障害のある人の人権や自由を守ることを定めた障害者権利条約。その条約に基づき、日本政府はどのような取り組みをしてきたのか。国連の権利委員会による初めての審査が行われ、9月9日に総括所見・改善勧告が公表されました。
勧告では、障害のある人の強制入院や分離された特別な教育の中止などが求められています。法的拘束力はありませんが、極めて重く政府は対応を求められます。
障害者権利条約をめぐる審査と勧告、そして日本に何が求められているかを考えたいと思います。
【障害者権利条約とは】
「私たちのことを私たち抜きに決めないで」。この合言葉のもと、世界中の障害のある人たちが参加し作成されたのが「障害者権利条約」です。目的は障害のある人たちが差別を受けることなく、好きな場所で暮らし、学んだり働いたりできるという、当たり前の権利の保障です。
日本は2014年に批准。権利委員会による審査は批准国、現在、185の国と地域がありますが、そのすべてに定められた手続きで定期的に行われることになっています。日本の対面審査は新型コロナの影響もあって延期されてきましたが、今回、ようやく初めて行われました。
【障害権利条約の審査】
審査はスイスのジュネーブで先月22日から2日間。条約の第1条から第33条について行われました。出席したのは権利委員会と日本政府そして内閣府の障害者政策委員会です。
これに先立ち政府は「報告書」。障害者団体や日弁連などは「パラレルレポート」、これは「課題」や「改善点」をまとめたものですが、これらを権利委員会に提出。委員会の専門家18人がそれらを読み込み「虐待は防げているか」「雇用は進んでいるか」「障害のある女性の人権は守られているか」など、現状を質問し政府が回答しました。
私はネット中継で審査を見ていたのですが、質問と回答がかみ合わない場面が多く見られました。象徴的だったのが障害のある人が施設を出て地域で暮らすことや精神科病院の退院支援について問われたときの厚生労働省の回答です。「日本の施設は高い塀や鉄の扉で囲まれてはいない。桜を施設の外や中で楽しむ方もいる」。
「障害による差別を受けることなく、好きな場所で暮らせる」ことを保障する条約の趣旨とはかけ離れていました。現地では日本から詰めかけたおよそ100人の障害のある人と家族が傍聴していましたが、彼らに話を聞くと失笑も漏れたといいます。
権利委員会のキム・ミヨン副議長は閉会の挨拶で「パラレルレポートが示す実状と、政府報告書に大きなギャップが見受けられる」と述べ、日本の課題が浮き彫りになったといえます。
【総括所見:評価された点】
こうした審査を経てまとめられたのが総括所見です。総括には評価された点、たとえば「民間企業にも合理的配慮が義務付けられたこと」や「アクセシビリティー、情報やサービスなどの利用についての基準が整備されたこと」などもありましたが、数多くの改善勧告が出されました。
障害者政策委員会の委員長、石川准名誉教授は「他の国と比べて評価された点は多かった。一方で出された勧告は条約の実施と向かおうとしている方向が違ったり停滞したりしているもの。軌道修正し政策を積み上げることは容易ではない」といいます。
【総括所見:改善勧告① 地域移行・強制入院】
なかでも権利委員会が最も重視したのが19条「自立した生活および地域生活への包容」と24条「教育」です。
まず19条。これは「施設から地域に出て自立した生活を送る」ことを定めた条文ですが、権利委員会は「障害児を含む障害者が施設を出て地域で暮らす権利が保障されていない」ことから「脱施設化」。そして、精神科病院の強制入院を障害に基づく「差別である」とし、自由を奪っている法令の廃止も求めました。
この勧告に加藤大臣は「条約に法的拘束力はないと」と前置きしつつ「障害者の希望に応じた地域生活の実現や一層の権利擁護の確保に向け、引き続き取り組んでいきたい」と述べました。
国はこれまで障害のある人の施設から地域への移行を進めてきました。しかし、年々その動きは鈍くなっており、いまもおよそ12万7000人が施設で暮らしています。
また精神科病院の入院患者数は、厚労省の調査によると2020年はおよそ29万人。平均入院日数は277日とOECDのなかでも突出しており、特異な状況です。
権利委員会のヨナス・ラスカス副委員長は「不当に長い入院は障害を理由にした人権侵害。医療者だけでなく独立した機関が、入院の必要性をチェックできるようにすることが必要。強制医療ではなく地域でのケアサポートが重要」だといいます。
勧告では地域で暮らすための法的枠組みの整備や予算配分の見直しも求めています。どのくらいの費用や支援が必要なのか早急に分析するとともに、ヘルパーの育成など地域の体制を整えること。権利委員会が公表した「脱施設化に関するガイドライン」に則り、期限を決めて計画を実行していくことも必要です。
【総括所見:勧告改善② インクルーシブ教育】
そして24条の「教育」です。権利委員会は障害のある子のなかに、いわゆる“通常”の学級で学べない子がいることを問題視。分離された特別支援教育の中止に向け、障害のある子もない子もともに学ぶ「インクルーシブ教育」に関する国の行動計画を作ることを求めました。
これに対し、永岡大臣は「多様な学びの場で行われている特別支援教育の中止は考えていない」と現行の教育システムを維持しつつ「勧告の趣旨を踏まえて引き続きインクルーシブ教育システムの推進に努めたい」と述べました。
特別支援教育を受ける子どもの数は、2021年度はおよそ57万人。10年前に比べて、およそ2倍。背景には「知的あるいは発達障害の早期発見」「本人や保護者の意向」などがあり、学校選択は「本人や保護者の意向を最大限尊重する」と文部科学省はしています。
しかし、少しでも障害があると教育委員会によっては特別支援学級や支援学校を強く勧め、考えを押し付けるということも起きているといいます。「通常学級で学べることを知らなかった」という声さえあり、障害のある子や保護者の受け止めは必ずしも一致しません。
インクルーシブ教育は障害のある子を含むすべての子が、それぞれに合わせた必要な支援を受けつつ、ともに関わり合いながら一緒に学ぶことで実現します。そのためには、教員の増員や他職種との連携、そして教員の質の向上、障害を理解し障害のある子の尊厳を学ぶことなど解決しなければならない課題は山積しています。
権利委員会はそうした状況を認識していますが、それでもインクルーシブ教育を求めているのはなぜか。ラスカス副委員長が述べるように「分離教育は分断した社会を生み出す。インクルーシブ教育は共に生きる社会を作る礎」と考えているからです。文部科学省は、改めて権利委員会の意図するインクルーシブ教育と向き合うことが必要です。
【まとめ】
重要視された勧告は特に支援を多く必要とする、あるいは偏見にさらされやすい人の権利が守られていないと指摘していたと思います。国は障害があってもなくても人生は一度しかないということを念頭に置いて、真摯に向き合い早急に改革を検討すべきです。
一方、私たちも障害のある人たちが安心して暮らせる社会を作っていかなければなりません。「地域で暮らしたい」「一緒に学びたい」「一緒に働きたい」と言われたとき拒む理由を探してはいないでしょうか。次回の審査は2028年。国の動向を注意深く見守りつつ、私たちの意識も変えていくことが求められていると思います。
(竹内 哲哉 解説委員)
この委員の記事一覧はこちら