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見えてきた防衛力の抜本的強化策 防衛費はどうなる?

田中 泰臣  解説委員

政府が年末までに決定する防衛力の抜本的強化策。防衛省は、8月末に提出した来年度の予算要求に、強化していきたい項目を盛り込みました。実現に必要となる防衛費はどうなるのでしょうか。

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《防衛費 総額はこれから》

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今年度は当初予算で5兆4000億円の防衛費。来年度は、予算要求の総額自体まだ見えていません。「事項要求」と言われる金額を示さない項目が多数あるからです。
これは、政府として5年以内に防衛力の抜本的な強化を行い、来年度がその初年度になることから防衛費は実質、要求に上限をなくす別枠扱いとしたためです。
これを受けて防衛省は、これまでの延長線上のものは金額を示し、抜本的に強化したいものを「事項要求」とし、年末の予算編成まで財務省と調整が行われることになりました。

《抜本的強化策①スタンド・オフ・ミサイル》
では防衛省は何を強化したいと考えているのでしょうか。
真っ先にあげているのが「スタンド・オフ・ミサイル」の配備。
予算要求では約1300億円+事項要求としています。

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スタンドオフとは、一般的に「離れている」を意味し、相手の脅威が及ばない離れた所から攻撃できる長い射程のミサイルのことを指します。
代表的なものは国産で能力向上の開発を進める12式地対艦誘導弾の量産と配備を急ぐというものです。開発とは現在100キロから200キロの射程を1000キロ以上に伸ばすものです。
実はこの開発自体はすでに始まっていて、当初は2029年度から配備したいとしていました。今回抜本的強化として配備を2026年度に前倒しし、また量産するとしています。
なぜこれなのか。
8月末、鹿児島県の奄美大島で南西諸島に相手の艦艇が接近したことを想定した日米の共同訓練が行われ、今の12式地対艦誘導弾も登場しました。
公式には名指ししていませんが防衛省関係者は、能力向上と配備を急ぐのには緊迫する台湾情勢が念頭にあると言います。
仮に中国が台湾に侵攻すれば、領有権を主張する沖縄県の尖閣諸島などへの侵攻の可能性も否定できないとして、それを離れた所からでも阻止できる体制整備を急ぎたいというのです。
またこのミサイルは、戦闘機や艦艇にも搭載できるように開発する予定で、相手に攻撃を思いとどまらせる抑止力を強化したいとしています。

《抜本的強化策②不足分野の解消》

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このように新たな力の保持を急ぐのが強化の主眼と言えますが、それに加えて「不足分野の解消」も急ぎたいとしています。
具体的には弾薬の確保や装備品の維持整備などで、うち維持整備について要求では1兆1288億円+事項要求としています。
何が不足しているのか。こちらのF2戦闘機。前の部分が取り外されています。
これは「部品取り」と言って、部品不足のため、その部分さえ交換できれば運用きる別の機体に回す、いわば部品のやりくりを行っているのです。
ヘリや車両でも行われていて、このため十分な運用ができないものもあるそうです。
予算が足りず部品を確保できないのが要因としていますが、防衛省自身が主要装備品と言われる艦艇や戦闘機そのものの導入を優先して進めてきたためとも言われています。
防衛省は部品を確保し運用を円滑にしたいとしていますが、後回しにしてきた分をこの機会に、一気に取り戻そうとしているようにも見えます。

《防衛費・注目は中期防》

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それらを来年度以降どこまで実行し、どのぐらいの費用を見込むのか。
それは年末までに行う3つの安全保障関連文書の改定と密接に関係します。
改定するのは外交・安全保障の基本方針である国家安全保障戦略、10年間の防衛力整備の指針である防衛計画の大綱、そしてそれに基づく「中期防」と呼ばれる、中期防衛力整備計画です。
国家安全保障戦略は初の改定で、3文書の同時改定はまさに安全保障政策を大きく変えることになります。
この改定で、相手の領域内の発射拠点を攻撃できる、いわゆる「反撃能力」を保有するかどうかも決めます。先に紹介した12式の能力向上は、それにも使用できると見られていて、予算要求は保有を先取りしたとの見方もあります。
また防衛費の関係で注目したいのが5年間の防衛費の総額を明示する中期防です。
自民党は、5年以内にNATO諸国のGDP=国内総生産の2%以上という目標も念頭に必要な予算水準の達成を目指すとしています。
中期防の改定によって、この水準を達成するのかどうか。
またその最初の年にあたる来年度の総額も概ね見えてきます。

《GDP比2%の意味》

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この中期防、これまで、防衛費が膨らむ歯止めの役割を果たしてきました。
1976年、三木内閣が防衛費は当時の指標であるGNP=国民総生産の1%を超えないことを決めました。
10年後、撤廃されましたが、それに代わり歯止めとなってきたのが中期防です。
上限の規定はなく、補正予算も含めれば今年度も1%を超えていますが、概ね1%前後で推移してきました。
その根底にあるのは、初めて中期防が策定された際の基本方針として示された「専守防衛に徹し他国の軍事的な脅威にならない」という理念です。
これについて同盟国であるアメリカの軍事力がこの地域で他国を圧倒し、その庇護のもとにあった間は、大きな議論とはなりませんでした。今、周辺の安全保障環境がかつてないほど厳しさを増し2%の水準を目指すとなれば、日本の安全保障の大きな転換となります。

《与党協議に注目》
さてその検討はどのように進むのでしょうか。

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10月にも自民・公明両党による与党協議が始まり、合意すればそれに基づき政府が閣議決定。年末までには来年度の防衛費も決定する見通しです。

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注目は与党協議です。これまで重要な安全保障政策をめぐり、活動の幅を広げたい自民党と、歯止めをかけたい公明党との間で、どのように合意するかが焦点となってきたからです。
今回防衛費について自民党は「GDP比2%以上」と数字を示しているのに対し、公明党は、「額ありきではなく必要なものを積み上げる」という立場です。
この議論に際しては、予算の規模はもちろん防衛費の範囲も大きな論点になるのではないかと思います。
NATOの基準では、日本では防衛費にカウントされない海上保安庁の予算なども含みます。どこまでを範囲とするかで、実際の増額幅は大きく変わるため、この点も注目だと思います。

《財源は首相の決断に?》

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そしてもう1つ注目したいのが財源についてです。
岸田首相は、「内容・予算・財源をセットで議論する」としています。
財源は国民の負担に直結する可能性があるため政治的な決断が必要な問題とも言え、そこから逃げない姿勢を示したようにも見えます。
自民党内からは、当面国債発行で対応せざるをえないとの意見も出ています。
ただ大幅に増額し、それを継続するとなれば、恒久的な財源を示していくことも必要になると思います。
岸田首相がリーダーシップを発揮し、年末にかけて国民が納得できる方針を示せるか注目です。

《政府・与党に求めたいこと》
政府が目指す防衛力の抜本的強化とそのための防衛費の増額。
専門家には支持する意見もあれば、どこまでの水準に達すれば十分なのか分からない。歯止めなき軍拡競争につながるのではと否定的な意見もあります。
政府・与党には、強化策や費用の議論にとどまらず、国民の間にもある懸念や疑問を払しょくすることも踏まえて検討を進めていくことを求めたいと思います。

(田中 泰臣 解説委員)


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