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天皇皇后両陛下 コロナ禍での模索

橋口 和人  解説委員

新型コロナウイルスの影響で、皇室の中でも、特に天皇皇后両陛下は、人々と触れ合われる機会が減少し、地方への訪問も2年半余り途絶えたままです。
皇位継承後まもなく、感染拡大という思わぬ事態に直面して以来、「象徴」としての務めにどう取り組み、どう発信していくのか、模索を続けられています。
コロナ禍での両陛下の活動を振り返りながら、今後の展望について考えてみたいと思います。

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3年前、即位を前にした記者会見で、活動の大きな柱として「国民の中に入り、国民に少しでも寄り添う」と述べられた天皇陛下。
5月の即位後、恒例行事や儀式、被災地への訪問などで、12の府や県を年内に訪れ、多くの人たちと触れ合われました。
体調が心配された皇后さまも欠かさず加わられ、新たな天皇皇后として順調なスタートを切られました。

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ところが、翌令和2年。年明け早々、日本は、新型コロナの感染に見舞われます。
天皇陛下は、2月、天皇として初めての記者会見で、コロナの収束を願いつつ、「多くの人々と触れ合い、直接話を聞く機会を大切にしていきたい」と抱負を述べられました。
しかし、感染は拡大の一途をたどり、外出すら難しくなります。
この年、天皇皇后の出席が恒例となっている地方行事が、戦後初めてすべて無くなりました。
平成の時代、上皇ご夫妻も大切にされ、皇室の活動の基軸となってきた人々との触れ合いに、空白が生じる事態となったのです。

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感染が急拡大する中、海外では、ヨーロッパの国王などが次々に団結を呼びかけるメッセージを発信します。
日本でも、社会不安が高まり、コロナを震災になぞらえて、天皇陛下のメッセージを期待する声も上がりますが、天皇陛下は控えられました。
大地震のあととは異なり、現在進行形の感染拡大に政府が対応する中では、政治に関与できない立場の「象徴」としてのメッセージが、政治色を帯びる懸念があると考えられたようです。

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「象徴」として、どのように人々に寄り添えばよいのか。天皇陛下は、皇后さまと、新たな取り組みや工夫を重ねられ、宮内庁もそれを支えていきます。
両陛下はまず、人々が置かれた状況を知ろうと、さまざまな専門家などから説明を受けられますが、宮内庁は、両陛下の意向を受けて、やりとりの一部をホームページなどで公開する異例の対応を取ります。
令和2年4月、政府の専門家会議の尾身副座長から説明を受けられた際には、「私たち皆がなお一層心を一つにして現在の難しい状況を乗り越えていくことを心から願っています」などという天皇陛下の発言が紹介されました。
8月の全国戦没者追悼式では、天皇陛下は、コロナによる新たな苦難に直面しているとして、人々の団結や平和を望む一文をおことばに加えられました。
終戦の日の追悼式のおことばに今の課題が盛り込まれたのは初めてでした。
翌年の去年1月。新年一般参賀が見送られたことに伴う両陛下初めての国民向けのビデオメッセージも、コロナ禍に直面する人々への思いが大半を占めました。
終わりに、天皇陛下が、「再び皆さんと直接お会いできる日を心待ちにしています」と述べられたのが印象的でした。
「象徴」という役割の中で、機会を捉えた対応を重ねられますが、これらはまだ、国民への一方通行の発信にとどまっていました。

コロナの収束が見通せない中、思いを発信する一方で、人々との絆をいかに維持していくのか。模索し続ける中で新たに取り入れられたのが、オンラインによる交流でした。
去年には、画面ごしでの交流や視察が本格化し、震災から10年になる東北3県の被災者と懇談したり、九州の中山間地域や離島の小学校などを視察して、子どもたちと交流されたりしました。
オンラインでの視察や交流は、これまでに15の道と県で、のべ22回にのぼっています。

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オンラインには、感染症対策の他にも、複数の場所にいる人たちと同時に会えたり、訪問が容易でない地域の人々と交流できたりする利点があります。
一方で、沿道に多くの人々が出て、行く先々で触れ合いが生じる通常の地方訪問と比べ、交流できる相手が限られた人たちになります。活動を伝える画像もモニターを見つめる両陛下などとなりがちです。両陛下や現地の人たちの思いが、当事者以外の人々に伝わりづらく、「象徴」という存在と役割への理解が深まりにくくなっているのが現実です。

最近では、両陛下以外の皇族方の活動は、平時に戻りつつあります。秋篠宮ご夫妻は、ことし4月から、混雑する駅の利用を避けるなど、工夫を重ねながらお二人での地方訪問を再開されました。

一方で、両陛下は、この2年半余り、東京都外へのお出かけがありません。
最大の理由は、感染拡大の懸念です。両陛下が地方を訪問されると、その姿を一目見ようと、何千から何万もの人たちが沿道や駅、空港などに出て歓迎します。警備や同行する職員の数も多数になり、他の皇族方と比べ、集まる人、動く人の数が大幅に増えます。
両陛下は、自分たちが動くことで密集が生じ、感染が広がることがあってはならないという考えから、慎重な姿勢を貫かれています。

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宮内庁は、この夏、例年両陛下のお出かけが増える秋を前に、3年ぶりとなる地方での静養に向けて準備を進めていました。
特に、医師団から「コロナで活動が制限され、体調が整いにくくなっている」と指摘される療養中の皇后さまなどに、日々の生活の場から離れ、英気を養って頂きたいと考えていたようです。

「第7波」が続く中で、宮内庁は、感染拡大防止と社会経済活動の両立を模索する政府や自治体の姿勢も踏まえ、ぎりぎりのタイミングまで前向きに静養を検討します。
そして、両陛下の出発予定1週間前の先月10日、警備当局に2週間程度の静養日程を示しました。
しかし、側近部局の侍従職でも感染が相次ぐ中、その2日後には、両陛下が取りやめという判断を下されます。

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側近によりますと、両陛下は、自分たちの行動について、「感染につながることのないように」という点に加え、「国民への誤ったメッセージとならないように」、「国民の状況とかけ離れたものにならないように」という気持ちを、一貫して抱かれているということです。
この夏は、旅行や帰省を見合わせた人も多かったと思います。両陛下の判断は、そうした状況も踏まえてのものだったと見られます。国民とともに歩もうとされる両陛下の姿勢が、あらためて示されたように感じます。同時に、両陛下が心を寄せ続ける国民の前に、再び登場される日の早いことを願わずにはいられません。

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宮内庁の幹部が、「天皇陛下が誰よりも慎重だ」と口を揃える中、都内では、式典への出席など、両陛下の活動も次第に戻りつつあります。
この秋には、天皇皇后の出席が恒例となっている地方行事が、栃木、沖縄、兵庫の3県で予定されています。
本土復帰から50年にあたる沖縄をはじめとして、訪問の実現を望む声は少なくありません。
宮内庁の幹部も、「両陛下が沿道で人々の歓迎にこたえられることも、皇室と国民とを結びつける大切な機会だ」と話します。

両陛下による地方訪問が途絶えて2年半余り。どのタイミングでオンラインから直接訪問に切り替えていくのかが、大きな課題となっています。
宮内庁には、両陛下のお出かけ一つ一つについて、感染状況や社会の現状も踏まえつつ、その時々で考えうる最善の形を実現していく努力が求められます。

(橋口 和人 解説委員)


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