中国の習近平指導部が異例の3期目に入りました。
習国家主席は、新たな最高指導部を側近ばかりで固めたことで、かつてないほど強固な権力基盤を手にしたといえます。
習主席への権力の集中は何を意味するのか、そして一連の人事が今後の中国にどのような影響を与えるのかを考えます。
【驚きの最高指導部人事】
中国では、5年に1度の共産党大会が閉幕したのを受けて、23日、最高指導部「政治局常務委員会」の新メンバー7人が選出されました。
予想されていた通り、習主席は「68歳で指導部を引退する」という慣例を打ち破って、党トップの「総書記」としての続投を決め、異例の3期目に入りました。
こうした中、焦点は最高指導部のメンバーの人事でしたが、その結果は驚きをもって受け止められました。
露骨なほど、習主席に忠実な人物ばかりで固められていたからです。
その狙いが、習主席みずからの権力基盤の強化だったことは間違いありません。
こちらをご覧ください。
翌日の共産党機関紙「人民日報」です。
一面に掲載された習主席の異様なほど大きな写真が、その権威を如実に表しています。
【最高指導部人事の特徴は】
では、今回の人事の特徴を具体的に見ていきます。
まず、最初の特徴は、旧メンバー7人のうち4人を一気に引退させたことです。
この中には、引退年齢の慣例に照らせば、本来なら対象ではなかった李克強首相なども含まれます。
そして空いた枠には、ナンバー2となった李強氏をはじめ、習主席の地方勤務時代に部下を務めるなどした側近中の側近を加えました。
中立的な立場の1人を除いたうえで、再任されたメンバーも加えると、ほぼ「習近平派一色」ともいえる状況です。
反対に、習主席とは距離を置くとされてきた人たちは一掃されました。
前述の李克強首相に加え、一時は次の首相候補としても名前が挙がっていた胡春華副首相が最高指導部入りできなかったうえ、党内のランクも下げられるという降格人事に遭いました。
2人は、前の国家主席である胡錦涛氏につながる一大勢力に属していましたが、衰退ぶりが改めて浮き彫りになりました。
その胡錦涛氏をめぐっては、党大会の最終日、納得のいかないような表情を示しながら、途中で退席したことが伝えられました。
国営メディアは「体調不良だ」と短く伝えていますが、海外メディアの取材が認められたばかりのタイミングだっただけに、みずからに近い人たちへの冷遇ぶりに不満を示したのではないかという憶測が広がるのもうなずけます。
さらに、今回の人事では、習主席の後継となりそうな若手の登用は見当たりませんでした。
これは、習主席が5年後の4期目以降も続投する可能性があることを示唆しています。
【権力集中の背景は】
習主席がみずからへの権力集中にこだわった背景には、何があるのでしょうか。
党大会で習主席は、今世紀半ばまでにアメリカをも超える「社会主義現代化強国」を建設するという目標を改めて強調しました。
それは、中国を強くし、最大のライバルであるアメリカと対峙していくためには、長期にわたる強力なリーダーシップが不可欠だという理由付けにもつながります。
ただ、私は別の思惑もあったと考えます。
そもそも、習主席は10年前に指導部を発足させた時は、党内基盤も脆弱で、十分な指導力は発揮できないのではないかとみられていました。
ところが、「汚職撲滅キャンペーン」の名のもと、政治的なライバルを次々と排除するとともに、みずからの権限の強化に向けた党内の制度変更なども進め、徐々に求心力を高めていったのです。
力ずくで政敵を追い落とすというやり方などへの不満や反発は、党内でくすぶり続けました。
そこで習主席は、異論を封じ込めるためにも、いっそうの権力集中に力を入れたのだと思います。
そこには、「一度手にした権力の手綱を緩めれば、次は自分がやり返されるかもしれない」という不安、そして中国政治の権力闘争の厳しさも垣間見えます。
【権力集中は何を意味するか】
では、1人の指導者への権力の集中は、中国にとって何を意味するのでしょうか。
「イエスマン」のような人物ばかりで周囲を固めれば、忖度が横行し、権力者の誤った政策に異を唱えることも難しくなります。
こうした状況は、かつて絶大な権力を握った毛沢東の時代を思い起こさせます。
毛沢東が発動した「文化大革命」によって、中国社会は長い混乱に陥りました。
その反省から、中国共産党は集団指導体制を導入し、1人の指導者に権力が偏らないよう歯止めをかけることで、政治の安定を確保する仕組みを作ったのです。
これまでの経済成長も、政治の安定の賜物といえますが、それを可能にした集団指導体制は、今や形骸化したといわざるを得ません。
習主席へのかつてないほどの権力の集中は、こうした方針の転換点となったことを意味すると思います。
【今後の中国に与える影響は】
続いて、一連の人事が、今後の中国に与える影響について考えます。
まず、新型コロナウイルス対策です。
習主席が実績と強調する「ゼロコロナ」政策をめぐっては、少しでも感染例が出れば、すぐに大規模な外出制限が行われるため、「経済の停滞を招いている」とか「政策に柔軟性がない」という批判が国内外で強まっています。
習主席は当面、この政策を緩和するつもりはないとみられますが、こうした中で経済運営を担う次の首相の人事に注目が集まりそうです。
今回、最高指導部のナンバー2に抜擢され、現在は上海市のトップを務める李強氏が来年の春、首相に就任する可能性が高まっています。
しかし、李強氏は、上海の感染拡大で2か月あまりにわたる厳しい外出制限を実施、その結果、経済は大打撃をこうむりました。
習主席の方針に、かたくななまでに忠実だったためともいえそうですが、仮に首相になった場合、「ゼロコロナ」政策をはじめ、低迷する不動産市場、長期的にはアメリカとの対立や少子高齢化など、多くの課題を抱える中国経済を立て直すことができるのか、その手腕には疑問符がつきまとうことになりそうです。
外交や安全保障では、国際社会の警戒感がますます強まりそうです。
今回、外交を統括してきた楊潔篪政治局委員に代わり、王毅外相の昇格が決まりました。
中国外交は近年、戦う狼を意味する「戦狼外交」と呼ばれる強硬姿勢が目立ち、王毅氏はその急先鋒となってきました。
しかし、こうした姿勢は国際社会におけるイメージの低下を招くとともに、アメリカを中心としたいわゆる「対中包囲網」の形成につながり、中国の外交環境を悪化させていると指摘されています。
また、王毅氏は、駐日大使も務めた知日派ですが、「日本に対して弱腰だ」という国内からの批判を避けるためにも、むしろ日本には厳しい姿勢を示す可能性があります。
さらに懸念されるのが、台湾をめぐる動きです。
今回、習主席は、中国軍で台湾方面などを管轄する東部戦区の司令官・何衛東氏を、軍の最高指導機関「中央軍事委員会」の副主席に抜擢しました。
東部戦区は、ことし8月にアメリカのペロシ下院議長の台湾訪問に反発して、大規模な軍事演習を行ったことで知られています。
台湾の対岸に位置する福建省で長年勤務した習主席は、レガシー(政治的な業績)としての台湾統一に強い意欲を抱いているという見方があります。
習主席が統一にあたって「決して武力行使は放棄しない」と強調する中、台湾を担当してきた軍幹部の抜擢によって、この地域の警戒感が強まることは避けられそうにありません。
私たちは今、ロシアによるウクライナ侵攻で、権力者が暴走することの恐ろしさを目の当たりにしています。
こうした状況の中においても、力を誇示し続ける中国に対し、日本を含めた国際社会は毅然と向き合いながらも、どう共存を図っていくのか、重い課題を突き付けられています。
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