全国の企業のうち、99.7%を占めるのは中小企業です。各地の経済を支えているこれらの企業がいま、後継者不足で危機にさらされています。「後継者難」で倒産した企業は、ことし、過去最多ペースになっています。どのように後継者という人材を確保し、会社の存続へとつなげていくのか。今回は事業の引き継ぎ、「事業承継」の問題についてお伝えします。
【解説のポイント】
解説のポイントは、①後継者不足がいかに深刻か、②地方銀行など始めている「サーチファンド」という新たな試みとは、③スムーズに後継者に事業を引き継ぐために必要なこと、以上の3つです。
【深刻化する後継者不足】
全国の中小企業で後継者が足りません。
民間の信用調査会社「東京商工リサーチ」によりますと、ことし1月から8月までの間、「後継者難」を理由に倒産した企業は全国で276件に上り、過去もっとも多かった去年を上回るハイペースです。経営者が亡くなったり、体調不良に陥ったりして、存続できなくなったことが主な要因です。倒産はしなくても、同じ理由で廃業した企業はさらに多いとみられています。
背景にあるのが経営者の高齢化です。経営者の年齢は、2000年には50歳から54歳が最多でした。それから20年後のおととし、多かったのが60歳から74歳。かなりの経営者が事業を引き継げずにそのまま、年を重ねていることがうかがえます。
事業が黒字でまだまだ地元で必要とされているにも関わらず、経営者が病に倒れるなどの理由で、突然、倒産・廃業する事態になれば、長年培ったノウハウや技術、そして何より雇用が失われ、地域経済に大きな打撃が及ぶおそれがあります。
【一般的な事業承継は】
それでは事業の引き継ぎは、どのように行われるものなのでしょうか。
もっとも一般的なのが、経営者の子どもなどの親族に引き継ぐケースです。次いで、その会社の役員や従業員に引き継ぐ場合です。いずれにも後継者がいない場合、第三者による合併や買収、いわゆる「M&A」を通じた事業承継の道を探らなければなりません。
その一環として金融機関が新たに採用した手法がいま、注目を集めています。
【「サーチファンド」 “顔”が見える事業承継】
それは「サーチファンド」と呼ばれる仕組みで、もともとはアメリカで始まった事業承継のモデルです。
ビジネススクールなどで経営について学び、会社の経営を希望する若者がいます。この若者の将来を見込んで資金面で支援する投資家のことをサーチファンドといいます。若者はサーチャーと呼ばれ、1年間など一定の決められた期間内に、後継者がいない企業を何社も訪問して、経営したい会社を探す「サーチ活動」を行います。活動中の生活費などはファンドが提供します。そして、候補となる会社を絞ったあと実際にインターンなどとしてその会社で働き、従業員からの信頼も得て交渉が成立すると、投資家から再び資金を得て会社を買収し、自ら経営するというものです。
サーチャーは資金面で支援を受けられるメリットがあり、投資家は出資した会社が成長したあと、出資分を買い取ってもらうことなどで将来的にリターンが期待できます。
このサーチファンドを3年前、事業として国内で初めて設立したのが、山口県に拠点を置く山口フィナンシャルグループです。実際に経営を引き継いだ人を取材しました。
【「サーチャー」が引き継いだ会社は】
おととし2月、北九州市にある土木建設業の会社を引き継いだ、渡邊謙次さん、40歳です。
東京出身で、もとは印刷会社で働いていましたが、会社を経営したいという意欲が強くなり、アメリカに渡って、MBA=経営学修士を取得しました。
帰国後、渡邊さんはサーチファンドのことを知って応募し、審査を経てサーチャーに選ばれました。それからおよそ1年間、ファンドから生活費など1000万円あまりの資金を得て企業探しを行いました。
そのサーチ活動の中で、後継者が決まっていなかった今の会社を見つけ、引き継ぐことを決めたのです。会社を経営して2年半。売上げは8億円あまりでおよそ40人の従業員を抱える社長です。コスト削減を進めつつ、新規事業も始めて会社を黒字に転換させました。
渡邊さんは「私は会社を立ち上げてゼロからイチにする起業の力はなく、イチから10にすることが強みで力を発揮できると思っています。この会社との出会いを大切にし、自分自身が精いっぱい新規の事業を含めて会社をよくすることで従業員の方々がついてきてくれるのであればやりがいがあります」と話していました。
【広がるサーチファンドの活用】
山口フィナンシャルグループのサーチファンドには、これまでに250人以上がサーチャーに応募し、このうち12人が選ばれ、投資が決まっています。内訳は20代から40代と若い人が多いのが特徴で、このうち6人がすでに会社を引き継いでいます。
また、このファンドには、香川県の百十四銀行や愛媛銀行などほかの地方銀行も出資に加わり、今の規模はおよそ60億円。経営者候補のサーチャーを毎年10人ずつ増やす計画です。
このほかにも、日本政策投資銀行などが作ったファンドや、野村グループが作るファンドもあり、地方銀行が出資する動きも続いています。
しかし、日本ではまだ始まったばかりの仕組みで、狙い通り、事業承継の選択肢として定着するかは今後の実績しだいだといえます。
【より取り組みやすい仕組みも】
外部の人材をすぐに経営者として迎えるのではなく、まずは幹部として関わってもらう方法も整ってきています。
そのうちの1つが、金融庁が去年10月に設けた「レビキャリ」というウェブサイトです。日ごろから取引している金融機関が、企業側からどんな人材が必要かというニーズをくみ取って情報を探します。サイトには大企業に勤務し、中小企業の経営に関心がある人材が登録してもらいます。適切な人材が見つかれば、金融機関や企業側が面接するという運びになります。経営者が「会社になじめるだろうか」というような不安をもっていても、ひとまず幹部として採用し、様子を見ることが可能です。
サイトの開設当初は、所属先の会社を通じて登録を行う必要がありましたが、先月からは個人で登録することも可能となり、応募人数は急速に増えているといいます。新型コロナがきっかけとなって、都市から地方への人の流れが生まれ始めていることも追い風となっています。
【第三者の事業承継には課題も】
ただ、第三者による事業承継には難しさも伴います。よくあるのが「こんなはずではなかった」という経営者の嘆きです。
事業承継は新旧両方の経営者、双方が合意して成立します。ただ、従業員の雇用や、経営方針などを事前によく話し合い、相手を信頼したつもりでも、実際に引き継いだあと、約束が守られなかったり、すぐに別の会社に転売されたりするケースもあります。
また、人不足の今、まとまった数の従業員を手に入れるための手段として、買収するという話を聞くこともあります。
自分の子どものように大切に育ててきた会社が、不本意な形で引き継がれてしまうことは、経営者にとっては悔やんでも悔やみきれないことではないでしょうか。
多くの経営者の相談に乗ってきた、中小企業基盤整備機構の宇野俊英 統括プロジェクトマネージャーは「引き継がれても従業員が新しい経営者についていかず、失敗に終わるケースもある」としたうえで、失敗を避けるには後継者は引退する経営者や会社の従業員に対し敬意を払い、それぞれがよく話し合って、意識を統一させておくことが重要だといいます。そして、取引のある金融機関には、丁寧に経営者や後継者の相談に乗り、行き違いを防ぐ役割があると指摘しています。
そのうえで宇野さんはもっとも大事なこととして、経営者が日ごろから事業承継に関心を持ち、手遅れにならないよう「とにかく早めに準備すること」が必要だと強調していました。
紹介したように、サーチファンドをはじめ、事業を引き継ぐためのさまざまな仕組みが用意されています。うまく活用することで、より多くの経営者が人材を確保し、地域経済になくてはならない中小企業の存続につながることを期待したいと思います。
(渡部 圭司 解説委員〔松山放送局〕/佐藤 庸介 解説委員)
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