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コロナ禍3年目の夏祭り 伝統を絶やさないために

高橋 俊雄  解説委員

新型コロナウイルスの感染が始まって3年目の夏。皆さんの地域のお祭りは、ことしは無事に行われたでしょうか。それとも中止や延期を余儀なくされたでしょうか。
コロナ禍の終わりが見通せない中、各地で長年続けられてきた祭りや行事、郷土芸能を残すにはどうすればよいのか。夏祭りを中心に考えてみたいと思います。

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【開催できる?できない? 難しい判断】

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各地の夏祭りは、おととし・去年と2年続けて中止したところが多く、「今年こそは」という思いで準備を進めてきました。しかし、そのさなかに感染は急拡大し、第7波が到来しました。
行動制限がない中、開催するのかどうかや規模はどうするのかなど、地域の感染状況を踏まえた個別の判断を迫られました。
全国各地の主な夏祭りの対応を見てみますと、
▽先月1日から15日までの「博多祇園山笠」は祭りを締めくくる「追い山笠」などが3年ぶりに行われました。
▽京都の祇園祭も山鉾巡行が3年ぶりに行われるなど、例年に近い形で実施されました。
今月に入ると、
▽いわゆる「東北三大まつり」や徳島の阿波おどりは、観客席を減らすなどの対応をとったうえで、開催にこぎつけました。
一方で、地域に根ざした祭りの中には、延期や中止を急きょ決めたところも見られます。
▽先月21日には、今月開催する予定だった「沖縄全島エイサーまつり」の延期が決まりました。
▽東京の「八王子まつり」は開催の9日前(7月27日)に中止を決定。宇都宮市の「ふるさと宮まつり」の中止が決まったのは開催3日前(8月3日)のことでした。

【徹底した感染対策 その実例は】
祭りを行うと決めたところも、徹底した感染対策が求められることになりました。これまでのやり方とどのように折り合いをつけたのか、山口県萩市の事例を見てみます。

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江戸時代から伝わり、山口県の無形民俗文化財に指定されている「御船謡(おふなうた)」。
藩主が乗る「御座船」を模した山車に、例年であれば謡や三味線などの18人が所狭しと座ります。
3年ぶりとなったことしは、少し様子が異なり船の前にも謡い手がいます。船の中と外、二手に分かれて間隔をとることで、「密」の解消を図ったのです。
船は全長8メートル、幅2メートルほど。この中で18人全員が、声をあげて謡います。
ことしはこのままでの再開はできないと考え、違うやり方を検討した結果、最終的に、中に7人、外に9人の16人という配置になりました。
江戸時代、祭りが始まった頃に船の周りで謡っていたことを示す記録があることも分かり、伝統を崩さずに済むと判断したということです。

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稽古も変更を余儀なくされました。
これまでは7月に週に5日、乗船者の自宅に集まって行ってきましたが、ことしは週に2日、より広い市の施設のホールで実施。さらに感染拡大を受けて先月19日で全体での稽古を打ち切り、PCR検査を受けたうえで今月3日の本番に臨みました。
こうした対策の結果、祭りをきっかけにした感染はなかったということです。
謡長(ゆうちょう)と呼ばれるリーダー役の大嶋栄さんは「どうやったらできるか、この1年、そればかり考えていた。やらないほうが楽だが、続けないと技が廃れてしまう」と話していました。              

【進む簡素化 切実な声も】
長引くコロナ禍は、夏祭りに限らず、さまざまな郷土芸能に影響を及ぼしています。

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各地で調査を続けている東京文化財研究所の久保田裕道さんが指摘するのは、コロナ禍によってさまざまな形で「簡素化」が進んでいるということです。
作りものを小さくする、松明の数を減らす、子どもを参加させない、といった変更が各地で見られるとしたうえで、今後、こうした一時的な変更が固定化され、姿が変わってしまうおそれがあると危惧しています。
各地の郷土芸能は、過疎化や少子高齢化などによる担い手不足が、以前から深刻な課題となっていました。コロナ禍によってこの流れが一層進み、なくなったり姿を大きく変えたりしてしまうことが、現実味を帯びてきているのです。

こうした厳しい状況は、地域で活動を続けている団体を対象にしたアンケート調査からもうかがい知ることができます。
群馬県教育文化事業団がことし1月から3月にかけて行った調査の結果です。獅子舞や神楽、祭り囃子など県内の409団体に用紙を送り、半数余りの213団体から有効な回答がありました。

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新型コロナウイルスの影響については、92%が「影響がある」と答えています。
「影響がある」「どちらかといえば影響がある」と答えた団体に複数回答で具体例を尋ねたところ、「祭り行事の縮小、延期・中止」が95%、「集まりや練習機会の減少・中止」が75%などとなりました。
そして今後の見通しについては、「今は活動を中断しているが、再開したい」が49%と約半数を占めたものの、「現時点では活動しているが、今後はかなり厳しい」が19%、「活動を中断しており、再開の可能性がない」も4%あり、困難に直面している団体が少なくないことが浮き彫りになりました。
自由記述では「現状では動くことができず、若い世代の人たちへの伝承ができないことが重要な課題です」「高齢化も相まって継承意識の低下が心配です」といった切実な声が寄せられています。
                     
【どんな対策が考えられるか?】
伝統を絶やさないためには何が必要なのか。
大切なのは、大きく2つ。「経験の継承」と「技術・技能の継承」です。

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「経験の継承」は、祭りに参加したことがない世代を地域の中に作らないことなどがあげられます。その取り組みの一例が、千葉県香取市の「佐原の山車」の「特別曳き廻し(ひきまわし)」です。
今年度は夏と秋の祭りとは別に、山車を持つ町がそれぞれ日を決めて山車をひいています。
2年続けて祭りが中止される中、準備や手順を確認する機会を作るとともに、子どもや若者に参加する意識を持ってもらうことで地域のにぎわいを取り戻すのが、大きな目的です。
町ごとに異なる日に山車をひくことで、感染対策をとりつつ継承を図っています。

もう1つの「技術・技能の継承」は、祭りに使うものを作る技術や、謡や踊り、演奏といった技を確実に後世に伝えていくことです。
青森県八戸市の「八戸三社大祭」は、27台の山車の「行列」が3年連続で中止となりましたが、ことしは初日の先月31日、新たに作られた1台が特別運行されました。
例年であれば個別に山車を作る27の山車組が、共同でこの1台を製作。持ち運びと組み立てができるように作られ、技術の継承に加えて、各地に出向いてPRに活用することもできます。
こうした事例を参考にすることで、継承に向けた取り組みがさらに広がってほしいと思います。         
         
【「3年」の壁を越えるために】
祭りなどを再開するにあたっての相談窓口も開設されています。

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「地域の伝統行事等のための伝承事業」という文化庁の事業で、ことし6月、全日本郷土芸能協会に事務局が設けられました。
新型コロナウイルスの感染対策やボランティアの募集、特設サイトでの情報発信などの支援を、文化財に指定されていないところも含め、経費を負担せずに受けることができます。

3年目となったコロナ禍。この「3年」という月日は、伝統を継承するうえでの「岐路」になりかねないと、全日本郷土芸能協会の担当者は指摘します。
例えば小学校の高学年で踊りなどを学ぶ地域で3年間それができないと、その学年の児童は身につける機会がないまま小学校を卒業することになります。
それだけに、速やかに対策をとることが必要です。
▽当事者どうしでつながりを保ち、継承が難しくなったところは声をあげる。
▽行政や関係団体は必要な支援がないか目配りする。
▽工夫や改善策が功を奏したところは、それを広く公開し、成功事例として共有する。
このような取り組みが、今こそ求められていると思います。

郷土芸能は、地域の人々の長年にわたる営みを今に伝える文化財として貴重なだけでなく、地域社会をつなぐ場としても大きな役割を果たしてきました。
感染対策に気を配りながら、できる範囲だけでも継続し、感染が収束したら元の姿で続けていってほしい。そう願わずにはいられません。

(高橋 俊雄 解説委員)


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