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NPT再検討会議 核軍縮への遠き道のり

髙橋 祐介  解説委員

ニューヨークの国連本部で4週間にわたり開かれてきたNPT=核拡散防止条約の再検討会議は、最終日を迎えました。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻で、核の脅威が高まるなか、各国の議論は紛糾し、合意文書をまとめられるか予断を許しません。核軍縮をめぐる現状と課題を考えてみます。

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NPT=核拡散防止条約は、東西冷戦のさなか、1970年に発効した条約です。現在は191の国と地域が加盟し、“核軍縮の礎”とされてきました。

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制定当時から核兵器を持っていた米ロ英仏中の5か国だけに核保有を認め、その代わり、核軍縮の交渉に誠実に取り組むよう義務づけています。
ほかの締約国には核保有を禁じて核の拡散を防ぐ一方、原発など核の平和利用をIAEA=国際原子力機関による査察受け入れを条件に可能としています。

そうした条約の3本柱について、進捗状況を5年おきに話しあうのが再検討会議です。
新型コロナの感染拡大の影響で何度も延期され、今回は7年ぶりの開催となりました。

この条約には加盟していない事実上の核保有国も存在します。インドとイスラエルそれにパキスタンです。北朝鮮も条約からの脱退を一方的に宣言し、核開発を推し進める構えを崩しません。このため、条約は、形骸化が久しく懸念されてきました。

「核保有国は、NPTが定めた核軍縮の義務を一向に果たそうとしない」そうした不満を募らせた核兵器を持たない国々は、核兵器の保有や使用を全面的に禁じる核兵器禁止条約を去年発効させました。これまでに66の国と地域が批准しています。

NPTの枠組みには、幾つも分断の亀裂が走り、前回の会議は、議論の成果をまとめた合意文書を採択することが出来ませんでした。

しかも今回は、世界最大の核保有国であるロシアが核を持たないウクライナに軍事侵攻し、核兵器をチラつかせて威嚇する未曽有の危機の真只中です。欧米と中ロの対立にも拍車がかかっています。
会議が再び決裂すれば、核軍縮のさらなる停滞は避けられず、条約の存在意義すら問われかねません。

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中でも対立が最後まで鮮明になっているのが、ロシア軍が掌握したウクライナ南東部にあるザポリージャ原発です。周辺で相次ぐ砲撃について、ロシアとウクライナ双方が互いに相手の攻撃だとくり返し、原発の安全性への懸念が高まっています。

会議が採択をめざす合意文書の草案は、この問題に「重大な懸念」を表明し、当初は「原発の管理をロシアからウクライナ当局に戻すよう」求めていました。しかし、ロシア側の反発を受けて、ロシアの名指しは避け、「ウクライナ当局による管理の重要性を確認する」という表現に修正されました。

草案には「核兵器の保有国が非保有国に対して核の使用や威嚇を行わないと約束する」ことも盛り込まれています。しかし、当初草案にあった核兵器の保有国に「先制不使用」の政策をとるよう求める内容は、核保有国やその核抑止力に頼る国々の反対で削除されました。

NPTの意思決定は、全会一致が原則です。“すべてで合意できなければ合意ではない”。
そうした合意形成を踏襲するのは、少数意見を切り捨てず、枠組みからの離脱を防ぐためというのが、いわば建て前です。仮に投票で採決に持ち込めば、ひと握りの核保有国には勝ち目がありません。決裂を恐れるあまり、核軍縮に向けて意味ある表現は削られて、誰も反対しない抽象的であいまいな文言ばかりが残る傾向にあるようです。

もちろん譲歩なくして合意は出来ません。しかし、あらゆる主張に配慮して、いわば骨抜きの妥協の産物となった文書をまとめたところで、どれほど意義があるでしょうか?
NPTの形骸化を加速してしまうことが心配です。

では、どうすれば核軍縮に実質的な成果を得ることは可能でしょうか?

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いま世界には、今年1月の時点で、少なくとも1万2,700発あまりの核弾頭があると推定されています。このうち、米ロ両国の保有数だけで、全体の90%近くを占めています。
このため、米ロが積極的に動かない限り、世界の核軍縮に展望は開けません。穴だらけで、綻びがますます目立ってきたNPTの議論をふたたび活性化するためには、米ロの粘り強い対話継続が欠かせないのです。

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とりわけ危険なのは、いま米ロの核戦略は、核兵器を相手に先んじて使う可能性を互いに排除していないことです。ロシアは、軍事ドクトリンで、国家の存亡が危うくなった場合、相手による攻撃が通常兵器であっても核兵器を使用する可能性を明記しています。

アメリカ側も低出力の核兵器の開発を進めています。米ロは、核攻撃への報復以外でも、互いに核を使うかも知れないと相手に思わせることで、核戦争を抑止できると考えているのでしょう。

しかし、それでは、核兵器を使うハードルを下げて、核のリスクを高めてしまいます。米ロは、今回の会議を踏まえて、まず核兵器を相手に先んじて使わない合意をめざし、そこから行き詰まった核軍縮交渉を生き返らせる突破口を見出すべきではないでしょうか。

バイデン大統領は、ロシアとの間に唯一残された核軍縮条約「新START」が4年後の2026年に失効することについて、「新たな軍備管理の枠組みを迅速に交渉する用意がある」として、米ロ交渉の再開に意欲をのぞかせています。

その一方で、バイデン大統領は「中国もまた協議に参加する責任がある」と指摘します。米ロと違って、これまで中国は、いわばフリーハンドで核戦力を増強してきたからです。

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中国による核戦力の増強は、急ピッチ、かつ不透明な形で進められているのが問題です。
アメリカ国防総省が議会に提出した報告書は、「中国は2030年までに少なくとも1000発の核弾頭を保有する可能性がある」と指摘しています。
▽兵器に転用可能なプルトニウムを大量に生成できる高速増殖炉や再処理施設を建設中で、▽ICBM=大陸間弾道ミサイル発射用の地下サイロも数多く建設されているためです。
中国はNPTで核保有を認められているため、日本などの非保有国とは違って、プルトニウム保有量を、2017年以降、IAEAに報告していません。

中国は、核戦力の情報を一切公開しない理由として、「米ロの核軍縮が先決」であること、また核保有5か国の中で唯一、中国は「いかなる状況のもとでも核の先制不使用を宣言している」ことを挙げています。今回の会議でも、中国は、核の先制不使用をアピールしてみせました。

核の軍拡競争を加速させないためには、米ロはもちろん、中国を含めた3か国が対話を絶やさず、核の透明性を高め、核軍縮への道を閉ざさないことが重要です。

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こうした現状に、日本は、核保有国と非保有国の橋渡し役を務めたいとしています。同盟国アメリカの核の傘に安全保障を委ねている限り、日本には多くを期待できないのではないか?そうした冷ややかな見方も、一部の国々にあるのは確かです。

しかし、そうした悲観論に臆することなく、唯一の戦争被爆国である日本こそが、隣国の中国も核軍縮に引き込み、「核兵器のない世界」の理想を掲げ、NPT体制を立て直す先頭に立って欲しいと思います。

一向に進まない核軍縮。危機感が共有されないもどかしさ。核廃絶への道のりは、はるか遠く、目の前に立ちはだかる厚い壁。NPTは、しばしば不完全で矛盾に満ちたものに映るかもしれません。しかし、それを捨て去って代わりを見つけることも、また難しいのが、いまの世界の厳しい現実です。

(髙橋祐介 解説委員)


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