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「10増10減」法案成立へ 影響と課題は

権藤 敏範  解説委員

いわゆる1票の格差を是正するため、衆議院の小選挙区を「10増10減」する公職選挙法の改正案が11月10日に衆議院を通過し、今国会で成立する見通しとなりました。今回の見直しが今後の政治にどう影響し課題は何なのか、考えます。

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【衆院選挙区 区割り変更】
岸田総理は、死刑をめぐる発言を受けて葉梨法務大臣を事実上更迭し「私の任命責任も重く受け止めている」と述べました。山際前経済再生担当大臣に続く2人目の閣僚の辞任は政権にとって大きな痛手で今後の国会運営にも影響が出ることになります。
これに加えて、これから先の課題となるのが選挙制度のあり方です。

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今回の区割りの見直しは、衆議院選挙で2倍以上の1票の格差を司法が「違憲状態」と判断したことを受けて、2倍未満にするために行われるものです。小選挙区の数は、東京や神奈川など5つの都と県で10増え、宮城や広島など10の県で1つずつ、あわせて10減ります。また、北海道や大阪など10の道府県では、小選挙区の数は今のままで線引きが変更されます。あわせて過去最多の25の都道府県の140選挙区で区割りが変わります。今回の見直しをおととしの国勢調査をもとに試算すると1票の格差は1.999倍となります。

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見直しにあたっては、「アダムズ方式」という計算法が初めて使われました。人口の少ない地域にも配慮しているとされます。
比例代表は、5つのブロックで3増3減になります。東京と南関東ブロックで増える一方、東北、北陸信越、中国の3ブロックで減ります。
法案は今国会で成立する見通しで、新たな区割りは早ければ12月下旬にも施行され、次の衆議院選挙から適用されることになります。

【候補者調整】
法案が成立し小選挙区の区割りが変更されれば、与野党は候補者調整を本格化させることになります。

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特に自民党では、党内に加え連立を組む公明党との調整という2つのハードルを抱えます。議席が減る10県には自民の議員が多く、ベテラン議員も少なくありません。滋賀、岡山、愛媛の3県は小選挙区を独占しており、選挙区を失う議員が出かねません。比例への転出で最初は優遇されるかもしれませんが、いつまで続くか分かりません。活動の拠点も失い、すんなり受け入れる議員は多くないとみられます。
今後の候補者調整で焦点の1つとなるのが、選挙区が3から2に減る和歌山県です。2区は石田元総務大臣、3区は二階元幹事長の選挙区ですが、二階氏と地盤が重なる参議院の世耕幹事長が衆議院にくら替えする意欲を示しており、その動向が注目されます。
また、選挙区が4から3に減る山口県は、1区が高村前財務政務官、2区は岸前防衛大臣、3区は林外務大臣で、4区は亡くなった安倍元総理の選挙区でした。来年4月にも行われる補欠選挙で自民の候補が勝っても誰かが選挙区を諦めなければなりません。

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公明党との調整も高いハードルです。公明党は、選挙区が増える東京や埼玉などで新たな候補者の擁立を目指しています。背景には、都市部で党勢の回復を図り、国政選挙で減少傾向にある比例票を掘り起こしたいという狙いがあります。自民党との調整次第では両党の選挙協力に影響が出る可能性もあります。

与党内のいずれの調整も決着が長引けば、岸田総理の衆議院の解散戦略に影響が及ぶとの見方もあります。確かに今は、相次ぐ閣僚の辞任に加え、旧統一教会の問題や物価高など多くの課題を抱えており「直ちに解散」という状況ではありません。
ただ、長い目で見ると、森山選挙対策委員長が「小選挙区で誰が戦うのか明確にしないと、総理大臣の解散権を縛るとまでは言わないが、非常に窮屈な思いをさせるのではないか」と述べているように、岸田総理は、各選挙区の候補者が決まらない限り解散を打てないと見られます。しかし、与党内の調整も簡単ではありません。衆議院選挙が近づき、後がないという状況にならないと調整も進まないかもしれません。解散のタイミングを計る上で難しくなります。

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一方、野党側は、選挙区が増える都市部での勢力拡大を図ります。自民党が強固な地盤を持つ地方の議席が減るのは「好都合」との受け止めもあります。立憲民主党など野党側は、法案の担当である寺田総務大臣を政治資金の問題などで追及していますが、法案の審議自体には協力的です。

【有権者は】
では、私たち有権者にとってはどうでしょうか。地方では選挙区が減るほどに有権者の声は国政に届きにくくなるでしょう。一方、都市部でも区割りの見直しの度に選挙区が変わることで有権者と政治家との結びつきが弱くなり選挙への関心が薄れるのではないかとの懸念があります。

【選挙制度のあり方】
ここからは選挙制度のあり方について考えます。

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今回の区割りの見直しでも選挙区の格差はかろうじて2倍を下回るに過ぎません。5年ごとの国勢調査のたびに人口の変動に応じた見直しは避けられないとみられます。そこで、衆議院では、与野党協議の場を設置して選挙制度を抜本的に見直すとした付帯決議が採択されました。また、参議院でも、ことし夏の参議院選挙の1票の格差をめぐって、与野党の協議会で議論することにしています。
現行の衆議院の選挙制度は、大政党に有利で政権交代を促す小選挙区に、中小政党も議席を得やすい比例代表を組み合わせたものです。ただ、与野党が拮抗しにくい状況になっており、比例代表の復活当選には疑問を持つ人も少なくありません。参議院では、格差解消のために2つの県を1つの選挙区にする「合区」が導入されましたが投票率の低下などの弊害が指摘されています。何より、政党や議員に「都合がいい」とされる見直しを重ねたことで制度自体が「分かりにくくなった」との指摘もあります。

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では、どのような見直しが考えられるのでしょうか。議員定数を増やすのも選択肢の1つです。計算上、格差は小さくなりますが、有権者の理解を得るのは難しいかもしれません。アメリカの上院議員が人口に関わらず各州から選出されるように、日本でも各都道府県の代表を選んではどうかという考え方もあります。ただ、それには憲法改正が必要だとの指摘があります。
選挙制度に詳しい神戸大学の品田裕教授は「どのような選挙制度にも長所と短所がある。何に重きを置くかで理想の制度も変わり、与野党には総合的な判断が求められる」と話しています。

【まとめ】
選挙制度のあり方は、民主主義の根幹に深く関わり、国政にも大きな影響を及ぼします。与野党には、衆参の役割分担を含めて中長期的な視点に立った見直しの議論が求められます。一方で、各党の立場による違いが「党利党略」と映ることも少なくありません。それでも今の制度で選ばれた議員だけに見直しを任せるのか。第三者や学識経験者に委ねるのか。経済界や労働界の代表者らによる「令和臨調」でも選挙制度のあり方を提言することにしており、参考になるかもしれません。10増10減にどう対応するかとともに、制度の見直しをどう進めていくか、そのスタートラインに立つ政治の姿勢が問われると考えます。


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