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原発新増設検討 原子力政策大転換へ 課題対応への道筋は

水野 倫之  解説委員

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原子力政策の大転換へ政府が動き始めた。
ウクライナ侵攻に伴う燃料の高騰や電力危機に対応する必要があるとして、岸田総理は次世代革新炉の開発検討を指示。原発の新設は想定していないとする福島の事故以来の政策を大きく転換し、長期にわたって原発に頼る姿勢を鮮明に。
確かに原発は大規模電源で供給力が確保でき、脱炭素にもメリットあり。
ただ一方で安全性の確保や行き詰まる使用済み核燃料の処理など積み残しの課題もあるわけで、まずは問題解決への道筋を示されなければ。
▽原子力政策転換のポイントについて
▽背景には何があるのか
▽課題への対応は
以上3点から水野倫之解説委員が原子力政策転換を検証。

原子力政策の新方針のポイントは大きく2つ。
次世代革新炉の開発・建設と、原発の運転期間のさらなる延長の検討。

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まず政府が言う次世代革新炉とはどんな原発なのか。
経済産業省の専門家会合では、今ある大型の軽水炉の安全性を高めた革新軽水炉を開発する案が。
こちらは国内メーカーが検討する一例。
▽原子炉の下に受け皿を設置し、核燃料がメルトダウンしてもそれを受け止めて格納容器が破損しないようにしたり、
▽放射性物質を吸着する装置を設置して環境への影響を抑えることで、安全性が高まるとしている。
ただ海外ではすでに一部導入されているケースも。
政府は、地元に新設を受け入れてもらうには安全性が高まっていなければ困難だとみて、今ある炉ではなくあえて革新炉として打ち出したとみられ、今後この軽水炉タイプを軸に検討が進むとみられる。

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そして2つ目が、原発の運転期間の延長。
福島の事故を受けて、原発の運転期間は原則40年に、また点検で安全確認された場合でも最長60年に制限。
こちらは原発の設備容量のシミュレーション。
現在36基ある原発の多くが40年で停止すれば2050年には3基に、また全て60年運転しても2060年には8基まで減り、やがてゼロに。
新設には10年以上かかるため、そのつなぎとして運転期間の延長が不可欠と判断したわけ。

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こうした方針は福島の事故以来の原子力政策の大転換を意する。
事故後、当時の民主党政権は2030年代原発ゼロを目指す方針を掲げた。
その後自民党政権にかわったが、可能な限り依存度を低減する政策が維持され、歴代総理は「原発の建て替えや新設増設は想定していない」と国会で繰り返し答弁。
しかし今回の方針は、新増設を目指すもので、今後長期間にわたって原発に依存していく姿勢を鮮明にしたことに。

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この政策転換の背景にあるのは電力危機。
ウクライナ侵攻による燃料の高騰で電気代が上昇しただけでなく、ロシアが日本も権益を持つ天然ガス事業サハリン2の運営会社を一方的に支配下に置くなど、ロシアの出方次第で日本のエネルギー供給に大きなリスクがあることが鮮明に。
そして決定的だったのが電力不足による停電の危機。脱炭素の進展で火力発電所が減り、東京電力管内では電力需給ひっ迫警報が出され大規模停電寸前となり、6月にも注意報が出され、政府は7年ぶりの節電要請に踏み切らざるを得なかった。
現状、政府は節電と老朽火力の再稼働で電力危機を乗り切ろうとするが、同時にエネルギーの脱ロシアと脱炭素も進める必要があり、経済界などから原発への期待がこれまでになく高まっていた。
政府は世論の反発を警戒して慎重だったが、この電力危機の下であれば原発への理解も得られやすいという判断が働き、参院選での与党勝利も受けて、この時期の政策転換の表明となったとみられる。

確かに原発は1基あたりの発電量が大きい大規模電源で、燃料のウランを一旦輸入すれば長期間発電が可能で一定の供給力が確保できるほか、運転中はCO2を出さないことから、脱炭素にも貢献できるというメリットあり。

ただメリットばかりではない。
福島ではいまだ帰還困難区域が残り帰れない住民。廃炉の現場では燃料デブリ取り出しの1年以上の延期が決まるなど先が見通せない。一旦重大事故が起きた場合の深刻な影響を私たちは思い知ったわけで、原発依存には賛否あり。

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また、それぞれの方針にも課題。
原発の新設は、事故前は1基4000億円程度だったが、事故後は世界的に安全基準が厳しくなってコストが上昇し、1兆円を超えると言われる。燃料価格の高騰などで大手電力の業績は悪化しており、新設への投資の余力は十分ではなく、政府による補助がなければ実現は難しいという指摘も。

また運転期間の延長については、電力業界から、アメリカで80年の運転が認められたケースもあるとして、点検などで止めている期間を運転期間から除外する案も示される。確かに停止中は放射線による原子炉の劣化は抑えられる可能性あり。ただ建屋のコンクリートや電気ケーブルなどは時間の経過とともに劣化する。
またアメリカの原発立地点は地震が少なく、地震大国日本に即あてはまるわけにはいかないわけで、技術的に詳細な検討が必要。
さらに新設・運転延長ともに、ウクライナ侵攻で明らかになった武力攻撃のリスクにどう備えるのかも考えていかなければ。

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こうした新たな課題に加えて、事故後ずっと積み残されたままの課題も。
その一つが使用済み核燃料の処理の問題。
福島の事故ではプールの大量の使用済み核燃料の冷却ができなくなり、一時、首都圏も避難させる検討が行われ、その危険性が突きつけられた。

原発に大量の使用済み燃料がたまる理由は、使用済み燃料からプルトニウムを取り出して使う核燃料サイクルの行き詰まり。
プルトニウムを取り出す青森県の再処理工場は、トラブルや審査への対応遅れから、当初計画から25年以上遅れて処理ができず、全国の原発には1万9000tの使用済み燃料がたまり、プールの80%が埋まる事態に。
政府は燃料の有効利用につながるとして核燃料サイクルを維持する方針だが、プールにたまり続ける状況をいかに解消し安全を確保していくのか、早急に対策を打ち出す必要。
また、柏崎刈羽原発でのIDの不正利用や核物質防護対策の不備などに見られるよう、大手電力の信頼が回復していないという問題も残されている。
このように新たな課題や積み残しの課題もあるわけで、今後長期にわたって原発に頼るというのであれば、政府はメリットだけでなく、こうした問題についてもきちんと語り、まずは問題解決への道筋を示していくことこそ優先して取り組むべき。

最後に。
今回の方針は官邸に設けられた会議で決められ、異論は出なかったと言いうが、非公開だっためどのようにして結論に至ったのか不透明な部分が残される。
政府は今後年末までに政策の転換について具体的な結論を得るとするが、原発依存には批判的な世論も依然としてあるわけで、こうした意見に耳を傾けることも不可欠。
今後は批判的なメンバーも加えた上で、国民に見える形で議論を深めていくことが求められる。

(水野 倫之 解説委員)


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