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内閣改造・自民党役員人事 政権の課題は

権藤 敏範  解説委員

岸田総理大臣は、8月10日に内閣改造と自民党の役員人事を行い、記者会見で、政権の骨格は維持しながら有事に対応する政策断行内閣だと強調しました。今回の大幅な人事の狙いと岸田政権の今後の課題を考えます。

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【人事の特徴】

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今回の人事の特徴は▽政権を支えてきた自民党内の各派閥のバランスと▽政権から距離を置く「非主流派」に配慮したというところでしょう。
党内のバランスという点では、党の麻生副総裁と茂木幹事長、内閣では松野官房長官や鈴木財務大臣らの続投を早々に決め、まずは政権の「骨格」を維持しました。岸田総理が率いる岸田派は党内の第4派閥のため党内基盤が盤石とは言えません。第2派閥と第3派閥をそれぞれ率いる茂木・麻生両氏を続投させることで安定的な党運営を進めていきたいという狙いがうかがえます。
一方、最大派閥の安倍派からは、亡くなった安倍元総理の側近として知られる萩生田光一氏を党4役の政務調査会長に起用し、後任の経済産業大臣には派閥の事務総長を務める西村康稔氏をあてました。松野官房長官を留任させ、安倍派内では「衆目の一致する安倍氏の後継がいない」との指摘もある中、有力者3人を起用することで協力関係を維持していきたいという考えがあるのでしょう。
内閣改造では19のポストのうち14を入れ替え、各派閥の要望を受けて初入閣も9人と大幅な改造となりました。去年の自民党総裁選挙で争った河野太郎氏や高市早苗氏ら次の総裁を伺うような議員を積極的に閣内や党役員に取り込みました。これには政権運営に協力し責任も分かち合ってもらう狙いがあるものとみられ、2年後の総裁選挙も意識した人事とも言えます。

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また、今回の人事では、菅前総理に近いグループや二階元幹事長率いる二階派など、いわゆる「非主流派」の処遇も焦点でした。岸田総理は、派閥の領袖でもある森山裕氏を選挙対策委員長に起用しました。森山氏は菅氏や二階氏に近く、党内の不満を抑え挙党態勢を演出する狙いも伺えます。また今後、衆議院の小選挙区の「10増10減」に伴い、党内の選挙区調整で難航することが避けられないとみられることから、長年、国会対策委員長を務めた手腕と調整力が期待されてのことでしょう。
今回の人事について、野党からは「今回の改造内閣には新しさも何もない」、「党内配慮型内閣だ」などという批判が出ています。

【政権の課題】
ここからは岸田政権が抱える課題を考えます。

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【新型コロナ】
深刻なのが新型コロナの「第7波」の勢いです。8月3日には新規感染者が全国で24万人を超え過去最多となりました。各地の発熱外来には検査希望者が殺到し、医療体制に大きな負荷が生じています。政府はワクチンの追加接種や基本的な感染予防策の徹底を呼びかけますが収束は見通せません。3度目の登板となった加藤厚生労働大臣と留任した山際担当大臣が、社会経済活動を維持しながら医療のひっ迫をどう防ぎ国民のいのちと暮らしを守るのか。新型コロナの感染症法上の扱いを季節性インフルエンザと同じ位置づけに引き下げるかどうかなど対策は新たな局面を迎えているともいえ、早速、正念場を迎えます。

【経済対策・安全保障】
物価やエネルギー価格の高騰は国民生活を圧迫し、経済対策は喫緊の課題です。岸田総理は、今年度の予備費5兆5千億円を活用する考えですが、自民党内にはこの秋、50兆円規模の第二次補正予算を編成するよう求める意見もあります。
また、来年度の予算編成に向けても党内では歳出圧力が強まっており、特に岸田総理が「相当な増額を確保する」としている防衛費の扱いも焦点です。防衛力の強化という点では「国家安全保障戦略」など安全保障関連の3つの文書の改定も年末に控えています。
調整役として期待され起用された萩生田政務調査会長と2度目の登板となる浜田防衛大臣が、防衛力の何を強化しその財源をどこに求めるかなど難しい課題をどうまとめていくのか手腕が問われます。

【安倍元首相の国葬】

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今回、岸田総理が人事を急いだ背景には、9月27日に行われる安倍氏の「国葬」に向けて早く態勢を整えたいという狙いもあったとみられます。岸田総理は「世界各国がさまざまな形で弔意を示しており、日本としても国全体で示すことが適切だ」と必要性を強調しました。
ただ、国葬には、安倍氏への政治的な評価や弔意を強要し、法的な根拠もあいまいだという批判や疑問も出ています。8月のNHKの世論調査では、国葬を「評価しない」が半数を占め「評価する」を上回りました。
政府が万全の準備を進める一方で、与野党は国会で閉会中審査を行うことで合意しており、批判や疑問にも丁寧に対応し理解を得られるのかが焦点です。

【世界平和統一家庭連合(旧統一教会)】

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今回の人事で大きな焦点となったのが「世界平和統一家庭連合」、旧統一教会の関係にどうけじめをつけ、関係を整理するかということでした。
旧統一教会による霊感商法の被害や信者の高額な献金がかねてから社会問題になっていることから、岸田総理は今回の人事にあたり「当該団体との関係を点検し、結果を踏まえて厳正に見直すことを了解した者のみ任命した」と明かしました。そして閣僚に、宗教団体で法令から逸脱する行為があれば厳正に対処することと悪質商法など不法行為の相談や被害者救済に万全を尽くすことを指示しました。今回、新たに就任した閣僚や党役員からも、すでに関連団体のイベントで挨拶をしたり、会費を払ったりしていたことを明らかにした議員がいて、今後、関係を見直すことを強調しています。
ただ、それだけで国民の理解は得られるのでしょうか。関連団体のイベントに出席したり、祝電を送ったりする行為が、問題と指摘された活動を事実上容認し、政治家の「お墨付き」を与えることにつながらなかったか。選挙の手伝いを受けたことが政策に影響し、政治的な判断をゆがめたことはないのか。どこに問題がありどういう影響があったのか検証すべきではないでしょうか。

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一方、宗教団体の政治活動自体は憲法上問題ないとされています。
野党側からは、今回の人事について教団と自民党議員の関係を隠ぺいしようとするものだという批判が出ており、引き続き追及する構えですが、関連団体のイベントに出席するなどした議員は野党側にもみられます。
また、公明党の山口代表は「政治と宗教一般のことに、いたずらに広げるべきではない」と懸念を示しています。
反社会的とされる活動をしている団体とのつきあいをどうするのか、決別すると言うならば明確な基準も必要ではないでしょうか。国会の場で、与野党で議論を深めていくことが求められます。

【まとめ】
岸田総理は、先の参議院選挙で大勝しましたが、内閣支持率は急落し、新型コロナやウクライナ危機、物価高、台湾をめぐる米中の対立など内外に課題を抱え、政権発足後、最大の正念場を迎えていると言えます。この難局を今回の人事で狙い通りに乗り切れるのか。そのカギを握るのは、新政権が課題に真摯に向き合うことで国民の理解と納得、何より信頼を得られるかだと考えます。

(権藤 敏範 解説委員)


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