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抜本見直しへ ローカル鉄道の行方

佐藤 庸介  解説委員

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夏休みで各地のローカル鉄道を利用したという方もいるのではないでしょうか。
そのローカル線が存続の岐路に立っています。
7月、国の検討会は、利用者が一定の数より少ないといった区間を対象に国が協議会を設けて、鉄道の廃止、バスへの転換も含めて、みんなで話し合うべきだという提言をまとめました。
今後、どういう協議が進むのでしょうか。

以下、3つのポイントで整理します。

まず、ローカル線の現状、今回、国の検討会が示した提言の内容、そして話し合いを進めるために大事になること、です。

【ローカル線が置かれた現状は】
まず、ローカル線の状況を整理します。

鉄道の利用が多いか少ないかを見るうえでは「輸送密度」が指標になります。1日1キロあたり、平均でどのくらいの人が利用したかを示す数です。

鉄道は一度におおぜいの人を運ぶことができますが、多額のコストがかかります。4000人未満だと鉄道のメリットが薄れ、バスのほうが効率的だとされています。

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ローカル線の大半を抱えるJRについてみると、国鉄が分割民営化された1987年度、輸送密度が4000人未満の路線は、6社で全体の36%でした。ところが2020年度は57%に増えました。とくに2000人未満の路線が目立って増加しています。

要因は沿線人口の減少に加えて、高速道路をはじめとする道路の整備が進み、マイカーの利用が増えたことがあります。それに新型コロナの感染拡大が追い打ちをかけました。

では個別の区間でみると、どうでしょうか。JR東日本は、7月、新型コロナの影響が少なかった2019年度、輸送密度2000人未満の66区間について、初めて収支を明らかにしました。

それによると、赤字の額が49億円あまりと最大だった、羽越本線の村上~鶴岡間をはじめ、66区間すべてが赤字でした。距離では全体のおよそ35%を占めます。

JR西日本もことし4月、同じ条件の30区間、すべてが赤字だったと初めて発表しました。

でも、どうして両社ともこれまで実態を発表しなかったのでしょうか。それは「内部補助」という仕組みがあったからです。

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このうちJR東日本は、首都圏の在来線や東北などの新幹線を抱え、これらの黒字でローカル線の赤字を埋めてきました。しかし、コロナ禍で収益が減ったうえ、駅のホームドアなどへの安全を確保するための投資も必要で、「コロナ収束後ももとに戻ることは想定できず、これまで通りに続けるのは困難だ」と説明しています。

【検討会の提言 詳しい内容は】
こうした背景があり、国はローカル鉄道のあり方を議論するため、ことし2月から有識者による検討会を開き、議論の末、7月に提言をまとめました。それではその内容をみていきます。

要点は簡単にまとめると3つです。
「輸送密度1000人未満を目安とした区間を対象」に、「国が新たに協議会を設け」、「最長3年で鉄道を維持するのか、バスに転換するかなどの方針を決める」ということです。

まず、輸送密度が1000人未満という点です。これはJRの場合です。JR各社は2000人未満でも赤字だといいますから、かなり利用者が少ないといっていいでしょう。通勤・通学で一時的に利用が多くなる時間帯がある場合など、例外も定めます。

2点目です。協議会は国が設置し、鉄道会社や沿線自治体などが参加します。国は鉄道会社、沿線自治体、どちらか一方からの要請でも設置できることにします。双方に温度差がある場合でも、国がリードすることで話し合いに着手しやすくします。

そして、3点目。協議開始から「最長3年」で方針を決めるべきという「期限」を設けました。一定の時間は必要だとしても、いたずらに結論を先送りしないよう促したかたちです。

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重要なのは、協議会は鉄道の「『廃止ありき』、『存続ありき』といった前提を置かずに協議する枠組み」とする点です。前提なしで、地域にとってどんな交通の姿が良いのか、話し合うことを求めています。

提言に対し、JR西日本の長谷川一明社長が「国がルール化した仕組みのほうが、自治体が議論の場に入りやすい側面もある」と述べるなど、JR各社からは前向きな評価が相次ぎました。

【北海道から学んだ“教訓”】
これらの設計では、ある「教訓」を考慮したのではないかという指摘があります。

それは全国に先駆けて廃止の話し合いを進めた、北海道の例です。

急速な人口減少などで厳しい経営に陥っていたJR北海道は、6年前の2016年、輸送密度が2000人未満の13区間について「単独では維持が困難だ」と発表しました。

とくに利用者の少ない5つの区間は廃止、8つは収支改善策を協議するよう、沿線自治体などに呼びかけました。ところが激しい反発で、話し合いが進まない地域もありました。

廃止を訴えた5つの区間うち、これまでに廃止か、廃止が決まったのは4つ。残る1つは自治体が廃止を判断するため、7月から8月にかけて住民説明会が行われました。ここに至るまで、じつに6年近くを要しました。

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地域の交通に詳しい、北海道大学公共政策大学院の石井吉春客員教授は「北海道の場合は『廃止ありきだ』と受け止められて協議に長い時間がかかってしまった。今回の提言では、地域の交通を維持するという視点があり、期限も定められた点は評価できる」と話しています。

提言にあるのは、このままでは手遅れになりかねないという切迫感です。これも北海道のケースを振り返ると理解できます。

JR北海道は、多くの不採算路線を維持してきたことで、安全への投資に十分な資金が回せなくなりました。その結果、脱線事故や検査データの改ざんといった問題が頻発し、廃止の話し合いを始めるまで追い込まれることになりました。

元幹部は、ローカル線が現状のまま放置されれば「『危機感』を超えて、大きな事故が起こるかもしれないという『恐怖感』があった」と打ち明けました。

【地方の不信感 払拭のためには】
とはいえ、ローカル線は地域の足にして特別な存在です。それだけに提言に対して、各地の知事は警戒感をあらわにしました。

岩手県の達増拓也知事は「採算が取れないから、どんどんJRから外して地方に委ねていくというのは話が違う」と批判。また、広島県の湯崎英彦知事は「協議会の設置が存廃の議論の入り口と同義にならないように幅広い検討が必要だ」とクギを刺しました。

協議会の設置は「義務」ではないため、話し合いには地ならしが必要です。その際、国鉄の分割民営化の当事者である、国とJR各社が担う役割は重大です。

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提言では、合意に至った場合、国が制度面、財政面で支援すべきと指摘しました。しかし、内容や規模など支援の具体像は明確ではありません。使いやすい制度や十分な予算を確保することが欠かせません。

また、地方の側は、JRに対して「国鉄改革で巨額の借金を国民に負わせたにも関わらず、ローカル線を切り捨てるのか」、「新幹線や大都市圏ばかりに目が向いて、ローカル線の収支を改善する努力が足りなかったのではないか」といった不信感が根強くあります。

不信感を払い去るために、JR各社はいっそう収支改善に最大限努めるとともに、情報を包み隠さず明らかにし、話し合いに真摯に協力すべきです。

【鉄道の役割 改めて地域で議論を】
とりわけ車のない人や観光客にとって、ローカル線の存在感は大きく、地域の人たちが不安を感じるのは当然です。その一方で、開業から150年、国鉄の分割民営化から35年がたち、鉄道の役割は変化しているのも事実です。

提言には賛否があるとしても、この際、これをきっかけに沿線自治体の関係者が、国や鉄道会社を巻き込んで納得するまでとことん話し合い、地域の交通のあるべき姿の方向性を見出す機会にしてほしいと願います。

(佐藤 庸介 解説委員)


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