NHK 解説委員室

これまでの解説記事

臓器移植法25年 移植医療に何が求められるか

中村 幸司  解説委員

臓器移植法が施行されてから、2022年10月16日で25年になりました。移植医療が進まなかった日本で、脳死と判定された人からの臓器移植に道をひらくとして、患者団体などから大きな期待がありました。しかし、25年たっても、臓器提供・移植手術の数は海外に比べて少なく、臓器を提供したいという意思が、生かされていないとの指摘もあります。

J221014_1.jpg

今回は、法律施行から25年がたった現状を見た上で、なぜ日本で臓器提供・移植医療が進まないのか、そして今後に向け、何が求められるのか考えます。

まず、下のデータをご覧ください。

J221014_2.jpg

内閣府が2021年に行った世論調査です。自分が脳死あるいは心停止になったとき、臓器を提供したいかどうか聞いたところ、およそ40%が「臓器を提供したい」と答えました。30代以下は、半分以上が「提供したい」と答えています。

では、その意思はどれくらい生かされてきたのか。

J221014_3.jpg

上のグラフは、臓器移植法が施行された1997年以降の臓器提供の数です。臓器提供には心臓が止まった後に腎臓や角膜を提供する、いわゆる「心停止後の提供」も含まれています。棒グラフの赤い部分は、「脳死」と判定された人からの臓器提供です。
日本では、脳死を人の死とするかどうかなどを論点に、臓器移植の是非が論議されてきました。以前は、脳死になった人からの臓器移植を行うと、医師が殺人罪で告発されるおそれがあるなど社会的な壁は高く、長い間、心臓などの移植手術は行われませんでした。そこで、法律でルールを定めて移植医療を進めようと、臓器移植法ができました。
当初の法律では、脳死からの臓器提供は、本人が生前、書面で意思表示をしている場合に限るなど、条件は厳しく、脳死からの提供は1年に数例でした。
2010年に法律が改正され、書面の意思表示がなくても家族の承諾で提供できるようになり、脳死からの臓器提供が増えました。
しかし、心停止も含めて100例前後です。

この数を、どう見ればいいのか。

J221014_4.jpg

上のグラフは、新型コロナ前=2019年の各国の人口100万人あたりの臓器提供の数です。アメリカは100万人あたり36例、イギリスが24例。アジアでは韓国が8例、中国が4例。これに対して、日本は0.99と欧米諸国の数十分の1です。
国によって臓器を提供できる条件や制度が異なり、国民の死生観、宗教的背景も様々です。そうした違いはあるにしても、日本は極端に少ないのが現状です。
関係者からは、本人や家族に提供の意思があるのに提供されなかったケースは、年間、数百例、あるいはそれ以上あるという指摘もあります。

移植医療に対しては、様々な考えがあります。
臓器提供、あるいは脳死を人の死とすることについて、反対、あるいは慎重な意見の人もいると思います。その考えは尊重されなければなりません。
同じ様に、本人や家族が臓器を提供したいと考えるのであれば、その意思を尊重することが大切ですが、必ずしも実現できていない。そのことが、現状の大きな問題です。

なぜ、法律ができても臓器提供が少ないのか。それを考える上で、脳死と判定されたケースの臓器提供の手順を見てみます。

J221014_5_1.jpg

患者が重篤になり、脳死とみられる状態になった際、医師からの説明を受けた家族が望めば、日本臓器移植ネットワークから移植コーディネーターが駆け付けます。ネットワークは、臓器提供が適切に行われるように手続きを進めます。

J221014_7.jpg

脳死判定が行われ、脳死であることの確認、さらに家族が臓器提供に承諾すると、ネットワークに登録されている患者の中から優先順位が高い患者が選ばれます。心臓や肝臓、腎臓などそれぞれの移植手術が行われます。

J221014_8.jpg

この25年で、心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、小腸の移植手術を受けた人は、合わせて6910人います。しかし、ネットワークに登録したまま、移植を受けられずに亡くなった患者は、7814人です。

提供が少ない理由のひとつは、下のデータから見えてきます。これも内閣府の調査です。

J221014_9.jpg

本人が臓器提供の意思を示していないで、脳死、または心停止となったときに、家族として臓器提供の決断をすることに負担を感じるかどうか聞いたところ、およそ85%が負担に感じると答えています。
日ごろ、家族同士が臓器提供について話をしていないことが、提供につながらない一因ではないかと指摘されています。

J221014_10.jpg

交通事故や脳梗塞などが原因で脳死になると、家族は突然、身内の死に直面します。ふだんから臓器移植の話をしていなければ、悲しみの中、臓器提供にまで思いを巡らせることは難しいでしょう。
一方、病院の医師は、どうでしょうか。患者を救うことができなかったという「敗北感」の中にあり、医師が家族に臓器提供の話を切り出すのは、簡単ではないということをよく聞きます。

ここで、ひとつの注目される制度が今年度、始まりました。「メディエーター」という人材の育成です。これは臓器提供を直接の目的とはしていません。

J221014_11.jpg

入院患者が重篤になったとき、家族に治療方針、あるいは、どのような最期を望んでいるか話を聞きます。さらに、必要な情報を伝え、家族の思いの実現をサポートするという専門家です。
そうしたサポートの中で、本人あるいは家族が臓器提供を望んでいるケースでは、わからないことを説明するなどして、正確な情報に基づいて家族が納得して判断できるようにします。
メディエーターが説明役をすることで、医師の負担も軽減されます。

臓器提供がなぜ少ないのか。医療側の体制にも課題が指摘されています。

J221014_12.jpg

脳死からの臓器提供を行う病院は、脳死判定を確実に行う必要があることなどから、大学病院や高度な救急医療が行える病院など、全国のおよそ900の施設に限られています。しかし、このうち半分以上の病院では脳死からの臓器提供が行われたことがありません。
一方、提供したことがある施設のうち、経験の多い64の施設だけで、これまでの臓器提供数全体のおよそ半分を占めています。
つまり、この25年、日本では臓器提供は一部の病院で、いわば「限定的に」行われてきたのです。

J221014_13.jpg

こうした状況を変えるため、2019年、臓器を提供する病院の連携が本格的に始まりました。多くの経験がある施設から医師などを派遣して、脳死判定など一連の手順を支援します。臓器提供にかかわる病院が増えれば、提供したいという意思も生かされると期待されます。
病院の連携やメディエーター制度の導入は評価できますが、「ここまでくるのに、25年もかかったのか」というのが正直な印象です。

いま求められるのは、こうした医療現場の対策だけでなく、様々なレベルで、本人や家族の意思を実現できる環境を整えることだと思います。

J221014_14.jpg

そのカギとなるのが、家庭です。臓器提供について、家族がお互いの考えを確認しておくことが重要です。
こうすれば、もしもの時にも判断できるでしょう。また、臓器提供した後になって、提供を後悔することもないのではないでしょうか。逆に臓器提供しなかったとき、数日後に落ち着いたころになって、本人が臓器提供に前向きな考えだったことを思い出すということも避けられると思います。
あわせて、子どものころから教育の場で、臓器提供・移植医療について考える機会をこれまで以上につくるといった社会の取り組みも大切です。

臓器提供の数を、すぐに増やすことは難しいかもしれません。ただ、臓器提供したいという本人や家族の意思をできるだけ実現するために医療機関、家族、社会で何ができるのか、臓器移植法施行25年の節目をきっかけに、一人一人が考えることが大切だと思います。

(中村 幸司 解説委員)


この委員の記事一覧はこちら

中村 幸司  解説委員

こちらもオススメ!