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物価高へ 政府が対策~円安がつきつけた課題

神子田 章博  解説委員

 物価高対策を中心とした政府の総合経済対策がまとまりました。きょうは、対策のうち、急激な円安などを背景に大幅に値上がりしている電気・ガス料金の負担緩和策を中心に、対策の問題点を考えるとともに、円安がつきつけた日本経済の課題について考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです
1)対策でどれだけ負担緩和に
2)矛盾するか政策の方向性
3)成長力回復への課題

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1)対策でどれだけ負担緩和に
 まず冬を前に関心が高まっている電気料金などの負担緩和策について具体的に見ていきます。電力に関しては、電力の使用量に応じて各家庭に請求される料金を来年1月から1キロワットアワーあたり7円を補助します。これによって標準的な世帯の場合、毎月の電力使用量が400キロワットアワーで、料金は、14000円。これを1キロワットアワーあたり7円補助が出ると、2800円の補助が出ることになり、料金は11200円に引き下げられ、元の料金に比べておよそ2割安くなる計算です。企業むけも1キロワットアワーあたり3.5円を補助します。さらに都市ガスについては、家庭や年間契約料の少ない企業に対し使用量1立方メートル当たり30円の支援を行うこととなり、標準的な家庭で900円の軽減となります。またすでに行われてきたガソリンなどの燃料価格の上昇を抑えるため、石油元売り各社に支給している補助金については、年末となっていた期限を延長し、来年9月まで補助額を調整しながら継続するとしています。

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 さらに、物価の上昇が食料品などにも及び、10月の東京23区の消費者物価指数が、3.4%の上昇と33年ぶりの高さとなるなど、生活が苦しい人が増える中で、今回の対策には妊娠や出産に際して、育児用品の購入などの負担を軽減するためだとして、10万円相当を支援する制度も盛り込まれました。
 その一方で、物価高騰や賃上げへの取り組みのための財政支出は12兆2000億円程度に膨らみ、こうした支出の多くが国債の追加的な発行、つまり政府の借金でまかなわれることになります。政府は、電気料金などの負担緩和をめぐって、毎月の請求書をみれば今回の対策を通じてどれだけ負担が緩和されたかわかるようにしたいとしていますが、私たちは、こうした対策のための予算の多くが、将来返済が必要となる政府の借金でまかなわれていることもよくわかっておく必要があるでしょう。

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2)矛盾するか政策の方向性
 さて、その電気ガス料金の負担を軽減する支援策ですが、日々苦しくなる家計の助けになることが期待される一方で、円安がつきつけたエネルギーの海外依存がもたらす問題の抜本的な解決と方向性が矛盾するのではという指摘も出ています。

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 日本はエネルギーの9割を海外に依存し、そのエネルギーの価格はロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに高騰しています。こちらは、LNG=液化天然ガスの輸入価格を円で示した推移です。ウクライナ紛争前の今年1月と比べ、8月は1.7倍の水準にまで値上がりしています。もとの価格が値上がりしている上、おりからの円安で円の価値が目減りしていることで支払い額が一段と増えているのです。さらにこうした輸入代金の支払いはドルで行われることが多く、そのために円を売ってドルを調達する動きが強まるため、円安の動きを一段と後押している面もあるといわれます。このため、円安をくい止めるためにも、海外からのエネルギーへの依存を減らすことが求められています。

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 そうした中で今回の支援策の方向性は正しいのか疑問だとする声がでています。というのも、通常ひとびとは、モノの値段が上昇すれば買い控えをします。生活に欠かせない電気やガソリンは、節約するといっても限度はありますが、それでも価格があがればあがるほど省エネで出費を節約しようという気持ちが強まるのが一般的です。それが価格の上昇を抑えることで、その分省エネ意識が弱まるのではないか。政府は、エネルギーの海外依存を減らすため、家計や企業の省エネの抜本的な強化が必要だとして節電支援策も打ち出していますが、そうした政策と矛盾するのではないかという指摘が出ているのです。さらに、本当に必要なのは、海外への依存度を低下させることです。政府は今年8月、目標に掲げる17基の原子力発電所の再稼働によっておよそ1兆6000億円の天然ガスを輸入せずに済むようになるという試算を示しています。エネルギーの海外依存という弱点を克服するために、安全を大前提として原発の稼働を増やすのか。再生エネルギーも含め国内からの供給拡大に向けて実効性のある対応を急ぐ必要があります。

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3)成長力回復への課題
 最後に円安の要因となっている日本の超低金利政策の背景には、経済が力強さを欠く状況が続いていることがあります。こうした中今回の対策では、成長力の回復にむけた対策も盛り込まれました。具体的には、デジタルやグリーンなどの成長分野への労働力の移動を促すために、リスキリング=学び直しから転職までを一体的に支援する新たな制度を設けること。さらに円安の長期化も視野に円安を逆手にとる政策です。地域ごとに専門家を派遣して観光振興の計画づくりを行なうなどして長期滞在や富裕層の外国人旅行客を増やしたり、先端技術をもつ外国企業を国内に誘致し、重要な物資のサプライチェーン=供給網の強化をはかる政策などが盛り込まれています。

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 もちろん、こうした政策も大事ですが、やはり当面の課題は物価上昇を乗り越えるための賃金上昇です。その意味で、最近の日本経済で注目されるのは人手不足の問題です。コロナ禍で落ちこんでいた飲食や宿泊といったサービス業では、行動制限や外国からの入国者に対する水際対策が緩和されたことで、業績が急回復しています。その一方で感染を恐れる高齢者や外国人の働き手が職場に戻る動きは鈍くなっていて、サービス産業に限らず人手不足は全国的に広がっています。民間の調査会社によりますと、今年8月時点で「正社員が人手不足の状態にある」と答えた企業がおよそ5割。「非正社員」でもおよそ3割にのぼっています。こうした人手不足が続けば、企業は人手を確保するために賃金を引き上げざるを得ず、人材獲得競争の中で賃上げの波が広がって消費が拡大するという成長の好循環につながる可能性も考えられます。

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 ただ問題なのは、収益性の低い中小企業は賃金を上げられずに、人手が確保できず、事業の継続が困難となって、最悪の場合倒産するケースもでてきかねないことです。こうしたケースを防ぐには、最新の設備の導入による省力化や、より収益性の高い事業への転換を通じて、利益を増やすことが求められるのですが、体力のない企業にはそれも難しいのが実情です。

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 日本総合研究所の山田久主席研究員は「こうした企業は単独で生き残るのは難しく、地域の金融機関や地元の自治体などと連携しながらビジネスモデルを転換する必要がある」と指摘しています。経営基盤の弱い企業で働く人々が取り残さることのないように、その企業のもつ人材や技術を地域の別の企業が活用し共存できるようなネットワークを整備するなど、きめの細かな対策を通じて、賃上げを伴う経済の好循環をめざしていくことが求められています。
 今回の円安は日本経済が抱える様々な課題をつきつけましたが、その多くは日本が以前から指摘されてきた課題でもあります。極端な円安を契機に、その課題に実効性のある解決策を実現に移していけるか。日本のこれからを左右することになりそうです。


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