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劣勢ロシアの"禁じ手"とは?ウクライナ戦争の行方

津屋 尚  解説委員

劣勢のロシア軍は、市民や民間インフラを標的とする国際法違反の“禁じ手”の攻撃を繰り出している。汚い爆弾や核兵器使用への懸念も消えず、ロシアの行動を抑止するためNATOはついに「軍事介入」のカードでロシアをけん制に乗り出した。
国際安全保障に詳しい津屋尚解説委員が解説。

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ウクライナ軍が反転攻勢の作戦を加速させる中、戦闘で苦戦が続くロシアは、ウクライナ各地の電力施設を攻撃するなど、国際法に違反するいわば「禁じ手」を繰り返しています。追い込まれたプーチン大統領が核を使用することへの懸念も消えない中、NATO・北大西洋条約機構によるけん制も強まっています。この戦争はこの先どのような方向に向かうのか考えます。

■解説のポイント
・強まる反転攻勢と劣勢のロシア
・ロシアの“禁じ手”とは
・けん制強めるNATOと戦争の行方

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■強まる反転攻勢と劣勢のロシア
ロシアの軍事侵攻が始まって8か月余りが過ぎ、ウクライナ軍は、NATOによる強力な軍事支援に支えられて、ウクライナ東部と南部の両方の戦線で、戦いの主導権を握っています。
このうち9月にロシアへの一方的な併合が宣言された4州の一つ、南部のヘルソン州では、州都ヘルソンからすでに7万人以上の住民が親ロシア派によって強制的に退避させられました。ウクライナ軍による奪還作戦が近く開始されるとの観測も出ています。
ヘルソンはロシアが軍事侵攻によって支配した唯一の州都でもあり、ウクライナ軍の進撃に備えて部隊を増強する動きも伝えられています。しかし、ロシア軍は戦力の激しい消耗に苦しんでいます。兵員不足を補うためプーチン大統領が踏み切った予備役の招集は、先週、予定の30万人の動員が完了し、そのおよそ3分の1が戦地に派遣されたとみられていますが、予備役の多くは訓練も装備も不十分で、ヘルソンでもそれ以外でも、戦力を補う効果は薄いと、専門家は指摘しています。

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■ロシアの“禁じ手”とは
ロシア軍はこれまで、侵攻した都市などで、戦争犯罪が疑われる数々の“禁じ手”を繰り返してきました。形勢を逆転できる見通しがたたない中、ウクライナ軍との直接戦闘よりも、戦闘とは無関係の遠くにある民間施設や市民を標的にする、まさに“禁じ手”の攻撃に、重点を移しているようにみえます。
① 発電所・エネルギー施設を攻撃
その顕著な例が、発電所などエネルギー関連施設を狙った攻撃です。イラン製とみられる自爆型ドローンを投入し、発電所や送電施設などを攻撃。各地で停電が相次ぐなどウクライナ全土で深刻な電力不足に陥っています。現地はこれから、厳しい冬が訪れますが、暖房にも使われる電力の不足は市民の命にもかかわる大問題です。ロシアは、ウクライナ国民に苦しみを強いて戦意をくじこうとしているのでしょう。ウクライナのクレバ外相は「ロシアは戦場で戦うかわりに民間人と戦っている」と非難しています。国連も、「明らかな国際法違反だ」と強く非難しています。
② ダム爆破を計画か
ロシア軍はまた、ヘルソン州にある巨大なダムを爆破しようとしていると
指摘されています。ダムが破壊されてドニプロ川が氾濫すれば、ウクライナ軍の
進軍は難しくなり、多くの住民にも甚大な被害が及ぶ恐れがあります。
③ 汚い爆弾
そして、にわかに懸念が高まっているのが、ダーティーボム=「汚い爆弾」が使われる事態です。汚い爆弾は、爆発力そのものは大きくないものの、放射性物質をまき散らすことで周辺地域を放射能で汚染する特殊爆弾です。ロシアは明確な根拠を示さないままウクライナ軍が「汚い爆弾」を使う計画があると主張しています。ウクライナ側は、「こうした主張を突然持ち出したロシアこそが使う準備をしている」と反論し、警戒を強めています。

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④ 戦術核の使用
さらに、最悪の「禁じ手」は、プーチン大統領が、ウクライナ軍に対して「戦術核」を使うことです。「戦術核」は戦略核に比べれば威力は小さいとは言え、使われればその影響は計り知れません。ロシアの核ドクトリンは、核による攻撃を受けた場合だけでなく、「通常兵器による攻撃を受け、国家存亡の危機に立たされた場合も核を使用する権利がある」としています。 
しかし、理性的な判断ができるなら、核兵器を使えば、国際社会での地位の低下など非常に大きな不利益をこうむることは明らかで、核の使用は現実的な選択とは
言えません。しかし、プーチン大統領が一層追い詰められた場合、理性的な判断ができるのかどうか、大きな懸念材料です。

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■けん制強めるNATO
「核の使用によってこうむる不利益」の中で、ロシアが最も恐れるのは、おそらく、NATOの軍事介入です。ウクライナ軍との戦いですでに消耗しているロシア軍の兵力は、アメリカなどの通常兵器によって短期間でせん滅される可能性が高いからです。
NATOはいま、ロシアがさらに危険な行動に出るのを抑止しようと、通常兵器に限定した形で「軍事介入」のカードを示してけん制しています。
NATOのストルテンベルグ事務総長は「核を使えばロシアにとって深刻な結果をもたらすだろう」と述べ、EUのボレル上級代表は「核を使えば、通常兵器による反撃でロシアは全滅することになる」と極めて強い言葉で警告しました。また、アメリカのブリンケン国務長官は「どんな結果を招くか、非常に明確に、プーチン大統領に直接、伝えている」と述べています。

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NATOはさらに、行動でもその意思を示そうとしています。ウクライナと国境を接するNATO加盟国のルーマニアには現在、アメリカ陸軍の精鋭部隊「第101空てい師団」が展開しています。アメリカ陸軍は最近、この部隊が黒海に近い国境地帯で、
実戦さながらの演習を繰り返している事実を公表しました。介入を抑止するつもりの兵器も、使ってしまえば、かえって介入を招くことになるとけん制しているのです。

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■プーチン大統領に変化?
こうしたけん制の影響なのかは定かではありませんが、プーチン大統領の核兵器をめぐる発言には最近、変化が見られました。プーチン大統領は2月に軍事侵攻を開始した際には「最強の核保有国ロシアへの直接攻撃は壊滅的な結果をもたらす」などと発言し、核の使用をちらつかせました。9月には「ロシアの領土保全に対する脅威が生じた場合、あらゆる手段を使う。これはこけおどしではない」と述べました。核保有国が国家防衛のために「あらゆる手段」と言う時、それは「核兵器を含む」ことは安全保障の世界ではなかば常識です。
ところが先週27日、一転して「核を使用する可能性について積極的に発言したことはない」と述べました。核兵器に関する発言はにわかにトーンダウンしたようにも見えます。

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■戦争の行方は
この変化は何を意味するのか、ロシアは核の脅しを控えることにしたのか、その答えをえるには今後の動きを見極める必要があります。ただ、その後のプーチン政権の言動からわかるのは、ロシア軍の劣勢にもかかわらず、ウクライナへの侵攻をやめる気はないということです。そして、ロシアは、世界の食糧事情に影響のあるウクライナ産農産物の輸出に関する合意を突然、無期限で停止したように、軍事面だけではないあらゆる手段を使って、国際社会をも揺さぶりながら戦争を続けていくことが予想されます。
一方のウクライナ軍は、本格的な冬が到来する前に、領土の奪還を加速させようとするでしょう。ウクライナ軍がヘルソン州を奪還すれば、隣接するクリミア半島を攻略する足掛かりにもなるだけに、ここでの攻防は戦争の行方を左右する可能性があります。

見てきたように、戦争の出口はいぜん見えず、ロシアは、ウクライナの市民に犠牲と苦しみを強いる攻撃と破壊を続けていくことが懸念されます。しかし、そうした行為は結果としてロシアに何の利益ももたらさず、軍事侵攻をやめることが未来につながる唯一の道であることを、ロシア自身にどのように理解させるのか、難しくも不可欠な課題です。


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