NHK 解説委員室

これまでの解説記事

迫る医師の働き方改革~医療体制を維持するには

牛田 正史  解説委員

j221020_01.jpg

長時間労働が深刻化する病院の勤務医。
その残業時間などを制限する「医師の働き方改革」が再来年4月から始まります。
過労死を防ぐために不可欠な取り組みですが、医師が少ない地域や診療科からは、医療体制を維持していけるのかという不安の声も聞かれます。
場合によっては患者にも影響が出る可能性がありますが、自治体による影響の調査や、病院の事前の準備は、まだ十分に進んでいるとは言えません。
働き方改革で医療はどう変わっていくのか、そして必要な対策とは何かを考えます。

j221020_02.jpg

病院で働く勤務医は長年、長時間労働が深刻な問題となってきました。
これまで、労働時間が厳しく制限されることがなく、特に医師不足の地域や診療科では、過労死ラインを超える残業が相次いでいました。
そこで国は「医師の働き方改革」の実施に踏み切りました。
ようやくとも言える取り組みです。
この働き方改革、一般の企業では、すでに2019年度から順次スタートしていますが、医師の場合、患者への影響も大きく準備期間が必要なことから、5年遅れの2024年4月から始まります。

j221020_03.jpg

その内容です。まず勤務医の時間外労働を年間で960時間まで制限します。
これは日々の残業以外に休日労働も含み、月の平均では80時間となります。
ちなみに事業主となる開業医は対象になりません。
この上限について、国は「一般の労働者と、ほぼ同じ水準に設定した」としています。
しかし、すべての医師がこの上限に合わせると、医療機能がストップする所も出てくるため、特例が設けられています。
これは年1860時間という過労死ラインを大きく超える水準ですが、あくまで、地域医療が担えなくなる、あるいは、救急医療を維持できないなど特別な場合に限られます。
また勤務と勤務の間に9時間以上の休息を確保する義務が設けられる上、あくまでも暫定措置のため、一部を除いて、開始から10年程度で解消する目標です。
では、どれくらいの医師がこの制限に掛かってくるのでしょうか。
厚生労働省の研究班が3年前(2019年)に行った調査では、年960時間を超えていた医師は、全体の4割近く(38%)。
また特例の年1860時間を超えていた医師も1割近くいました。(9%)

このように労働時間の短縮を求められる医師は、決して少なくありません。
こうしたことから、今後、医療機関は様々な対応を迫られます。
では具体的に何が必要になるのか。

j221020_04.jpg

働き方改革を先行して実施した、都内にある医療機関の例を見てみます。
ここでまず取り組んだのは、正確な労働時間の管理と、医師の意識改革です。
それまでは、勤務時間の入力が遅れたり、時間外労働の報告があいまいだった医師もいて、それを毎週、正確に報告してもらう所から、徹底しなければなりませんでした。
そして、診療体制の見直しも必要となりました。
手術などを行う時間を確保するために、土曜の診療を縮小しました。
また、一部の診療科では主治医制からシフト制へ移行も行いました。
これは、労働時間の制限で主治医が出勤できない時、代わりの医師が責任をもって診療する、そうしたチーム体制を整えました。
こうした影響には患者の理解も欠かせません。病院は、医師の健康や医療の質を守るために必要な対応だと、事前に説明を尽くしていったといいます。
このように、働き方改革には実に多くの対応が必要になり、時には外来診療の縮小など患者にも影響が及ぶことがありえます。

j221020_05.jpg

では、こうした働き方改革への対応は、今の時点で広く進んでいるのでしょうか。
国がことし4月に調査した所、医療機関の中で、勤務する医師の労働時間を、副業や兼業も含めて概ね把握できていると答えたのは、全体の39%と半数以下でした。
医師の中には、週の何日かは、別の病院に派遣されて診療にあたっていることが多く、そうした労働時間まで、すべて把握しきれていない状況です。
また自治体でも、十分な準備が進んでいるとは言い切れないデータがあります。
47の都道府県のうち、働き方改革で医療体制にどのような影響が出るのか、把握する取り組み行っていると答えたのは、わずか6か所。
「今後行う予定」と答えたところを合わせても28か所と、全体の60%でした。

j221020_06.jpg

特にこの、都道府県など自治体の影響調査は重要となります。
今回の改革で、地域全体の医療体制も見直しが迫られる可能性もあるからです。
その1つは「医療機能の集約化」です。
もともと医師が少ない病院や診療科では、今回の労働時間の制限によって、24時間のシフトが組めなくなるおそれもあります。
その場合、医師を増やすことが必要ですが、そう簡単な話ではありません。
増員が図れなければ、特定の病院に医師などを集約していくことも検討する必要がでてきます。
現に、出産などを手掛ける周産期医療では、ハイリスクな分娩などの医療機能を集約化する動きが出てきています。また救急医療でも一部で集約化の検討が行われています。
今後、さらにこうした動きや議論が加速すると見られますが、これは患者にとって、通院する場所が遠くなるといった影響を与えます。住民のニーズや意向も考慮して、どこまでが許容できる範囲なのか、慎重な議論が求められます。
だからこそ、残された時間は決して多くはなく、対応を急ぐべきだと感じます。

j221020_07.jpg

ここまで、医療機関や自治体に求められる対応についてお伝えしてきましたが、実は、私たち医療を受ける側も、心がけていくべきことがあります。
それは、働き方改革で、ある程度の影響が出てくることを、あらかじめ認識しておくこと。
そして、医療の掛かり方についても考えていくことです。
働き方改革が進めば、勤務医のいる大きな病院は、出来るだけ、そこでしかできない手術や救急などに注力する。そして初診や経過観察などは、地域の診療所が担う。
こうした役割分担が一層、重要になります。
このため患者は、症状が初期の時は、出来るだけ身近な診療所を受診するといった意識を持つことが大切です。
医師の働き方改革では、こうした患者の理解も不可欠となってきます。
そして、その理解を得るには、自治体や医療機関が、影響を最小限に抑える努力を尽くしていかなければなりません。

j221020_08.jpg

そして最後に指摘したいのは、「医師の偏在」という根本的な問題にも対処していくべきという点です。これは働き方改革によって、より一層重要な課題になってきます。
特定の地域や診療科に医師が集中する「偏り」が続く以上、対応には限界があります。
これまで医学部生の地域枠を設けるなど対策は取られてきましたが、その成果はまだ十分ではありません。今後さらに強い対策を打ち出す必要がないか、国は検討を続けてもらいたいと思います。

医師の働き方改革は、避けて通ることができません。
医療が直面していきた様々な問題を是正していく、大きな変化が今まさに求められます。
医療機関をはじめ、国や自治体、それに私たち医療を受ける側も、何をしなければならないのか、深く考える時に来ています。

(牛田 正史 解説委員)


この委員の記事一覧はこちら

牛田 正史  解説委員

こちらもオススメ!