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安倍元首相銃撃事件 選挙の警護 残された課題

木村 祥子  解説委員

日本中を震撼させた安倍元総理大臣の銃撃事件。事件は参議院選挙の応援演説中に起きました。選挙のさなか政治家を狙う行為は民主主義の根幹を脅かす行為でもあり、断じて許すことはできません。
警察庁は8月、要人の警護や警備の検証結果をまとめた報告書を公表しました。
事件後、最初の大規模警備となる「国葬」が9月27日に予定されていて、警察は総力をあげて東京都内の主要な駅や空港などで警戒を強めています。
この中でも、今回の事件の舞台となった選挙での「警護・警備体制」をどう築いたらよいのかを考えます。

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【解説のポイント】
① 事件で浮きぼりとなった警護・警備計画の安易な前例踏襲
② 再発防止に向けて要人警護の基本事項を定めた「警護要則」の刷新
③ 「ふれあいか、安全か」選挙での警護、警備の課題

【安易な前例踏襲】
はじめに、白昼堂々、なぜ銃撃を許してしまったのか。
報告書では事件を招いた最大の問題は元総理大臣の後方の警備が不十分で容疑者の接近を許したことだと指摘しています。

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演説の直前、現場では警察官の配置が変更され、前方の警戒に重点が置かれることになりましたが情報が共有されず、手薄になった後方を警戒する警察官を補強するなどの指揮もとられていませんでした。
今回、明らかになったのは、奈良県警が安易に前例踏襲を行ってきた警護現場の実態でした。
演説が行われた同じ場所では前の月に自民党の茂木幹事長による街頭演説が行われていました。
県警が作成した今回の警護・警備計画は、この計画とほぼ変わらず、周囲が360度ひらけた現場の危険性について検討していませんでした。
「何も起きなければそれでよい」という意識のもと、事後の検証や反省をしてこなかった「ツケ」が今回の重大事件につながったと感じました。

【警護要則 刷新】
次に警察庁は再発防止策の1つとして、およそ30年ぶりに要人警護の基本事項を定めた「警護要則」を刷新しました。
見直しのポイントです。

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これまでの「警護・警備計画」は全国の都道府県の警察が担っていましたが、今後は計画の作成段階から警察庁が関わり、事前に警護・警備計画を審査します。
そして要人警護はこれまで都道府県の警察が担い、警察庁が関与するのは現職の総理大臣などに限られていましたが、今後は閣僚や政党幹部、元総理大臣も含まれることになりました。
また、警視庁のSPを増員するなど警護体制も強化し、警察庁に10人程度しかいない要人警護を担当する「警護室」の人員を大幅に増やすことにしています。
警護要則の刷新で、今後は警察庁の負担が大きくなります。
来年の春には統一地方選挙が予定されていて、総理大臣や閣僚、政党幹部などが各地の遊説会場を訪れることが想定され、選挙期間中には全国から警護・警備計画があがってくることが予想されます。
警察庁は人員を大幅に増やして対応するとしていますが、果たして膨大な数の計画を確認したり、不備を指摘したりできるのか。不透明な部分もあり、課題は残っています。

【選挙の警護・警備の課題】
「警護要則」は刷新されましたが、選挙の警護はどのように変わるのでしょうか。

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現場の警察官に取材をすると政治家が不特定多数の有権者と触れ合う選挙は「要人警護の中でも最も難しく厳しい現場だ」と話します。
ある警察官は「警護を厳しくしすぎると陣営からクレームをつけられないか心配になる」とか、別の警察官からは「政治家と聴衆の表現の自由に配慮しつつ警護にあたるのはバランスが難しい」などといった声も聞きました。
今回の報告書では選挙警護の在り方について具体的にどういった警護をすべきなのか「踏み込みが不十分だ」と指摘する専門家がいます。
テロ対策などに詳しい公共政策調査会の板橋功研究センター長です。板橋さんは「選挙における過度な警察の介入は民主主義の根幹である選挙の自由や公平性をゆがめる可能性があることを忘れてはいけない」と指摘します。
その上で「選挙における警護警備をどうするかは、政治の側と警備側とがしっかりと議論し、早急にガイドラインを作る必要がある」と話しています。
今後は警察庁が主体的になっていくとしても、現場で要人を守る責任は都道府県の警察本部長や警察署長が負うことに変わりません。

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選挙期間中は警護対象者の日程が急に変更されることも珍しくなく、計画を十分に審査する時間がなかったり、計画通りにできなかったりすることもあると思います。そんな中でも素早く判断して行動する能力が求められます。
一方で、政治家に批判的な人を排除するなど、行き過ぎた対応にならないよう配慮することも必要です。
選挙での警護や警備は警察の判断だけでは決められる問題ではないと思います。
だからこそ政治の側と警察の側が連携して、あらかじめここまでは「できる」とか「できない」といったすり合わせをした上で計画を立て、その情報をきちんと現場の警察官にまで落とし込んでいくことが重要だと思いました。

【要人警護 強化へ】

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警察庁は事件を教訓に、要人警護の装備の強化に乗り出す方針で、来年度予算の概算要求に22億5700万円を盛り込みました。
上空から現場の状況を確認するためのカメラ付きドローンや演説場所などで警護対象者の前や横に置く透明な防弾用のついたてなど、新たな資機材を導入する方針です。
こうした動きについて公共政策調査会の板橋研究センター長は「東京オリンピックが開催されたことで日本のメーカーの技術開発がかなり進んでおり、高い効果が見込めるものが多く、もっと早く取り入れるべきだった。費用対効果も見極めつつ新技術の導入を進めてほしい」と話しています。
また課題となっているのが、警護員の養成です。
これまでそれぞれの道府県の警察はSPが所属する警視庁に担当者を派遣し、研修をさせてきました。
警察庁は今後、SPの数を増やすとともに、道府県の担当者の研修も拡充させて、警護力の底上げにつなげることにしています。

【求められる「不断の見直し」】
最後に選挙での警護・警備に何が必要かを考えます。

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今回の事件では特定のテロ組織に属さない個人が銃を自作し、犯行に及びました。
技術の進歩で誰もがインターネットで銃や爆発物の情報を簡単に入手し、3Dプリンターなどでつくれるようになりました。
従来型の警備では対応しきれない場面も想定され、同じような事件が起こるリスクは全国各地にあります。
報告書の中でも警護において「不断の見直し」をすることの重要性を指摘しています。
常に課題を洗い出し、最新の情報を踏まえて臨むことが大切です。
トップから現場の警察官まで、ひとりひとりが役割の重さを認識することが重要ですし、お互いに問題を指摘できるように意思疎通がしやすい組織づくりも忘れてはいけないと思います。
選挙では政治家と有権者のふれあいは大切だと考えます。しかし、そこに危険が潜んでいるのであれば、政治家と有権者のふれあいには、ある程度の「距離」をとることもやむを得ないのではないでしょうか。
警備は事件やトラブルを起こさずやり遂げて当たり前で襲撃を許してしまった時点で「失敗」となる厳しい現場です。
事件を教訓に、警察庁が今後、選挙での警備・警護の在り方をどのように構築していくのか、重い課題がつきつけられています。

(木村 祥子 解説委員)


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