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初の日朝首脳会談から20年 拉致問題の進展は 家族の思いは

橋口 和人  解説委員 権藤 敏範  解説委員

北朝鮮を訪れた当時の小泉総理に対し、キム・ジョンイル総書記が初めて日本人の拉致を認めて謝罪した日から9月17日でちょうど20年です。横田めぐみさんら12人の拉致被害者の帰国は未だ実現しておらず、被害者や家族の高齢化も進み、残された時間はありません。拉致問題の進展には何が必要か、家族は何を思うのか、考えます。

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【拉致被害者救出のために】
東京で16日に開かれた被害者家族の集会では、家族が被害者と再会できずに亡くなるという悲劇を、これ以上繰り返すことのないよう、政府の具体的な取り組みと世論のあと押しを、あらためて強く求めました。横田めぐみさんの母親の早紀江さんは「ものすごい数の人たちがさらわれているのに、どうしてこんなに動かないのか。本当に不思議で不思議でなりません」と訴えました。
早紀江さんで思い起こされるのが、20年前の日朝首脳会談を受けての家族らの記者会見です。めぐみさんら8人の被害者が死亡したとする北朝鮮側の説明に、普段は冷静な父親の滋さんが、泣きながらマイクに向かい、何度も詰まりつつ、つらい気持ちを言葉にします。その姿に嗚咽を漏らす大勢の記者たち。怒りと深い悲しみに覆い尽くされる中、早紀江さんが「まだ生きていることを信じ、闘っていきます」と気丈に話します。あの時が、家族らの本当の闘いの始まりだったと思います。

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この日を境に被害者の救出を求める世論が高まり、横田夫妻は、講演や取材の依頼があれば、全国どこへでも駆けつけました。体を気遣う声に「後悔したくない」「やれることはやる」と応じる滋さん。持ち歩いていたチラシの裏やノートを見せてもらうと、日々のスケジュールが1か月先までびっしり書き込まれていたのを思い出します。
娘を取り戻すために人生をかけて両親が行った講演は1400回を超え、被害者の家族らが集めた署名は1600万に達しました。
拉致問題の解決を願う家族が、祈るような思いで救出を待ち続ける中、20年が経過しても、まったく進展が見られない現状に、ただただ愕然とする思いがします。

【拉致問題の経緯】

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拉致問題の経緯を振り返りますと事態が動いたのは2002年。北朝鮮を訪問した小泉総理に対して、キム・ジョンイル総書記が初めて日本人の拉致を認めて謝罪し、国交正常化の早期実現を目指す日朝ピョンヤン宣言に署名します。そして曽我ひとみさんら5人の帰国が実現します。2004年には、小泉総理の2度目の訪問で被害者の家族も帰国しましたが、これ以降、膠着状態に陥ります。当時、秘書官として会談に同席した飯島勲内閣官房参与は「小泉総理の3度目の訪問も検討したが、国際社会が北朝鮮の核問題に目を向ける中、独自の動きをとりにくかった」と明かします。
日朝協議が再び大きく動き出したのは2014年。スウェーデンのストックホルムで行われた協議で、北朝鮮は、拉致被害者を含むすべての日本人の全面的な再調査を約束します。このあと日本政府も独自制裁の一部を解除しました。しかし、核実験や弾道ミサイルの発射を受けて再び制裁を強化すると、北朝鮮は、2016年に調査の全面中止を一方的に通告。

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日本政府も対話から圧力路線に舵を切ります。自民党の古屋圭司元拉致問題担当大臣は「水面下の協議をもっと進めるべきだったし、その態勢も強化すべきだった」と振り返ります。
2018年に南北の融和が進み、初めての米朝首脳会談が実現すると、翌年には、当時の安倍総理もキム・ジョンウン総書記と「前提条件をつけずに」首脳会談の実現を目指す考えを示します。菅・岸田政権もその方針を踏襲し、北朝鮮との接触を模索してきたと見られますが、具体的な進展はなく、未だに首脳会談は実現していません。
北朝鮮との交渉の難しさについて、南山大学の平岩俊司教授は「北朝鮮の体制やしぶとさを過小評価してきた結果だ。北朝鮮は、今の日本との交渉にもメリットを感じにくいだろう」と話します。拉致問題は、国際情勢の変化やしたたかな北朝鮮に翻弄されてきたようにも映ります。

【拉致被害者の家族らは】

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家族会は、ここ数年、圧力から対話に軸足を移し、キム総書記に2度にわたって直接メッセージを発信して問題解決への決断を促すとともに、アメリカ大統領らとも面会を重ねて協力を求めてきました。
しかし、解決の糸口すら見つからず、高齢の家族が被害者との再会を果たせずに次々とこの世を去ります。おととしには、有本恵子さんの母親の嘉代子さんと横田滋さんが、去年暮れには、田口八重子さんの兄の飯塚繁雄さんが亡くなりました。帰国できていない被害者の年齢も平均で70歳を超え、もう時間の猶予はありません。「生きているうちに再会を果たしたい」という家族の思いは、最大限に強まっていると感じます。

【政府に対して】

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家族たちは今、政府に対し、被害者の一刻も早い帰国に向けて、日朝首脳会談を早期に実現することや、被害者救出のための道筋や期限を示すことを求めています。そして、解決が容易でない核やミサイルの問題よりも優先して拉致問題に取り組み、医療支援や食糧支援など、問題の解決で得られるメリットを北朝鮮側に示しながら交渉してほしいと考えています。
岸田総理は、拉致問題の解決に向けて「あらゆるチャンスを逃さない」と述べていますが、私は、家族の気持ちとの温度差を感じずにはいられません。「命の期限」と向き合う家族は、「チャンスを逃さない」ではなく、もっと能動的に「チャンスを作り出す」と表明してもらいたいのではないでしょうか。そして、被害者の帰国に向けてどのような努力をしていくのか、希望の持てる話が聞きたいのだと思います。
12日、横田早紀江さんは「86歳の私に、残された時間がどれだけあるのか分かりませんが、解決の手前まで来ていると信じ、めぐみの救出を命の限り訴えていきます」と話していました。家族に残された時間はあとわずかです。政府による膠着状態の打開が、今ほど求められている時はありません。

【政府の取り組みは】

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では、政府の取り組みはどうでしょうか。
拉致、核、ミサイル問題を包括的に解決するのが日本政府の一貫した立場です。ただ、北朝鮮は、核を放棄したウクライナにロシアが侵攻したことから、核、ミサイル保持の重要性を再認識したとみられます。北朝鮮が核を容易に手放さないのであれば、二国間の交渉で打開の可能性がある拉致問題を切り離すべきだという指摘もあります。
拉致問題を起こした責任は北朝鮮にありますが、相手がある以上、交渉でしか解決できないのも事実です。「拉致問題は解決済み」という頑なな姿勢を崩さない北朝鮮から、いかに新たな情報を引き出し、北朝鮮の態度を変えて、被害者の帰国につなげるか。それにはトップにつながる信頼できるルートを水面下も含めて構築し、地道な交渉を重ねていく。もちろんアメリカをはじめ関係国の理解と協力も不可欠です。交渉の過程では、被害者家族の声を踏まえ、独自制裁の一部緩和や人道支援などを行う柔軟な対応も必要になるかもしれません。
残された時間はありません。北朝鮮をどのように交渉の場に引っ張りだすか、日本政府は戦略を再構築すべき時期にきていると考えます。

(橋口 和人 解説委員/権藤 敏範 解説委員)


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