く間に広がっているためです。
今シーズン初めて発生したのは、10月28日、岡山県の養鶏場で、およそ17万羽が殺処分されました。10月の発生は過去に例がありません。
初めての発生からちょうど1か月後の11月28日の時点で、全国19か所で発生。地域も北海道から九州・鹿児島まで各地に広がっています。殺処分の対象となった鳥の数は、すでにおよそ335万羽に達します。
鳥インフルエンザは日本では2003年、79年ぶりに発生して以来、ほぼ数年おきに出てきました。
様相が変わったのは2年前、2020年のシーズンです。それまでに例のない拡大で、987万羽が殺処分されました。よくとしは減ったとはいえ、過去2番目の多さでした。
今シーズンはわずか1か月で昨シーズンを上回り、11月28日の時点では、2年前を超える過去最悪のペースです。
【感染が拡大している背景は】
感染拡大の原因は、渡り鳥です。
日本には毎年9月ごろ、ウイルスに感染した渡り鳥がシベリアの繁殖地から南下します。秋から渡り鳥が北へ帰る、翌年の5月ごろにかけて、警戒される時期になります。
夏を過ごすシベリアには、日本だけでなく、アジアやヨーロッパから戻った鳥が集います。
感染した鳥がシベリアで次々にほかの鳥に移し、秋になるとそれらの鳥が再び各地に移動して、ウイルスを拡散するというわけです。
最近になって急速に感染が拡大した一因として、専門家は、ウイルスが野鳥に広がりやすく変異したことを挙げています。
このため、爆発的な拡大は日本だけではありません。
農林水産省によりますと、ヨーロッパでは過去最大規模の感染拡大が続いています。本来、落ち着くはずの夏も収まらなかったということです。北米でもことしに入って750件以上発生し、あわせて5000万羽以上の鳥が殺処分されました。
今シーズンは、世界中で過去に例のない感染拡大が生じています。
【卵価格への影響が懸念】
気になるのは、食卓への影響です。
発生している農場のほとんどはニワトリを飼う養鶏場です。ニワトリには、卵を産む「採卵鶏」と肉用の「肉用鶏」があります。
採卵鶏のほうが一か所で飼われているニワトリの数がまとまっていて、殺処分の数も多い傾向があるため、影響は卵の価格に現れやすくなっています。
過去最多の発生があった2年前のシーズンは、実際に値上がりを引き起こしたと言われています。
「JA全農たまご」によりますと、卵の卸売価格は、おととしの年末にかけて、消費量が多い東京・Mサイズの基準値で1キロあたり170円前後と、例年より安い傾向でした。ところが発生が増えた翌年の2月以降、急激に上昇し、5月以降は250円を超えました。これは7年ぶりの高値でした。
一方、ことしはすでに例年より高い傾向になっています。穀物価格の高騰でエサの価格が上昇し、採算が悪化していることから、生産者は卵を作る量を抑えました。この結果、供給量が伸びていないからです。
ただでさえ高値傾向にある卵が、鳥インフルエンザの感染拡大で殺処分されるニワトリの数が増えれば、さらに供給量が減って値上がりする可能性があります。
【必要なのは基本的な感染対策】
これ以上の拡大を避けるためにはどうすればよいでしょうか。
まずは生産者が農場の感染対策を強化することです。
感染はウイルスを付けた小動物や小鳥、人が施設に入って、広げるケースが一般的です。
渡り鳥がとどまる水辺で、スズメやカラスなどが感染したり、ネズミなどの小動物にウイルスが付着したりします。これらが施設の隙間から中に入り込んで、中にいるニワトリに感染させるというケースです。また、ウイルスを靴などに付けた人が中に入って感染させる可能性もあります。
このため、鳥が入らないようネットを張ることや建物の隙間をふさぐこと、さらに施設の中に人が入る場合には手や指、長靴を消毒するなど基本的な対策を今一度、徹底することが大事です。
ここ数年の拡大で生産者の危機意識は間違いなく高まっています。
農林水産省によりますと、10月に行った生産者による自主的な点検でも、ネットを設けるなどの対策の実施率は96%以上に上っています。
それでも、家畜の病気の予防に詳しい東京農工大学の竹原一明教授は「実施方法が十分ではない可能性がある」とみています。
たとえば消毒について、「逆性石けん」と呼ばれる消毒剤の使い方に課題があるといいます。逆性石けんは、気温が下がると効果が薄れるため、粒の小さい水酸化カルシウムを混ぜる必要があるということです。せっかくの対策も効果がなければ意味がありません。
緊張を強いられている生産者は本当に苦しいと思いますが、このように1つ1つの対策を確認することも必要です。
【ヒトへの感染は本当に大丈夫?】
最後にこれだけ世界的に広がる中、ヒトに感染するリスクについて検証します。
重要なポイントは、鳥インフルエンザは基本的に「鳥の間で感染する病気」だということです。
厚生労働省は「通常、ヒトに感染することはない。しかし、感染した鳥に触れるなど濃厚接触をした場合など、きわめてまれにヒトに感染することがある」と説明しています。
こちらはベトナムのある市場の様子です。
ヒトへの感染は、このように生きた鳥と長い間、いっしょに生活し、羽や粉末状になったフンを吸い込むなどした場合に限られ、専門家は「日本ではこのような環境は考えにくい」としています。
WHO=世界保健機関の発表では、おととしから11月17日までの間、感染が拡大しているH5N1と呼ばれる型のウイルスに感染した人は全世界で4人、死者は1人にとどまっています。
また、感染したヒトから別のヒトへの感染も、現状では限定的です。
今のウイルスは肺につながる「気道」で増殖しにくいという特徴があるため、くしゃみやせきなどの飛沫を通じた感染が起きにくいという見方もあります。
獣医ウイルス学が専門の鳥取大学の伊藤壽啓教授は「ヒトからヒトに感染しやすくなる変異が起きた場合には脅威となるが、世界の研究者が調べていても現状でそうした例の報告はない。今のところ、過度に心配しなくてよい」と話しています。
【卵や鶏肉を食べて感染する可能性は?】
もう1つ、確認すべきなのは「卵や鶏肉を通じた感染がありうるのか」という点です。
日本では、発生するとその農場で飼われていた鳥はすべて殺処分されるため、感染した鳥の肉や卵は販売されません。
また、仮に出回ったとしても、ウイルスは熱に弱く、70℃以上に加熱すれば死滅するほか、胃の酸でも死ぬということです。
食品安全委員会は「日本の現状では鶏肉や卵などを食べることにより、鳥インフルエンザに感染する可能性はないと考えている」としています。
消費者としては、感染の動向に注意を払いつつ、冷静に受け止める心構えが必要です。
その一方で、養鶏に関わる人たちにとって、ひとたび発生すると影響は甚大です。
発生した生産者には、国から「手当金」が支給されますが、大量の鳥を殺処分しなければならず、精神的な負担にもなります。
それだけに生産者だけでなく、行政、関係機関が一丸となって最大限の努力をして、少しでも発生の拡大を食い止めてほしいと思います。
この委員の記事一覧はこちら