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博物館150年 活用と保存のこれから

高橋 俊雄  解説委員

文化の秋。家の近く、あるいは旅先で博物館や美術館に足を運んだという方も多いと思います。
ことしは日本の博物館の出発点とされる明治5年の博覧会から150年の節目の年です。
一方、4月には博物館法が改正され、地域の活力向上に努めることなどが盛り込まれました。
文化の日に合わせて、わたしたちの身近な文化施設である博物館のこれからについて、考えてみたいと思います。

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【日本の博物館 ことしで150年】
日本の博物館の出発点とされるのは、今から150年前、明治5年に東京の湯島聖堂で開かれた博覧会です。これが今の東京国立博物館につながりました。
東京国立博物館では現在、創立150年を記念する特別展が開かれています(12月11日まで・事前予約制)。
所蔵する国宝89件が、期間中、展示を入れ替えながらすべて公開されます。
第一級の文化財が並ぶ展示室に足を踏み入れると、150年に及ぶ資料の収集や保存・修復の重みと、将来に伝えていくことの大切さを感じないわけにはいきません。

博物館は、歴史、民俗、美術や自然、科学など、さまざまな分野の資料を集めて保存し、公開する役目を果たしています。その数は戦後急増し、去年10月現在、博物館類似施設を含めて5771(文部科学省 令和3年度社会教育調査中間報告より)。多くは地域に根ざした公立の施設で、その土地の文化や自然を伝える役割を果たしてきました。

【厳しい現状 広がる業務】
しかし、多くの博物館は厳しい現状に直面しています。

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日本博物館協会が3年前に行った「博物館総合調査」によると、
▽学芸員など、専任の学芸系職員を常勤で雇用している館は全体の約半数、49.2%にとどまっています。学芸系職員を1人も置いていない館も16.5%ありました。
▽資料購入予算のない館は60.5%、100万円未満を含めると83%に及びます。

さらに、この2年間はコロナ禍によって休館などの制約を受け、利用者数の減少に直面しました。

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こうした厳しい状況の一方で、博物館に求められる業務は近年、広がりを見せています。資料の収集、保存、調査研究、展示、教育普及に加えて、SNSなどを使った情報発信やデジタルアーカイブ、観光・まちづくりへの貢献など、さまざまな活動が加わってきました。
その方向性は、ことし4月に成立し来年4月に施行される改正博物館法にも表れています。
新たな文言で目を引くのが、博物館の事業についての条文です。
文化観光の推進を図ることや、地域の活力の向上に寄与するよう努めることなどが盛り込まれています。
地域に根ざした施設として、少子高齢化や人口減少などの課題に向き合ったり、観光の拠点としての役割を果たしたりと、その機能を強化することが期待されているのです。

【具体的な方策は】
予算も人員も厳しい状況のなか、博物館は「地域の活力の向上」にどのように寄与することができるのか。地域に根ざした取り組みを進めてきた2つの館に、ヒントを探りたいと思います。

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北名古屋市歴史民俗資料館(愛知県)が力を入れているのは、「福祉」との連携です。
コレクションの中心は市民などから寄贈された昭和期の生活資料で、館は「昭和日常博物館」と呼ばれています。

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これを生かした取り組みが、高齢者が展示資料を前に体験を語り合うことで認知症の予防などに役立てようという「回想法」です。市の福祉部局と連携して、高齢者が道具の使い方などを子どもたちに教える場を設けたり、「回想法キット」と名付けた資料を貸し出したりしています。
市橋芳則館長は「博物館が、地域の人と人が関わる核になることが非常に大事だ」と話します。

学校との連携は多くの施設で行われていますが、これを突き詰めることで利用者のすそ野を広げようと、きめ細かな対応を行っているところもあります。

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美濃加茂市民ミュージアム(岐阜県)は、社会や理科などの授業の場として広く活用され、市外からも子どもたちが訪れます。
授業は、「学習係」と呼ばれる専任のスタッフが、学校の先生とともに事前に打ち合わせをして作り上げていきます。
コロナ禍の前には年間で140日前後活動し、延べ1万人の児童や生徒が訪れました。
参加した子どもたちには小学校の卒業前に加えて、新成人のタイミングでもアンケートを行っています。昨年度の新成人からの回答には「小学生の頃の思い出の1つ」「他の市にはないような場所」といった記述が見られました。

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可児光生館長は「日常生活のなかで博物館を楽しんでもらい、一過性ではない地域に根づいた来場者が増えていくことが大事だ」と指摘します。

ご紹介した2つの館は、人口が10万に満たない市の公立の施設です。コレクションの特徴や求められる役割を熟慮し、長年かけて独自のノウハウを積み上げてきました。

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各地の博物館には、どのような形で地域に貢献できるのか、法律の改正を機に改めて考えることが求められます。
それと同時に、地方自治体などの設置者には、予算や人員の拡充など、博物館に求める役割に見合った措置をとってほしいですし、取り組みを後押しする国の支援の充実も不可欠だと思います。

【災害対策「待ったなし」】
ここまでは、博物館の資料の活用について見てきました。
次に、資料の保存、中でも災害への備えについてです。

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東日本大震災の津波で全壊した陸前高田市立博物館(岩手県)は、11年あまりかけて再建され、今月5日から一般に公開されます。
陸前高田市では、博物館など4つの文化施設が津波の被害を受けて、合わせて56万点の資料が海水につかり、このうち46万点が救出されました。新たな展示室には、必要な処置を終えた資料を中心に、およそ7300点が並べられています。
救出された資料はそのままでは劣化してしまうため、洗浄や塩分の除去など「安定化処理」と呼ばれる工程を経て、必要な修復が行われます。資料は、古文書や民具、動物のはく製など多岐にわたり、全国の70を超える博物館などが、それぞれの知識や経験を生かして作業に協力してきました。
これまでにおよそ3分の2にあたる30万点の処置が終わりましたが、手法が確立されていない資料もあり、開館後も地道な作業が続けられます。

こうしたネットワークに加えて大切なのが、災害が起きた時にできるだけ被害を出さない、施設ごとの初動の体制作りです。

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横浜市にある神奈川県立歴史博物館は、3年前に収蔵品の搬出計画を策定。これに基づく訓練を行っています。
この博物館は川や海に近く、海抜は2メートル。建物の旧館部分は明治時代に建てられた国の重要文化財で、大規模な改修には制約があります。
これまでの訓練は台風による水害を想定して行われ、地階にある資料を2階に移しました。今後は地震や津波、火災を想定した訓練を行いたいとしています。

しかし、こうした訓練は少数にとどまっています。文化庁が3年前にフランスのノートルダム大聖堂の火災を受けて、国宝や重要文化財の美術工芸品を保管する施設に緊急アンケートを行ったところ、文化財を運び出す計画の策定や訓練を行っている施設はいずれも2割台でした。
災害をひとごとと捉えず、早急に対策を考える必要があります。

「博物館には地域のアイデンティティーが詰まっている」
陸前高田市立博物館で被災資料の救出と博物館の再建にあたってきた主任学芸員、熊谷賢さんは、開館を前にこのように語りました。
この言葉は、全国の多くの博物館にも当てはまります。
地域のアイデンティティーを守り、多くの人に知ってもらうとともに、地域社会に貢献する。
博物館みずからの取り組みと、国や自治体などの支援、そして利用者やほかの施設との連携を、これまで以上に充実させ、そのための方策を探ってほしいと思います。


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