いま認知症の高齢者が急増しています。患者やその家族をどう支えていくのかは、社会に突き付けられた、最も大きな課題の1つです。
国は去年から「伴走型支援」という新たな取り組みを始めました。
認知症の患者に初期の頃から寄り添い、長く並走しながら支援していくという極めて重要な政策です。しかし始まったのは、まだほんの一部の地域に留まっています。
どうすれば支援を拡大できるのか、考えていきたいと思います。
認知症は誰もがなりうる病気です。
高齢者化が進む中、急速に増加しています。
3年後の2025年には約730万人に達すると推計されています。
これは65歳以上の約2割、つまり5人に1人の割合となり、その後も増え続けると見られています。
認知症は本人や家族の生活に大きな影響を与えます。
個人では解決できない問題も生じます。
だからこそ、社会が支えていく仕組みが必要です。
特に今、課題とされているのが「初期段階の支援」です。
この初期とは認知症とまだ診断されていない時期も含みます。
「物忘れが増えた」あるいは「会話がかみ合わなくなった」といった段階で、すぐに支援に結びつくケースは決して多くありません。
その後、症状が進んで生活が立ち行かなくなって初めて、支援や介護に繋がります。
しかしその時には、すでに本人も家族も、疲弊しきっています。
これは、初期の支援体制がまだ十分ではないということの表れでもあります。
相談窓口としては「地域包括支援センター」などがありますが、そこでは認知症以外にも介護や子どもがいる家庭の支援など、対象は多岐にわたります。
相談量が大幅に増えていて、認知症が初期の人まで、十分に対応しきれない所も出てきているという指摘もあります。
このように従来の体制だけでは、認知症の人の急増に、十分対応していけないという危機感が高まっています。新たな相談窓口、そして支援体制が必要になってきています。
そこで国は去年から、「伴走型支援事業」という取り組みを始めました。
これは、初期の段階から支援に入り長く支えていくという、まさに伴走していく取り組みです。
事業を担うのは、認知症の患者を受け入れているグループホームをはじめとした介護事業所などです。
医療や介護にまだ繋がっていない段階から支援に入り、日常での悩み事の相談に応じたり、生活面でのサポートを行ったりします。
早期に支援することで、本人や家族の負担を軽減し、症状の安定にも繋がる場合があります。そして継続的に支援することで、症状の悪化にも素早く対応することができます。
具体的にどんな事を行うのか、実際の例を見てみます。
福島県須賀川市では、認知症グループホームを運営するNPO法人「豊心会」が、相談窓口を設置しました。
ここでは「認知症の症状が見られるが、本人が病院に行くのを嫌がる」あるいは「外出して迷子になる」といった家族からの相談が寄せられています。
また「親の判断能力が衰え、車の免許を返納させたいので、一緒に説得してほしい」という依頼もあります。
担当者は、電話だけでなく、必要ならば自宅を訪ねます。
例えば、よく迷子になる人であれば、外出時に付いていき、迷いやすい場所を確認したり、地域の見守りネットワークの対象に登録したりします。
そして症状が悪化すれば、医療や介護、それに専門の支援機関などに繋げていきます。
ここでは、開始から4か月で、のべ49件の相談が寄せられています。
この「伴走型支援」は、認知症の人が急増する中で極めて重要な取り組みですが、大きな課題があります。
それは、まだほんの一部の地域でしか始められていないという点です。
全国でも数か所に留まっています。
これはなぜなのか。大きな理由の1つは、手を挙げる事業所がなかなか出てこないためです。
認知症グループホームなどの介護事業所は、多くが職員不足に悩まされています。
なので、伴走型支援にまで、人を割けないというのです。
実際、先ほどご紹介した福島県のNPO法人「豊心会」でも、全体で17人いる職員のうち、4人が伴走型支援を担い、いずれも本業の合間に相談に応じています。
まさに「ぎりぎりの中で人手をやりくりしている」と言います。
ではどうすれば、伴走型支援を大きく拡大していけるのでしょうか。
多くの介護事業所がぎりぎりの人手の中で本業を行っている以上、まずは伴走型支援を行うための職員を新たに確保する。これを考えなければなりません。
しかし、事業の委託費は年間で152万円です。
「これでは職員1人も雇うことができない」という声が、現場からは聞こえてきます。
委託費の引き上げを早急に検討すべきだと考えます。
一方で、介護事業所側も、どうすれば伴走型支援を始められるのか様々な手段を検討してもらいたいと思います。
特にグループホームは「地域に根ざした施設」という役割を、本来期待されています。
「人がいないから、うちは無理」とすぐに諦めてしまうのではなく、行政と相談し、どんな支援があれば事業を行えるのかを話し合う。
あるいは、ひとつの事業所では無理でも、他の施設と共同で事業を展開するなど、あらゆる方法を考えて、可能性を探っていく。
そのようにして、地域に住む人たちにも広く、その専門性を発揮してもらいたいと思います。
また、認知症の初期段階の支援は、この「伴走型支援事業」に限らず、ほかの事業でも早急に拡大していかなければなりません。
しかし、まだ道半ばなのが実情です。
特に私は、地域にいる人材を、まだ十分に生かしきれていないと感じます。
例えば認知症サポーターです。養成講座を受講し、認知症について一定の知識を持つ人でがなり、今では全国で1300万人を超えています。
認知症を理解するサポーターが増えることは、とても良いことですが、それが地域での活動に大きく繋がっているのかというと、必ずしもそうとは言い切れません。
「サポーターを作っただけで終わってしまっていないか」という声も聞かれます。
国や自治体などは、この認知症サポーターが中心となって患者や家族をサポートする「チームオレンジ」という支援チームを、増やしていこうとしています。
3年後までに、すべての市区町村に整備するという目標を打ち立てています。
しかし、設置できたのは、2年前の時点で、130か所あまり。
コロナ禍で活動しにくいという面はありますが、全市区町村の1割にも届いていません。
この認知症サポーターは、出来る範囲で周りの人を支えていくというもので、全員が地域の活動に参加するのは難しいと思います。
それでも、1人でも多くの力を集めて、支援の輪を広げてほしいですし、それを主導するのは国や行政の役目です。
リーダーシップを今以上に発揮し、地域の人材をまとめ、具体的な活動に結び付けてもらいたいと思います。
「認知症の人や家族が希望をもって暮らせる社会を実現する」。
これは国が掲げた認知症政策のスローガンです。
しかし今はまだ、十分な支援体制が構築されているとは言えません。
支援にあたる職員を増やし、認知症サポーターの力も結集して、社会が患者を支えていく、
その仕組みを早急に整えていく必要があります。
(牛田 正史 解説委員)
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