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これで円安は止まるのか~24年ぶり円買い市場介入の背景と効果

神子田 章博  解説委員

止まらぬ円安に日本の通貨当局がついに“伝家の宝刀”ともいわれる市場介入に踏み切りました。円を買ってドルを売る市場介入によって、円相場は一時5円ほど円高にむかいました。24年ぶりに行われた円買い介入の背景とその効果について考えていきます。

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解説のポイントは3つです。
1) 円急落の背景にFRBの“超急速“利上げ
2) 物価高で介入決断か
3) 効果は長続きするのか
です。

1)円急落の背景にFRBは“超急速”利上げ
 今回当局を市場介入に踏み切らせた急激な円安の動き。その背景には、アメリカの急速な金利引き上げの動きがあります。

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アメリカでは、物価上昇率が8%を超える記録的なインフレに苦しむ中、中央銀行に当たるFRBが今年3月に始めた政策金利の引き上げを加速させ、21日には、政策金利を通常の3倍の幅の0.75%引き上げると発表しました。さらにFRBを率いるパウエル議長は、記者会見で「任務が完了したと確信できるまでやり続けなければならない」と述べ、今後も金利引き上げの手をゆるめない姿勢を示しました。同時にFRBは、政策を決定する委員会の参加者が適切だと考える今年末時点での金利水準が4.4%に上ると発表し、市場では、年内にあわせて1.25%の追加的な利上が行われるという見方が広がりました。

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このようにFRBがいわば“超”急速利上げを行う見通しが強まる一方で、日銀は短期金利をマイナスに、長期金利をゼロ%程度に抑える”超“低金利政策を続ける構えを崩していません。黒田総裁は22日の記者会見で「当面金利を引き上げることはない」と断言。このため投資家の間では、こうした日米の金利差に着目し、円を売って、より高い利回りが得られるドルを買う動きが一段と強まり、円相場は一時1ドル146円台にせまる24年ぶりの水準まで急落しました。

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これに対し、政府・日銀がドルを売って円を買う市場介入を実施したことで、円相場は一時1ドル140円台まで値上がりし、円安の動きに一応の歯止めがかかりました。 

 (2)物価高で介入決断か
次に政府が市場介入を決断した理由について考えます。

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円安が進めば、海外から輸入するものの価格を値上がりさせます。おりしもロシアのウクライナへの軍事侵攻によって、日本が海外からの輸入に大きく依存する穀物やエネルギーの価格が値上がりしていますが、円安はそうした価格を一段と押し上げています。実際に今週発表された8月の全国の消費者物価指数は、一年前に比べて2.8%上昇。7月の2.4%に比べて上昇率は一段と高まり、消費税率引き上げの影響を除くと30年11か月ぶりの大幅な上昇となりました。なかでもエネルギー価格は、16.9%、食料品が4.1%と大幅に上昇。また民間の調査会社によりますと、国内の主な食品や飲料のメーカーは、来月6532品目の値上げを予定しており、家計を直撃します。

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一方、製品を海外に輸出する製造業は、当初はドルで受け取った代金が、円安になると、円に替えた場合の金額が増えるなどのプラスの効果も指摘されていました。しかし欧米の景気が利上げの影響で悪化するとそもそも輸出が減り、こうしたメリットは薄れることになります。その一方で、海外から輸入する原材料の価格があがるなどのデメリットが目立つようになっています。このように、円安が暮らしから企業活動まで悪影響を及ぼす中で、政府は、ガソリン価格を抑えるための補助金や、住民税非課税世帯への現金給付など、巨額の物価高対策の実施を決定。円安の動きについても見過ごすわけにはいかなくなったものとみられます。

3) 介入の効果は長続きするのか

最後に今回の市場介入によって、円安の動きをどこまで抑えることができるのか。考えていきたいと思います。

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鈴木財務大臣は今回の介入の理由について「投機的な動きを背景にした急速で一方的な円安の動きを憂慮したため」だとしています。その意味で一定の効果が期待されるのが、円売りをはかる投機筋に対するけん制効果です。
投機筋とは、巨額の資金を投じて通貨の売り買いを行い、利益を上げようとする業者のことです。今でいえば、金利が低く値下がりしそうな円を売り、アメリカの金利の上昇とともに値上がりが見込めるドルを買う。そしてさらに値上がりしたところでそのドルを売却し利益をあげようとしているのです。

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ところが、ドルが値上がりすると思っていたのに、市場介入を通じて、大量に円が買われドルが売られると、逆に買ったドルが値下がりして損をしてしまうおそれがでてくるので、あわてて円を買い戻すことになります。このように市場介入をすることで、投機筋は、その後も次の市場介入があるのではとおそれて、円売りの動きをある程度鈍らせる効果が期待できるといわれます。市場介入が伝家の宝刀といわれるゆえんです。

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 ただ問題となるのは、この伝家の宝刀の切れ味です。円買いの市場介入を行っても、市場でそれよりも巨額な円売りの動きが出れば、円安を止めることができません。このため、市場介入は単独で行うよりも、アメリカや欧州の通貨当局と協調して行ったほうが、規模の面でも当局の意思の強さという面でも、強力な効果が期待できるといわれます。しかし今回の動きについて、欧米の通貨当局は、協調介入は行っていないと明言しています。市場では、「アメリカもヨーロッパも、日本よりはるかに高い物価の上昇に見まわれている。円売りを止めるために円を買って自国の通貨を売れば、逆に自分たちの通貨が安くなり、いまの日本のように輸入物価の上昇を通じて物価を一段と押し上げることになる。だから、今後も日本との協調介入には応じないのだろう」という見方が強まっています。

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実際に先週こんな場面がありました。日銀が金融関係者に円相場の取引状況を確認。レートチェックといわれるこの行為は、過去にも市場介入に先立って行われており、市場では当局が市場介入を行う用意がある。伝家の宝刀のたとえでいえば刀の束に手をかけていつでも抜ける構えを見せたという受け止めもありました。それでもその後も円売りの動きが止まらなかったのは、伝家の宝刀といっても単独介入なら効果は限定的だと見透かされた面もあったのかもしれません。
さらに市場介入の効果が限定的だという見方には、より根本的な背景があります。

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さきほどもお話ししたように、アメリカは急速に利上げを進める一方で、日銀の金融政策は変わりません。日本でも物価は上昇していますが、黒田総裁は、いまの日本経済は物価の上昇が賃金の上昇をともなっておらず、今後も経済を支えるため金融緩和の継続が必要だ、としています。円安ドル高の動きを招いている日米の経済の構図は当面変わりそうにない。その中で円安の流れを市場介入だけで止められるか懐疑的な見方が広がっています。実際に、市場介入の後の23日のロンドン市場では、円相場は、1ドル143円台まで値下がりするなど、円安方向に値を戻しています。
おりしも22日には、スイスの中央銀行がマイナス金利を解除し、主要国の中でマイナス金利政策を続けているのは日銀だけとなりました。それだけに、円は今後も売られやすい通貨として投機筋が照準を定める状況が続きそうです。これに対し「さらなる介入も辞さない」とする財務省。今後円安の流れがぶり返したときに、どこまで跳ね返すことができるのか。緊迫した攻防から目が離せない状況が続きそうです。

(神子田 章博 解説委員)


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