入管・出入国在留管理庁の施設に収容されていた外国人の死をめぐって先月、国に賠償を命じる判決が言い渡されました。入管に収容中の外国人の死について国の責任が認められたのは初めてだということです。去年3月には名古屋でスリランカ人の女性が死亡するなど入管の対応が問題視されています。今日は収容中の外国人に対する人権問題について考えます。
まず、先月の水戸地方裁判所の判決です。
原告は入管施設に収容中に亡くなった43歳のカメルーン人男性の遺族です。男性は2013年10月成田空港で入国を認められず強制退去を命じられて茨城県牛久市にある東日本入国管理センターに収容されました。男性には糖尿病などの持病があり翌年2月以降体調が悪化し、3月30日に死亡。男性の遺族は、適切な治療を受けられなかったとして国に賠償を求めていました。これに対し国側は、「救急搬送したとしても命を救える可能性があったとはいえず、職員は24時間カメラで監視し、男性の体調に配慮していた」として全面的に争っていました。
▼この裁判で水戸地裁は先月16日、「収容中で移動の自由がなかった男性に対して入管が適切な措置をしていれば生存した可能性もある」などとしたうえで、「男性の救急搬送を要請する義務を怠った」と入管の注意義務違反を認め、国に165万円の支払いを命じました。
▼原告の弁護団長をつとめる児玉晃一弁護士は、「国の責任を認めた画期的な判決だ」と評価しました。ただ、判決では死亡との因果関係は認められず、原告は控訴に踏み切り、国も判決の一部に不服があるとして控訴しました。
カメルーン人男性が亡くなる前日、胸の痛みを訴え「死にそうだ」と何度も悲痛の叫びをあげベッドから転げ落ちる様子を監視カメラがとらえており、裁判でも証拠として開示されました。私も以前この映像を見ましたが、床に転がり苦しみ続ける男性に職員は「立て」と言ったり床の毛布に「転がれ」などと命じたりするだけで助けようとせず、水戸地裁の阿部雅彦裁判長が「尋常な状態ではなかった」と述べたように、人命を軽視した非情な対応だったと言わざるを得ません。男性は翌朝心肺停止の状態で見つかるまで放置されました。異国の地で空港に到着後5か月間入管施設から外に出られず十分な治療を受けないまま息を引き取った男性とその遺族の無念さははかりしれません。
収容中の外国人の死は今回のケースにとどまりません。
2007年以降入管施設で収容中に亡くなった外国人は17人に上っています。カメルーン人男性の死後、東日本入国管理センターは常勤の医師を配置し、救急対応に関するマニュアルを作成するなど改善策を講じたということですが、その後も悲劇は各地で起きています。
▼3年前、長崎県の大村入国管理センターで長期収容に抗議してハンガーストライキをしていた40代のナイジェリア人男性が餓死。
▼去年3月には名古屋入管で、日本に留学に来ていた33歳のスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんが体調を悪化させて死亡しました。ウィシュマさんもカメルーン人男性と同様、24時間監視カメラが回っていた部屋で病気を訴え医師の治療を求めましたが、入管職員は深刻に受け止めず、救急車で運ばれたときはすでに脈がありませんでした遺族は入管が必要な治療を行わず死亡させたとして国に賠償を求める訴えを起こし、現在審理が行われています。
ウィシュマさんの死は、カメルーン人男性の死後も入管の医療体制が変わっていないことを露呈しました。入管庁は去年8月調査報告書を公表し、幹部が体調を把握し必要な対応を指示する体制が整備されていなかったことや職員教育が不十分だったことなどを指摘、的確な情報の把握と共有、医療体制強化のためのマニュアル整備や職員研修など12項目の改善策を打ち出しました。
しかし、医療体制の強化だけでは問題は解決しないのではないでしょうか。支援の弁護士によれば収容されている人たちが病気を訴えても入管職員は「詐病」と見なし、放置したり医師の治療を受けさせなかったりするケースが多いということです。ウィシュマさんのケースでも入管側が病状を真剣に受け止めなかったことが指摘されています。こうした背景には収容中の外国人に対する人権意識の欠如があると思われます。
入管職員による暴力行為も後を絶ちません。
国連自由権規約人権委員会や国連拷問禁止委員会は、入管施設での暴行を懸念する見解や勧告を出していますが、その後も暴力の訴えが相次いでいます。
▼2017年7月トルコ国籍の男性が大阪入管の職員らから暴力を受けて腕を骨折、国に賠償請求を求める訴えを起こし、国は300万円の支払いの他、謝罪と人権の尊重を約束し、和解が成立しました。
▼東京入管でも中国人女性や日系ブラジル人男性が、職員に力づくでおさえ込まれてけがをしたとして訴えを起こし、国は賠償を命じられました。
在留資格がなく国外退去を命じられたからといって、病気やけがの治療を拒んだり暴力をふるったりすることは許されないのは言うまでもありませんが、そもそも出国までの一時的な措置であるはずの収容を無期限に行っている現行の制度そのものが自由を奪い人権を侵害していると指摘する声も上がっています。
新型コロナの感染拡大を受けて入管施設内の密を避けるために一時的に収容を解く仮放免となった人が増え、このグラフでもわかるように収容中の人は数年前の10分の1以下に減りました。とはいえ、支援団体や家族などのもとに身を寄せていてもいつ強制退去となるか不安におびえる生活は変わりません。赤のグラフは収容期間が6か月以上の人の割合で、3年、4年も収容され続けている人もいます。施設の中で何が起きているのか外部に伝わらず、ブラックボックスだといった声も聞かれます。
そうした中で入管庁は速やかな送還を推し進めるために入管法の改正に取り組んでいます。
▼監理措置制度により入管施設でなく社会で生活できるようになると入管庁はメリットを強調しています。しかし、収容ありきであることに変わらず、受け入れ側に定期的な報告を求めるなど重い負担を強いることになると市民団体や弁護士は懸念しています。▼難民認定の申請を3回以上した人を強制送還できるようにする措置は、本国で重大な危害を受けるおそれがあり難民条約違反だと国連も指摘しています。
こうした改正の前にまずは職員の意識の改革と入管行政の透明性を高めることが必要ではないでしょうか。入管職員には1つ1つの判断が1人の人間の人生を左右するという重い責任があることをあらためて認識してほしいと思います。
迫害や紛争から逃れてきた人、日本に長く暮らし日本人の配偶者や日本で生まれ育った子どもをもつ人など帰るに帰れない事情を抱えた人まで有無を言わさず退去させることが正しいことでしょうか。コロナ後には再び大勢の外国人が日本を訪れます。自由と人権を外交の柱に据える以上、外国人の人権にも十分配慮し、国内外の批判の声に真摯に耳を傾けてほしいと思います。それが共生社会への一歩につながると思います。
(二村 伸 専門解説委員)
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