中国の習近平国家主席が共産党トップとして3期目に入った後、外交活動を本格化させています。
台湾情勢などをめぐっては一歩も譲らない強硬な姿勢を示す一方、経済の立て直しに向けて関係改善を図るなど、硬軟織り交ぜた動きを見せています。
長期政権を見据えた習主席が率いる中国の外交戦略について解説します。
【「トップ外交」本格化の背景は】
中国の習近平国家主席は先月(10月)に開かれた共産党大会で、党トップとして異例の3期目に入りました。
今月に入ってからは、インドネシアとタイで開かれた国際会議に相次いで出席し、各国の首脳と会談を重ねるなど、「トップ外交」を本格化させています。
一連の会議にあわせて行った首脳レベルの会談の数は6日間でおよそ20回にも上ります。これほど精力的に外交活動を行った背景には何があったのでしょうか。
習主席は、みずからが掲げる「ゼロコロナ」政策の影響から、2年半以上にわたって外国訪問という形での外交活動を中断せざるを得ない状況となっていました。
その一方でライバルのアメリカは、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、軍事支援や経済制裁を通じて、同盟国などとの結束を強化していきました。
しかし、中国は、「対ロシア」を名目にした結束の矛先はいずれ、軍備を増強し政治体制や人権などをめぐっても考え方を異にする中国へと向かいかねないという危機感を抱きます。
このため、習主席は続投を決めたばかりのタイミングで、アメリカに対抗するとともに、中国の存在感を高めるための外交の立て直しに舵を切ったとみられます。
【平行線たどった米中首脳】
そのハイライトとなったのが、先週(14日)、インドネシアで行われたアメリカのバイデン大統領との対面では初めてとなる米中首脳会談でした。
中でも最大の課題は台湾情勢でした。
米中関係はことし8月、ペロシ下院議長の台湾訪問を受けて、中国が「『1つの中国』原則に反し、台湾独立勢力を勢いづかせる」として反発。
中国軍が大規模な軍事演習を行うなど関係が悪化し、政府間の対話も滞っていただけに、緊張の緩和が図れるかどうかが焦点でした。
しかし、会談でバイデン大統領は、中国が台湾に対し「威圧的であり、攻撃的な姿勢を強めている」と批判。
これに対し習主席も「台湾問題は中国の核心的利益の中の核心であり、両国の関係で越えてはならないレッドラインだ」とけん制し、双方の主張は平行線をたどりました。
中国側は、先月の共産党大会で、党の最高規則にあたる「党規約」に「台湾独立に断固反対し、抑え込む」という表現を新たに盛り込み、ハードルをいっそう上げていただけに、一歩も譲らない姿勢が際立ちました。
また、習主席は、「アメリカにはアメリカ式の民主主義があるが、中国にも中国式の民主主義がある」として、政治体制や人権などをめぐっても意見が相容れないことが改めて浮き彫りになりました。
両国は気候変動や食料安全保障での協力や、政府間の対話を継続させることで一致し、なんとか緊張緩和に前向きなムードを演出したものの、お互いに長期的な対立も辞さない構えを示す中、意図しない衝突を避けるために意思の疎通をどう図っていくか、これからも難しい舵取りを迫られることになります。
【日本との関係改善に前向き】
では、日本との関係についてはどうでしょうか。タイで今月17日に行われた日中首脳会談は、対面としてはおよそ3年ぶりとなりましたが、沖縄県の尖閣諸島を含む東シナ海の情勢や台湾情勢をめぐって、議論はかみ合いませんでした。
ただ、その一方で習主席は「両国関係の重要性は変わっておらず、変わることはない。岸田総理大臣とともに新しい時代の要求にあった関係を構築したい」と述べ、関係改善に前向きな姿勢を示すとともに、ハイレベルの交流と対話を維持しながら、省エネや環境保護、医療などの分野で協力を進めることに意欲を示しました。
中国としては、日本が対中国の観点からアメリカと安全保障の分野でこれ以上接近するのを防ぐためにも、経済面での協力を通じて日本を振り向かせておきたい考えです。
あわせて、感染拡大の影響で減速した国内経済の立て直しにもつなげたい思惑もあり、経済的なパートナーとしての日本の重要性は依然として高いといえます。
ただ、関係改善にあたって、中国は、ペロシ議長の台湾訪問の際、日本側の対応に反発して、突然、日中外相会談をキャンセルしたように、みずからの都合だけで一方的に対話の扉を閉ざすことがないよう、真摯な対応が求められます。
また、日本は、依然として繰り返されている尖閣諸島周辺での領海侵入など、関係改善とは矛盾する中国側の行動に対しては毅然と対応することがいっそう求められます。
【ヨーロッパとの関係立て直し急ぐ】
対立や関係改善といった硬軟織り交ぜた外交を展開する中、中国がとりわけ、立て直しを急いでいるのがヨーロッパとの関係です。
アメリカが前のトランプ政権で中国とのデカップリング、経済面での切り離しを進めたことを受けて、中国はEUとの連携強化に活路を見出し、おととし(20年)には、投資協定の締結に向けて大筋合意に至りました。
しかし、新疆ウイグル自治区で人権侵害が行われているという懸念が持ち上がり、協定は批准の段階で、手続きが凍結されてしまいました。
自治区の人権をめぐっては、アメリカ側からの強い問題提起があっただけに、中国はアメリカの「横やり」だとみていました。
こうした中、中国側は今月4日、まず、ドイツのショルツ首相を中国に招きました。
会談で習主席は、ウクライナ情勢をめぐり、ロシアのプーチン政権が核戦力の使用も辞さない姿勢を見せていることを念頭に、「国際社会は核兵器の使用や威嚇に共同で反対すべきだ」と強調しました。
ヨーロッパ各国が抱く懸念に配慮を示し、中国側に引き付ける狙いがあったと受け止められています。
また、先週相次いだフランスやイタリア、スペインなどヨーロッパの首脳との会談では、「EUが独自に前向きな対中政策を行うよう望む」などと注文を付けています。
この発言には、アメリカを中心とした「対中包囲網」に加わることなく、中国との経済面での連携に前向きに取り組んでほしいという意図が込められていると考えられます。
【習3期目外交から見えてくるもの】
こうして見てきますと、3期目に入った習主席の外交戦略は、アメリカと同盟国などとの結束を、経済をテコに切り崩しながら、アメリカ側から中国側にいかに引き付けるかに重点を置いていることがわかります。
今回の外国訪問で習主席は、個別の会談では終始、笑顔をふりまいていました。
中国の指導者の表情は、相手国との関係を読み解くうえで重要な指標となります。
カナダのトルドー首相に対し、「非公式に行った会談の内容が漏れている」などと苦言を呈した場面ですら、時折、笑みを浮かべていました。
こうした態度からは、戦う狼を意味する「戦狼外交」と呼ばれた強硬なイメージを薄めようと努めていることがうかがえます。
これまで「強さ」をアピールしてきたばかりに、かえって中国に対する各国の警戒感を高めてしまったことから、方針の見直しを進めているのかもしれません。
習主席としては、感染拡大や少子化の影響などで足元の経済が減速する中、長期政権を見据えて、各国との関係を何とかコントロールしたいのが本音だと思います。
ただ、国際社会は、中国の経済面だけでなく、安全保障や人権などについても実際の行動を厳しく見ていく必要があります。
習主席は3期目の指導部発足にあたり、周囲を側近のイエスマンばかりで固めたことから、忖度が進み、外交においても冷静な判断ができなくなるのではないかと専門家などから指摘されています。
それだけに日本を含めた国際社会は、首脳どうしの接触の機会を増やし、習主席に対して直接、懸念を打ち込むことがますます重要になります。
安定した関係を構築し、平和的に共存するためにも、中国に対して本腰を入れて向き合う姿勢が問われることなります。
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