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アルカイダ最高指導者殺害 テロは根絶できるか

二村 伸  専門解説委員

アメリカ同時多発テロをはじめ数々の事件を起こした国際テロ組織アルカイダの指導者アイマン・ザワヒリ容疑者が、先月末アメリカの無人機による攻撃で殺害されました。
9.11から21年、アメリカ政府の執念ともいえる追跡に屈したかたちです。ザワヒリ容疑者とはどんな人物だったのか。その死がアルカイダの活動にどのような影響を与えるのか。そして世界のテロは減るのか考えます。

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ザワヒリ容疑者はエジプトの名家の出身で祖父はイスラム教スンニ派の最高権威アズハル大学の総長を務めた高名な宗教指導者、父親は大学教授でした。医学の道に進む一方で10代半ばからイスラム主義に傾倒し1981年サダト大統領暗殺事件に関与した容疑で逮捕されました。このとき受けた拷問がその後の反政府武装闘争を先鋭化させたと言われます。イスラム過激派組織「ジハード団」を率いて1995年パキスタンのエジプト大使館を爆破、97年にはエジプト南部のルクソールで観光客を襲撃し、日本人10人を含む62人を殺害しました。98年8月7日、ビンラディン容疑者らとともにケニアとタンザニアのアメリカ大使館連続爆破事件を起こしました。ケニアのナイロビでは爆弾を満載したトラックが大使館に突入後爆発。隣接する7階建ての民間のビルが瓦礫の山と化し、大使館員と市民あわせて213人が死亡、5000人以上がけがをしました。爆発は800メートル離れた建物の窓も粉々になるほどの破壊力で、政治目的のためには手段を選ばず無関係の市民の犠牲もいとわない無差別テロの残虐さに世界は大きな衝撃を受けました。
2001年、ザワヒリ容疑者率いるジハード団はアルカイダに合流。3か月後の9月11日アメリカ同時多発テロ事件を起こします。4機の旅客機をハイジャックし、2機がニューヨークの世界貿易センター、1機がペンタゴンの国防総省ビルに突入。日本人24人を含む2977人が犠牲になりました。

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「テロとの戦い」を始めたアメリカは、アルカイダ幹部の引き渡しを拒むタリバン政権を攻撃し崩壊させましたが、ビンラディン容疑者とザワヒリ容疑者は発見できず、それぞれ2500万ドル、日本円で30億円以上の懸賞金をかけて追跡を続けました。10年後の2011年5月アメリカ軍特殊部隊によってビンラディン容疑者が殺害され、ザワヒリ容疑者が最高指導者となりました。しかしこの数年はSNSで反米テロの呼びかけなどのメッセージを発するくらいで目立った動きは見られませんでした。
アメリカ政府関係者によれば、ザワヒリ容疑者がカブール市内の住宅に潜んでいるとの情報を得てバイデン大統領が殺害作戦を承認、先月31日午前6時18分、いつものように潜伏先の住宅の3階バルコニーに出たところを無人機から2発のミサイルを発射して殺害したということです。時間をかけて行動パターンを観察し、綿密な計画に基づく攻撃だったことがうかがえます。

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90年代のエジプトの観光客襲撃からナイロビのアメリカ大使館爆破、9.11後のアメリカ軍によるタリバン攻撃まで現場を取材しましたが、無関係のように思われたこれらの事件すべての背後にザワヒリ容疑者がいるとは想像できませんでした。テロの目的も当初はエジプト政府打倒だったのが、ビンラディン容疑者らの影響を受けてアメリカとその同盟国に対象が広がり犯行の手口も残虐さを増したように思います。

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ではアルカイダはどうなるのでしょうか。カリスマ性があったビンラディン容疑者に続いて理論的支柱と言われたザワヒリ容疑者を失ったことは大きな痛手です。今のところ最高指導者の死についてアルカイダはいっさい声明を出しておらず、いつザワヒリ容疑者の死を認め、次の指導者を発表するか注目されますが、アメリカ政府は報復攻撃のおそれがあるとして世界各地のアメリカ大使館とアメリカ関連施設への攻撃に警戒するよう注意を喚起しています。ただ、アルカイダ指導部の弱体化は避けられず国際的なネットワークを構築して大規模なテロを起こすのは難しいのではないかと見る専門家もいます。9.11以降も頻発したアルカイダに関連すると見られる大規模なテロは、ビンラディン容疑者の死後は大幅に減りました。とはいえ、それはテロがなくなることを意味するわけではありません。

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バイデン大統領は、「アフガニスタンが今後テロリストの安住の地になることはない」とザワヒリ容疑者殺害の意義を強調しました。しかし5日に続き6日にも首都カブールの繁華街で爆弾テロが起き、8人が死亡、22人がけがをするなど治安回復の兆しは見られません。
また、アルカイダ指導部の影響力が低下したとはいえその思想に共鳴する過激派組織が今もイエメンやシリア、インド・パキスタン、北アフリカ、それにソマリアなど各地で活発に活動しています。さらにアルカイダから分離し敵対関係にあるIS・イスラミックステートとISに忠誠を誓う組織も数多く存在しテロの脅威は消えていません。

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ザワヒリ容疑者の殺害によりアフガニスタンを実効支配するタリバンも難しい対応を迫られています。ニューヨーク・タイムズは「ザワヒリ容疑者が潜伏していた住宅がタリバン幹部でアフガニスタン暫定政権の内相を務めるハッカーニ氏の最側近が所有する建物だった」と報じました。タリバンとアルカイダの関係が今も続いていることを裏付ける内容ですが、タリバンは殺害の4日後、「攻撃を受けた建物は空き家であり、ザワヒリ容疑者殺害の情報はない」と述べるにとどまっています。アメリカ軍の撤退と引き換えにアルカイダとの関係を断つことを約束したタリバンにとってザワヒリ容疑者を匿っていたことは決して認めたくない事実で、アルカイダとの関係が近いとされる強硬派と国際社会から政権の正統性の承認を得たい穏健派との路線対立がこれを機に深まる可能性もあります。

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それだけに国際社会はタリバンに対してアルカイダを含むあらゆるテロ組織との決別をあらためて迫るとともに国際的なテロのネットワークを断ち切るために資金の移動や戦闘員、武器の動きなどの監視、情報の共有など各国の連携を強化することが求められます。同時に貧困や格差、圧政や政治腐敗など過激派のテロを生む様々な問題に正面から向き合うことが必要です。人権侵害も見逃してはなりません。とくに日本は2001年からの20年間で69億ドルを拠出し、アフガニスタンの復興にどの国よりも深く関与してきただけに引き続き大きな役割が求められます。若者たちが過激な思想に染まらないように教育や雇用の創出をはじめ人材の育成やガバナンスの向上といった日本ならではの地道な支援を続けることが重要だと思います。
ロシアの軍事侵攻後おびただしい数の武器が出回り、過激派の手に渡ることを危惧する声も聞かれます。アルカイダの指導者殺害後も世界のテロとの戦いは終わらず、引き続き警戒が必要です。

(二村 伸 専門解説委員)


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