NHK 解説委員室

これまでの解説記事

タリバン復権1年 アフガニスタンの安定なお遠く

宮内 篤志  解説委員

アフガニスタンでイスラム主義勢力タリバンが再び権力を掌握してから今月15日で1年となりました。
タリバンは暫定政権を発足させたものの、懸念されていた女性の人権への対応をめぐって欧米を中心とする国際社会から非難の声が上がっているほか、食料不足などの人道危機も深刻化しています。
タリバンが安定した統治を実現できるのか見通しが立たない中、私たちは今後、アフガニスタンとどう向き合うべきかを考えます。

j220816_1.jpg

【解説のポイント】
▼暫定政権を発足させたタリバンに対する国際社会の懸念、そして、
▼今のアフガニスタンが直面する様々な課題について見たうえで、
▼国際社会は今後、アフガニスタンとどう向き合うべきかを考えたいと思います。

【タリバンの復権とは】
アフガニスタンは、去年8月15日、タリバンが首都カブールを制圧して権力を掌握。当時のガニ大統領は国外に逃れ、政府は崩壊しました。
タリバンは、2001年の同時多発テロ事件を受けたアメリカの軍事作戦によって、政権の座を追われていましたが、20年ぶりに復権したのです。

j220816_2.jpg

アメリカは、テロとの戦いを掲げながら「アメリカ史上、最も長い戦争」と呼ばれた軍事作戦を続け、アフガニスタンに民主主義を根付かせることを目的とした国づくりを進めました。
しかし、国際社会の後押しを受けて成立したアフガニスタン政府は、腐敗や汚職の指摘が絶えず、アフガニスタン国民の不満や不信感は募りました。
私は3年前まで2年間に渡り、隣国パキスタンを拠点にアフガニスタン情勢を取材していましたが、腐敗した政府への不満に加えて、民間人が戦闘や誤爆に巻き込まれるたびに反米感情が強まっていることを実感しました。
タリバンは、こうした国民の不満や反米感情の「受け皿」となりながら、アメリカを「侵略者」と位置付け、各地で戦闘を続けました。
そしてアメリカ軍などの撤退の隙を突くように全土で勢力を盛り返したのです。

【なぜ承認されない】
その後、タリバンは暫定政権を発足させましたが、これまでのところ、この暫定政権を承認した国はありません。
ではなぜ、1年たっても国際社会に認められない状態が続いているのでしょうか。
それは、各国がタリバンによる統治を厳しい目で見ているからです。

【女性の人権をめぐる懸念】

j220816_3.jpg

まず、懸念されているのが、女性の権利をどう守るかという点です。
タリバンは1996年からの旧政権時代、イスラム教を極端に厳しく解釈した政策を打ち出し、女性の教育や就労を禁止しました。
それだけにタリバン側の対応が注目されていたのですが、復権直後から、日本の中学校と高校にあたる女子の中等教育について、「男女が同じ場所で学ぶのはイスラムの教えに反する」と独自の解釈を示し、禁止したのです。
ことし3月には再開するとしていましたが、それも延期し、今もほとんどの地域で女子生徒が学校に通うことができない状態です。
さらに5月には、女性が人前で髪を隠すのに用いる「ヒジャブ」の着用について指針を発表し、女性は家族以外の男性の前では目だけを出し、顔を覆うことを義務付けました。
こうした指針は、暫定政権で復活した「勧善懲悪省」と呼ばれる、宗教警察のような役割を担う政府機関によって相次いで打ち出されています。
タリバンの旧政権時代を彷彿とさせるような動きに対し、欧米を中心とする国際社会からは非難の声が上がっています。
アフガニスタンでは、農村部を中心に伝統的な家父長制が色濃く残り、「女性は家庭に留まるべき」という考えが根強いのが実情です。
こうした保守層の支持を得たいタリバンとしては、国際社会からの批判は承知の上とみられますが、「学びたい、働きたい」という意欲を持つ女性たちの機会を奪うことは決して認められるものではありません。

【テロ組織との関係も懸念】

j220816_4.jpg

そして国際社会のもう1つの懸念は、タリバンとテロ組織との関わりです。
そもそもアメリカがアフガニスタンへの軍事攻撃に踏み切ったのは、同時多発テロ事件の首謀者で、国際テロ組織「アルカイダ」のリーダーとして現地を拠点としていたビンラディン容疑者の引き渡しをタリバンが拒否したからでした。
アメリカは、アフガニスタンが再びテロの温床とならないよう、アメリカ軍を撤退させる際の条件として、タリバンにアルカイダなどとの関係を断ち切ることを求め、タリバン側もこれに合意していました。
ところが、先月31日、ビンラディン容疑者のあとを継いでアルカイダの指導者となったザワヒリ容疑者がカブール市内の潜伏先で、アメリカの無人機による攻撃によって殺害されたのです。
バイデン政権側はザワヒリ容疑者をかくまっていたのは合意に反するとして非難しましたが、タリバン側は「情報を持っていない」として、かくまっていたとは認めていません。
アルカイダのようなテロ組織との関係をめぐっては、タリバンの軍事部門を率いてきたハッカーニ内相代行に代表される強硬派とのつながりが長年、指摘されていました。今回の殺害はそれを裏付けた形で、欧米とのさらなる関係悪化は避けられそうにありません。
さらに、国際社会からの承認を得たいタリバンの穏健派からみれば、テロ組織との関係が明るみになることは不都合です。
タリバン内部も一枚岩になりきれていないことがうかがえ、今後の政権運営にも不透明感が漂っています。

【困難に直面するアフガニスタン】

j220816_5.jpg

こうした中、今、アフガニスタンは様々な困難に直面しています。 
とりわけ深刻なのが、経済の悪化と食料不足などの人道危機です。
アフガニスタンは国家予算のおよそ半分を国際社会からの支援に依存してきましたが、各国が人権などをめぐってタリバンの出方をうかがう中、支援は滞っているうえ、海外資産も凍結されているため、暫定政権は財政難に陥っています。
また、長年の戦闘によって農地が荒廃し、近年は干ばつも相次いでいるため、食料不足が深刻化しています。 
国連が発表したことしの世界人口白書によりますと、アフガニスタンの人口は4000万人を超えていて、この20年間でほぼ倍増しています。
人口が急増する中、経済の立て直しは急務ですが、国連は、少なくとも人口のおよそ6割が人道支援を必要としていると警鐘を鳴らしています。
治安面では、タリバンと対立してきた政府が崩壊したことで戦闘が減少し、戦闘に巻き込まれる民間人の数も減っています。
それでも、タリバンが復権した去年8月中旬から10か月間の民間人の死者数は700人に上ります。
その多くはアフガニスタン国内に地域組織を持つ過激派組織IS=イスラミックステートのテロによるもので、タリバンの政権運営の大きな不安定要素となっています。
 
【私たちはどう向き合うべきか】

j220816_6.jpg

こうした課題を抱えるアフガニスタンと私たちは今後、どう向き合っていくべきでしょうか。
私は国際社会の関心がウクライナ情勢や台湾情勢などに移る中においても、各国はアフガニスタンがどう安定を確保するかに関心を持ち続けるべきだと考えます。
タリバンと欧米との認識の差を埋めるのは容易ではありませんが、少なくとも、女性の人権やテロ組織との関係については、これまでのタリバンの説明では不十分だと感じます。
タリバンは各国の理解を得られるよう、着実に進展を示していくべきです。
そのうえで、これまでアフガニスタンに多額の支援を行ってきた日本を含めた国際社会は、タリバンが示す進展を見極めながら、アフガニスタンの自立に向けた支援を続けていくべきではないでしょうか。
私がアフガニスタンの取材を通じてよく耳にしたのは、現地の人たちの「戦いにはもう疲れた」という言葉でした。こうした声に耳を傾けながら、長年の戦闘で疲弊したアフガニスタンの安定を取り戻すための息の長い取り組みが求められていると思います。

(宮内 篤志 解説委員)


この委員の記事一覧はこちら

宮内 篤志  解説委員

こちらもオススメ!