沖縄県の尖閣諸島が国有化されたのをきっかけに、中国が攻勢を一気に強めてから10年が経ちました。この間、中国海警局の態勢は大幅に増強され、日本の領海への侵入が繰り返されています。止むことのない中国の攻勢にどう対峙していくのか考えます。
沖縄本島からおよそ410キロ離れた東シナ海の“絶海”にある尖閣諸島は、
魚釣島、久場島、大正島などからなる無人島群です。
島の沿岸から12海里(およそ22km)が日本の「領海」。そのすぐ外側の12海里が「接続水域」です。中国海警局の船はこの接続水域を頻繁に航行し、月に数回、領海侵入を繰り返しています。
このグラフは、「接続水域」の内側に侵入した月ごとの日数を表しています。2012年9月11日、当時の民主党・野田政権が島を国有地として購入した
直後から、頻度が一気に増しました。この国有化は、中国が主張と行動を強める口実に使われたという見方が有力です。あれから10年、中国の攻勢は止むことはなく、海上保安庁もこの間、絶え間なく現場海域にとどまり、対応を続けてきました。去年とおととしは年間330日以上、今年もこれに匹敵するハイペースで、ほぼ毎日、尖閣諸島周辺に居座る状態が続いています。
■なぜ中国は尖閣諸島を狙うのか
中国が、無人島の周辺に10年にわたって船を送り込み続ける理由はどこにあるのでしょうか。
漁業資源などが豊富な事もありますが、最大の理由は、地理的な位置です。尖閣諸島は、軍事戦略上重要な島々の連なりである「第一列島線」のすぐそばに位置し、その脇を太平洋に抜ける船の主要なルートが通っています。
ここで地図の角度をかえてみます。連なる存在が中国に蓋をするように横たわっているのがおわかりいただけるでしょうか。このライン上に中国が支配する島は1つもなく、中国海軍が太平洋に進出するには、このどこかで、島と島の間を必ず通らなければなりません。中国海軍は行動が把握されやすく、攻撃にも脆弱になります。そこで目を付けたのが、尖閣諸島です。中国がここを支配して拠点化すれば、▽海洋進出がしやすくなるだけでなく、▽米軍や自衛隊の動きを監視することもできます。そして▽沖縄に駐留する在日米軍に「くさび」を打ち込むことになると中国は考えているのではないでしょうか。
■強まる攻勢の実態
続いて、中国が過去10年、尖閣諸島への攻勢をどのように強めてきたのかみていきます。
「中国海警局」が増強される大きな転機となったのは、2018年。海に関わる政府機関の寄せ集めだった海警局は、中国共産党の軍事部門の最高意思決定機関「中央軍事委員会」の指揮下に編入されました。尖閣諸島の領海警備を長く指揮してきた海上保安庁の幹部は、「この編入をきっかけに、中国側の動きは大きく変わった」と指摘しています。中国海警局は、「準軍事機関」に変貌し、船の行動も軍のように統率されたものに変わりました。
最も重要な変化は、船の大型化です。
大型の船は時化に強く、海が荒れても海域にとどまるようになったのです。大型船の保有数は10年前、海上保安庁の方が上回っていましたが、その後逆転され、今では中国が日本のほぼ倍です。
そして、2年程前からは、操業中の日本の漁船に近づこうと領海内に侵入する動きが目立つようになりました。これは「日本の漁船を中国の当局が取り締っている」という形を装い、この海域が「中国の海」だとアピールするためです。しかし実際には、海上保安庁の巡視船が、間に入って接近を防いでいるので、中国が取り締まりを行ったという事実は一度もありません。
もう一つ問題視されているのが、去年2月に施行された「中国海警法」です。中国海警局の権限を規定するこの法律には、国際法と相容れない内容も多く含まれています。
この法律は、「中国が管轄する海域」では、▽外国の軍隊や政府の船に対して強制退去などの強い措置がとれるとしているほか、▽外国の組織・個人によって主権が侵害されるおそれがある場合、武器の使用もできるとしています。「中国の管轄海域」がどこまでを指すのか曖昧な点も大きな問題です。さらに、▽「中国の管轄する島に許可なく外国の組織などが構造物を設置した場合、強制撤去する権限がある」との記述もあります。尖閣諸島に日本側が何らかの構造物を設置し、中国側が強制撤去に乗り出すことになれば、衝突のリスクを高めかねません。
■日本の対応と戦略は
現場海域での航行を常態化させ、一方的な主張の既成事実化を図ろうとする中国に対して、日本はどのように対応しようとしているのでしょうか。
日本政府は、海上保安庁の予算を毎年増額し、新たな大型巡視船を建造するなど体制の強化を急いでいます。石垣島や宮古島それに鹿児島では、尖閣諸島の警備にあたる巡視船の拠点化が進められています。
先ほど触れた「中国海警法」は、施行から1年半が経ちましたが、今のところ船の行動に大きな変化はありません。これについては、習近平国家主席が異例の3期目入りを目指す来月の共産党大会までは、事を荒立てることを避けているとの見方もあります。共産党大会が終わった後、より強硬な行動に出てこないか、現場の動きを注意深く見ていく必要があります。その上で、今後、日本が打ち出す対策が、10年前の国有化の時のように、中国が何かをしかける口実にされないよう、“慎重さ”と“したたかさ”が求められます。尖閣諸島の最前線で対峙する海上保安庁と中国海警局の背後には、海上自衛隊と中国海軍がそれぞれ艦艇を展開させています。海上自衛隊をもっと前に出して対応させるべきとの意見もありますが、事態のエスカレーションを避けるためにも、軍事とは一線を画す海上保安庁が最前線で対応するという今の方針を継続することが肝心だと考えます。
その一方で、ウクライナでの軍事侵攻という事態を世界が目の当たりにした今、抑止が破れた場合の具体的な対応についても議論を深め、必要な改善を図っておくことも欠かせません。
そして最後に、重要なのは、海上保安庁による現場での対応だけではなく、
日本全体としての戦略です。
▽中国は、共産党の長期戦略のもと、莫大な資金力も背景に影響力を拡大し、
自らの主張に賛同する国を増やそうとしています。▽また、SNSなど様々な手段を駆使して大規模なプロパガンダを展開、歴史の事実に反する情報も拡散しています。
日本に求められるのは、「対外的な情報発信」、そして、国際社会を味方につけつつ、中国と交渉を通じて問題を解決する「外交力」ではないでしょうか。しかし、この10年。国全体として外交を含めた長期戦略は見えず、情報発信に関しても、インターネットでの動画配信やシンポジウムの開催など海外向けの取り組みは行われてはいるものの、中国の宣伝活動に対抗できるとは 言い難い状況です。
この年末に予定される新たな「国家安全保障戦略」の策定に向けては、尖閣諸島の問題についても議論されることになるでしょう。日本としてどのように領土と主権、法の支配による国際秩序、そして何より平和と安定を守っていくのか、その確かな“道しるべ”となる戦略が示されることを期待したいと思います。
(津屋 尚 解説委員)
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