静岡県の認定こども園で3歳の女の子が通園バスの車内に取り残され、死亡した事件から10月5日で1か月が経ちました。
通園バスをめぐってはこれまでにも幼い命が奪われてきました。
「同じ過ちを繰り返さないために」何が必要なのか考えます。
【解説のポイント】
①こども園の“見守る意識”の欠如
②“置き去り”全国でも起きる危険性
③再発防止に向けて
【“見守る意識”の欠如】
今回の事件が起きた原因ついて警察や子ども園などの説明によりますと当時バスを運転していた理事長は園児らがバスを降りる際に車内の確認をしておらず、クラスの担任は女の子が教室にいなかったにもかかわらず「欠席した」と考え、保護者に問い合わせをしなかったなど「複数のミスが重なった」ことが明らかになっています。
送迎バスをめぐっては、去年7月にも福岡県の保育園で園児が車内に取り残されて死亡する事件が起きています。
これを受け国は、全国の保育所や幼稚園などに対し、安全管理の徹底を求める通知を出しました。
具体的には送迎バスを運行する場合、乗車時と降車時に人数を確認し、職員の間で共有することなどを求めていました。
しかし、今回、事件があった園では乗車した園児の名簿と実際にバスを降りた園児をつきあわせるルールを定めていませんでした。
複数での車内点検や担任による出欠確認といった「基本」をおろそかにしたことは「怠慢」としか言いようがなく、1年前の教訓が生かされなかったことは悔やんでも悔やみきれません。
通知や規制もそれが実際に実行されなくては意味がなく、職員、ひとりひとりが日々の業務の中で「子どもを守る」ということを「自分ごと」として考えなければいけないと改めて思いました。
【“置き去り”全国でも起きる危険性】
通園バスでの「子どもの置き去り」ですが、全国、どこの保育所や幼稚園でも起きる危険性が潜んでいることが浮き彫りになりました。
「車内での置き去り防止装置」の輸入など行う東京の商社が保育所や幼稚園の送迎バスの運転手などを対象に行ったアンケートです。
「直近1年間で送迎バスに園児を残したまま車を離れたことがありますか」と尋ねたところ、267人中、15人(5.6%)が「ある」とこたえ、そのうち3人は園児をバスに残していることを認識していませんでした。
その理由について複数回答で聞いたところ「送迎担当者や職員の意識が低いから」が最も多く、次いで、「人手不足」「業務過多」「登園確認などのルールが形骸化している」などといった回答でした。
そして「車内に園児だけが残されることは今後も発生すると思うか」と聞いたところ、「今後もさらに増加」「少しは増加」「今と変わらないくらいは発生する」とこたえた人は全体の58%に上りました。
当事者である送迎担当者たちが「意識が低い」と感じていたり、「今後、子どもの置き去りが減らない」と考えていたりする実態にがく然とするとともに、意識を変える抜本的な手立てが急務だと感じました。
【人手不足の背景】
では「意識を変える」にはどうしたらよいのでしょうか。アンケートの回答にあった「人手不足」に着目して考えてみたいと思います。
保育の現場はかねてより慢性的な人手不足が指摘されてきました。
保育士の採用がピークを迎える、ことし1月時点の保育士の有効求人倍率をみると全国平均で2.92倍。全職種平均の1.14倍と比べても高い水準です。
その要因の1つに配置基準があります。
国は4歳以上では子ども30人に保育士1人といった、年齢ごとに配置基準を設けています。
4歳以上に限ってみるとドイツやニュージーランドの3倍ほどになっていて日本の保育士、1人が見る子どもの数は格段に多いことが見てとれます。
この配置基準ですが、戦後まもなくの1948年から変わっていません。
このため、保育士1人にかかる負担の大きさや責任の重さが、保育士の「人手不足」の要因にもなっています。
そして送迎バスの運転手や添乗員は保育士のような配置基準はなく、あくまでも家庭と施設との「私的契約」「有償のサービス」という位置づけで国の統一基準はありません。
このため、安全管理は現場任せになっているのが実情です。
幼児教育政策に詳しい東京大学経済学研究科の山口慎太郎教授は「保育現場でのミスは命に直結する。国や自治体は配置基準の向上や根本的な待遇改善に予算を割くべきだ」と話しています。
【再発防止に向けて】
では次に再発防止策について考えます。
今回の事件を教訓に、小倉少子化担当大臣は全国の保育所や幼稚園、認定こども園などのおよそ1万6000施設の送迎バスに置き去りを防ぐための安全装置を義務づけるよう、関係府省に指示しました。
お隣の韓国では日本と同じように送迎バスによる置き去りで幼児が死亡するケースがあったことから、4年前に道路交通法などの改正が行われ、スクールバスへの導入が義務づけられました。
エンジンを切ったあと、運転手は3分以内に車内の後部にある「ボタン」を押さないと警報音がなります。
最後尾まで歩いて往復せざるを得ず、残っている子どもがいないかを確認できる仕組みです。
小倉大臣はまた、送迎バスを運行する際の安全管理マニュアルの作成や、必要な財政措置も含めた具体的な支援策の策定も指示しました。
来年4月の保育所や幼稚園の入園申し込みの受け付けが10月から順次、始まります。
新型コロナの影響で園の見学ができなかったり、どうやって安全対策を調べたりしたらよいのか、子どもを預ける保護者にとっては不安がとても大きいと思います。
保育政策に詳しい日本総合研究所の池本美香さんは「イギリスやニュージーランドでは国の教育評価機関がすべての園を定期的に調査し、詳細な結果をインターネットで公開している。さらにニュージーランドではいつでも親が園に寄って確認できるし、送迎バスも親が安全性にサインしてから利用する」ということです。日本でも内閣府のホームページに保育所などで起きた事故の情報が掲載されています。しかし、具体的にどの園で起きたのかなどはわかりません。
池本さんによると「イギリスでは監査を受けた施設は保護者にその結果を配布するルールがあるが日本には公表義務はなく、それぞれの自治体が独自の判断でやっている。保護者が情報にたどり着くには難しさや課題が多い」と話します。
自治体に取材をすると「保育所などに改善をしてもらうことが狙いなので、名前の公表は差し控えている」といった声がありました。ただ保護者にとっては子どもが通う園で何が起きているのかが一番知りたいことだと思います。簡単にわかる仕組みが必要だと感じました。
事件が起きた静岡県のこども園は10月3日から再開しました。再開にあたって人数確認のマニュアルを改定し、保護者の立ち会いのもとでシミュレーションを行ったということです。
国も10月中に園児の登園管理システムの普及など再発防止策をまとめる予定です。
今後は保育の現場にヒューマンエラーを補完する意味で、IT機器の導入などが一段と進んでいくと思います。
新たな機器を使いながらも、やはり最終的には子どもの「SOS」や小さな「異変」に気づいてあげられるのは、日ごろから一緒にいる現場の先生たちだと思います。
そのためには先生たちが「気持ちにゆとりを持って子どもたちに接すること」が必要ではないでしょうか。
戦後すぐから変わっていない保育士の配置基準の見直しを含め、子どもを守るためにどんなことが必要なのか、社会全体で考えていく時期に来ていると思います。
(木村 祥子 解説委員)
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