日本の小型ロケット・イプシロン6号機が打ち上げに失敗した。
需要が高まる小型衛星打ち上げビジネス参入を目指す国の基幹ロケットで、今回はベンチャーから小型衛星を受注しての初の商業打ち上げだった。これを足掛かりに打ち上げビジネス拡大を目指していただけに、影響は大きいものがある。
原因究明と対策をしっかりやるのは当然だが、一方で打ち上げビジネスを巡る競争は激しさを増しており、失敗を糧に如何に早く次の運用につなげていくかが問われている。
▽まず今回、ロケットに何が起きたのか
▽そして失敗で最も影響を受ける小型衛星ビジネスをみた上で
▽日本が打ち上げビジネスに乗り遅れないためにどうすべきか
以上3点から水野倫之解説委員の解説。
先週、鹿児島県から打ち上げられたイプシロン6号機、6分余りして突如姿勢が乱れた。JAXAは衛星を軌道に投入できないと判断、指令破壊信号を送ってロケットを破壊し、打ち上げは失敗。
政府のロケットの失敗は2003年、大型の基幹ロケットH2Aの6号機以来。
ただそれ以降は連続で成功し、海外から日本のロケット技術は信頼性が高いという評価を受けていただけに関係者に衝撃が広がり、JAXAなどが対策本部を設置し、原因究明を進めている。
イプシロンは、小型衛星を打ち上げる国の基幹ロケットとしてJAXAとIHIエアロスペースが開発した3段式ロケット。
JAXAの調査で、2段目の姿勢を制御する2つのガスジェット装置のうち、1つが作動せず、姿勢が目標から21度ずれたことが今週、わかった。装置の弁が開かず燃料が噴射できなかった可能性や、燃料が通る配管が詰まったことなどが考えられるということ。
原因となる部品については絞り込まれてきてはいる。
今後は、そもそも装置の設計にミスはなかったか、製造段階で問題がなかったか、さらに装置の取り付けや点検で人為的ミスはなかったのかなど本質的な問題を究明し、二度と失敗しない体制を作っていくことが必要。
次に失敗の影響。最も深刻なのは小型衛星打ち上げビジネスへの影響。
世界では重さ数百キロ以下の小型衛星の需要が急拡大。
中でも注目は小型衛星で全地球をカバーし、どこでもインターネットにつなげるサービス。
イーロン・マスク氏のスペースXはすでに3000機以上を打ち上げ、夜になればこのように衛星が一定間隔で飛行する様子がわかる。山の中や離島でも高速のネットが使えるほか、ロシア軍の侵攻を受けたウクライナの通信インフラも支えており、非常時の代替通信手段としても注目される。
このほか宇宙からインフラを点検したり、農作物の成育状況を見て収穫時期の見極めに使うなど利用範囲は広がる。
利用拡大を受けて小型衛星の打ち上げは十年前の年間数十機程度から、今や年間二千機に迫る勢いで、今後さらに数千機に拡大していくと予想。
イプシロンはこの需要を狙って開発された。
これまで5回の打ち上げでコストダウンもある程度進んだこともあって、今回初めて日本のベンチャー企業から打ち上げを受注。これを足がかりに運用を民間に移管してビジネスを拡大していこうとしていた矢先に、その出鼻をくじかれた形。
当然、影響は輸送手段であるロケットにとどまらず、衛星側にも及ぶ。
今回イプシロンに打ち上げを依頼した福岡市のベンチャー企業。
開発した小型衛星は、電波を発射して地表や建物からの反射波で地上を画像化するレーダー衛星で、雲があっても夜間でも撮影が可能なのが特徴。
すでに運用中のレーダー衛星で撮影した東京ドームをみると電光掲示板が見えている。屋根の布は電波が透過するためうつらず、中が見えるわけ。
このレーダー衛星、災害時に重要な役割を果たすという。
今年8月石川県を豪雨が襲ったとき、夜間でも川の水が田んぼにあふれる様子を捉えた。こうした画像を自治体などが確認することで、迅速な災害状況の把握や救助活動に役立つというわけ。
レーダー衛星によるサービスは世界でもまだ少なく、ベンチャーでは将来36機体制にして、地球のどこでもほぼリアルタイムで情報提供するビジネスの拡大を目指し、これまで2機をアメリカなどのロケットで打ち上げた。
そして今回、九州で作った衛星を九州から打ち上げたいとの思いもあり、3、4機目をイプシロンに託したが軌道投入はかなわず、ビジネス拡大の遅れが懸念。
では今回の失敗の影響を最小限にして日本が打ち上げビジネスに乗り遅れないようにするにはどうすればよいのか。
まず重要なのは原因究明と再発防止策の作業を、スピード感をもって進めること。
というのも宇宙ビジネスのテンポは速く、小型ロケットの開発競争は激しくなるばかり。
こちら世界の小型ロケットの打ち上げ状況。世界で20社以上が開発にしのぎを削っており、今後はアメリカやヨーロッパのシェアが拡大するとみられる。
さらに競争相手は小型ロケットだけではない。最近は大型ロケットに小型衛星を数10機相乗りさせて打ち上げるケースも増。アメリカのスペースXの大型ロケットが圧倒的なシェアを占め、ロシアのソユーズロケットも利用されてきた。
このように競争相手は多いが、ただ今、ウクライナ危機でロシアがソユーズの打ち上げサービスを拒否していることもあって、世界はロケット不足。
メーカーなどには日本のロケットで打ち上げられないか問い合わせも来ているということで、ビジネスチャンスが今まさに目の前にあるわけ。
ここでもたついていると、シェアのほとんどを海外のロケットに奪われ、入り込む余地がなくなってしまうおそれ。
世界の宇宙ビジネスをリードするスペースX。その有人宇宙船の初号機に搭乗した宇宙飛行士の野口聡一さんによれば、スペースXは不具合があった翌日には別の試作品が準備されているほど開発にスピード感があったという。
今回の原因究明ではJAXAとは別に文部科学省とメーカーも対策本部を設置。
前回失敗したH2Aの6号機でも同じような態勢が取られ、何度も検討会が開かれ宇宙開発は1年停滞した。
原因究明と対策はもちろんしっかりやらなければならないが、同じ論点をそれぞれが繰り返し議論するような形式的な検証はやめて、それぞれ役割分担して合同で作業するなど効率よく進め、信頼性を一段上げて早く運用再開につなげていくことが求められる。
またイプシロンは最終的に1回30億円程度の打ち上げコストを目指すとしいうが、海外ではさらに低価格のロケットもある。
コストダウンは、部品の調達など民間の方がしばりがなくやりやすい面もあるわけで、運用の民間移管をはやく進めて、コスト面でも海外に太刀打ちできるロケットにしていかなければ。
ロケット開発に失敗はつきもの。
ここで慎重になりすぎて打ち上げビジネス参入に乗り遅れるようでは意味がない。
今回の失敗を糧に信頼性を一段上げて、いかに早く再開につなげていけるかが問われている。
(水野 倫之 解説委員)
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