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真夏の豪雨と地下空間の浸水対策

松本 浩司  解説委員

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今月初め北陸と東北を襲った豪雨で大きな被害が出たほか、その後も東北を中心に記録的な大雨が続いています。真夏になぜ大雨が続くのかを見たうえで、気象災害の激甚化でさまざまな対策の見直しが求められる中で、見落とされがちな地下空間の浸水対策について考えます。

【なぜ真夏の豪雨が続くのか】

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今月3日以降、北陸や東北で続いている豪雨では81の川が氾濫し88カ所で土砂災害が発生。住宅3700棟が浸水するなど被害が拡大しています。なぜ記録的な豪雨になったのでしょうか。

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気象庁によりますと東シナ海を北上し台風から変わった熱帯低気圧が大量の水蒸気を運び込みました。その水蒸気が日本の南北2つの高気圧の間に停滞した前線に流れ込み大量の雨を降らせました。

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その後も高気圧のへりに沿って水蒸気の供給が続き、記録的豪雨が続いているのです。

本来、天候が安定することが多い真夏にも関わらず「梅雨末期の大雨」が続いているように感じます。夏の気候が変わってしまったのでしょうか。

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気候変動研究の第一人者で京都大学防災研究所の中北英一所長は「温暖化によって7月上旬に梅雨型の豪雨が増えるというシミュレーション研究の成果が複数発表され注目されている。水蒸気の全体量が増えているのははっきりしていて、今回の熱帯低気圧のようにきっかけがあれば、従来の雨以上の雨量になると考えられる。ゲリラ豪雨も含めて真夏の豪雨対策を考え直す必要がある」と話しています。

【高まる地下空間の浸水リスク】
気象現象の激甚化によってさまざまな防災対策の抜本的な見直しが求められていますが、そのひとつが地下空間の浸水対策です。川の氾濫や土砂災害ほど目立ちませんが、全国でたびたび被害が出ています。

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2014年9月、大雨で地下鉄名古屋駅に大量の雨水が流れ込みました。駅構内が広い範囲で水に浸かり、地下鉄は9時間以上止まり、15万人に影響がでました。

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その1年前にも京都市営地下鉄の御陵駅(みささぎ)が浸水。500メートル離れた川が氾濫して、つながっている私鉄の線路から水が流れ込みました。流入の経路がわからず対応が遅れました。

行政評価局などの調査では2009年以降、地下街や地下鉄の浸水は少なくとも18件発生し、過去には死者も出ています。

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都市部では新たなビルが建設され地下の階が従来の地下街や駅などとつながり、地下空間が拡大し続けています。地上で大規模な洪水が起きた時、対応を誤って一箇所でも流入を許すと地下全体に広がり、甚大な被害につながるおそれがあります。

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最大の課題はつながりあう施設がいかに連携をして防災対策に取り組むかという点です。ふたつの事例からこの問題を考えます。

【つながる施設連携の課題~東京メトロの取り組み】

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全国の地下鉄のなかでも浸水対策に最も力を入れているひとつが東京メトロです。その路線網の上を流れる荒川が200年に1度の大雨で大氾濫を起こした場合の国の被害想定を前提に対策を進めています。

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180の駅に地下との出入り口が607か所ありますが、浸水対策が必要なすべてで止水板の設置などを済ませました。

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国の想定でさらに浸水が深くなるとされた場所では全体を閉鎖するゲートなどの設置を進めています。

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地上に通じる換気口には以前から水の侵入を防ぐ扉がついていましたが、想定にあわせ深さ2メートルの水圧から6メートルでも耐えられるよう強化しました。

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さらに荒川に近い場所では地上から地下に入るトンネル全体を閉鎖し水の流入を防ぐ防水ゲートを設置しました。

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しかし大きな課題が残されています。駅に接続する民間ビルなどの浸水対策です。地下鉄につながる民間ビルなどの出入り口はおよそ300あります。管理責任はビルの所有者にあるため所有者に止水板の設置などを要請していますが、対策ができたのはまだ一部にとどまっています。協力が得られず地下の民間の所有地との境に防水扉を取り付けてたところもあり、つながりあう施設の連携の難しさを示しています。

【IoTで連携対応する取り組み~大阪・梅田】
一方、大阪の繁華街・梅田ではIoT技術を使って地下でつながる多くの施設が連携して浸水対策に取り組んでいます。

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梅田駅周辺には全国有数の巨大な地下空間が広がっています。

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地下街のホワイティ梅田など鉄道やデパートなど64の施設が地下でつながっていて、

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地上への出入り口はおよそ300か所にのぼります。

システムを開発したのは立命館大学情報理工学部の西尾信彦(にしおのぶひこ)教授です。
タブレットを使って各施設の管理者に大雨の危険性や必要な対策を知らせ、各施設がお互いの対応状況をリアルタイムで共有できるシステムです。

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システムでは、まず300の出入り口を大雨のときに水が流入する危険性に応じて4グループに分類しました。

そして地区の2か所に設置した雨量計のデータをもとに非常ⅠからⅤまでの「警戒基準」を定めました。気象庁が250メートル四方ごとに提供している雨量予報、下水道の水位データも参考にします。

大雨が降って「警戒基準」に達したら出入り口のグループごとにどう対応すべきかが警報音とともにタブレットに示されます。

例えば「非常Ⅰ」になったら雨量の確認や巡回など警戒体制に入ります。危険性が高まり「非常Ⅱ」になると、一番リスクの高いAグループは必要に応じ止水板などの設置作業を開始。さらに「非常Ⅲ」になるとAグループは止水板設置を完了。次にリスクの高いBグループも警戒を強化し止水板の設置を開始します。

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各施設の管理者はタブレットを通じてアラートや降雨、雨量予測、監視カメラの映像など判断材料となる情報を得られるほか、止水板の設置状況が地図に示され、各施設の対応状況をリアルタイムで共有できるのが特徴です。
地区では訓練を繰り返すほか、実際に大雨のおそれのあるときシステムを使って警戒態勢を取っています。

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防災対策を助言している西尾教授は「浸水対策の基準に該当する雨は30年前は1年1回あるかないか程度だったが、いまは年に数回発生し、雨の降り方が激しくなり浸水のリスクは明らかに高くなっている。地下空間は異なった事業者が管理する区域がつながりあっているので情報を共有し、連携して対策をすることが非常に重要になっている」と話しています。

【まとめ】

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地下空間の浸水対策について国はつながる施設が連携をして取り組むよう求めていて、つながっている地下空間を指定したうえで浸水防止計画の作成と避難訓練の実施を義務付けています。全体の9割で計画はできていますが、訓練を実施しているのは6割にとどまっています。

東北地方で前線による大雨が続く一方、日本の南にある熱帯低気圧が台風に変わり接近する見込みで、災害に対する厳重な警戒が必要です。
気象災害の激甚化で川の氾濫や土砂災害対策の見直しが進められていますが、地下空間の浸水リスクも高まっています。施設が連携して対策を強化し、国や自治体が後押しをすることが求められています。

(松本 浩司 解説委員)


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