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ウクライナ危機下の原爆の日 被爆者の思い 受け継ぐために

籔内 潤也  解説委員

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▽8月6日、広島に原爆が投下されてから77年となります。
▽今年は、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻で、核兵器が使われてしまうかもしれない、という危機感の中で迎える原爆の日です。
▽核兵器をなくしてほしいと世界に訴えてきた被爆者たちの思いを受け継いでいくことの意味が例年以上に問われています。

【ウクライナ危機の中迎える原爆の日】

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▽私は、長崎で原爆や被爆者の取材を担当し、ニューヨークでも核兵器禁止条約の成立の過程や核兵器の問題に関する国連などの動きを取材してきました。
▽これまで、原爆の日は犠牲者を追悼し、「核兵器は使ってはいけない」ということを確認する場となってきました。
今年は、その前提が揺らぐ中、例年とは違う重みを持って迎えることになりました。

▽背景にあるのは、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻です。2月に侵攻が始まった直後、ロシアのプーチン大統領は国防相などに対して、核戦力を念頭に、抑止力を「特別警戒態勢」に引き上げるよう命じ、その後も核兵器による威嚇を続けています。
▽その中で、長年、軍事的な中立を保ってきたスウェーデンとフィンランドは、欧米諸国の軍事同盟、NATO=北大西洋条約機構への加盟を申請。そして、日本でも核兵器を持つことなどによって敵からの攻撃を思いとどまらせる、「核抑止力」についての議論が多く聞かれるようになってきています。

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▽被爆地は、核抑止の考え方が強まっていることを危惧しています。
▽6日、広島で開かれる平和記念式典の平和宣言で、松井市長は「戦争と平和」で知られるロシアの作家、トルストイの言葉を引用し、「他者を威嚇して自分中心の考えを押し通すことは許されない」と強調するということです。
▽また、9日の長崎の平和祈念式典では、田上市長が「核兵器が存在する限り、誤った判断で使用されるリスクがある」として、核廃絶を訴えます。
▽77年前、アメリカによって投下された原爆で、その年だけで広島では14万人、長崎では7万人が亡くなりました。その後も、多くの被爆者が亡くなり、いまも後遺障害に苦しんでいる人がいます。
▽広島、長崎は、想像を絶する被害を受けた被爆地としての原点を示し、「核兵器をなくすことでしか未来は守れない」と訴えます。

【NPT再検討会議でも活動する被爆者】

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▽核兵器が本当に使われてしまうのではないかという危機感が現実味を帯びる中、身をもって被害の悲惨さを知る被爆者は、いまも日本国内、そして世界で核兵器をなくしてほしいと訴えています。
▽被爆者は、今月1日からニューヨークの国連本部で始まった、今後の核軍縮の方向性について話し合う、NPT=核拡散防止条約の再検討会議にも参加しています。
▽会議の中で、1歳の時に長崎で被爆した和田征子(わだ・まさこ)さん(78)は、核保有国が核軍縮の義務を果たしてこなかったために、核戦争の瀬戸際にあることを認識すべきだと訴える予定です。
▽また、被団協=日本原水爆被害者団体協議会は、NPT再検討会議の期間中、国連本部のロビーで「原爆展」を開きます。被爆直後の広島や長崎の写真、原爆で亡くなった弟を背中におぶって荼毘に付す順番を待つ少年の様子をとらえた「焼き場に立つ少年」の写真などが展示されます。
▽被爆者たちの活動が、さまざまな国の外交官の心を動かし、核兵器をめぐる意見の隔たりがある中でも核が使われないようにする合意につながることを期待したいと思います。

【被爆者さらに高齢化】
▽いまも活動を続ける被爆者ですが、その活動は年々難しくなってきています。

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▽こちらは、被爆者の人数の推移です。
 ことし3月末(まつ)で11万8935人。2014年に初めて20万人を下回ったあと、毎年1万人近く減っています。
▽そして、被爆者の平均年齢は今年、初めて84歳を超えました。
平均年齢は年々上がっていて、被爆者なき時代も近づいています。
▽去年10月には、広島の被爆者で「ネバーギブアップ」と叫んで、長年、核なき世界を目指す運動の先頭に立ってきた坪井直(つぼい・すなお)さんが96歳で亡くなりました。
▽「HIBAKUSHA」という言葉がそのまま英語で通じるようになるほど、存在感の大きい被爆者。その語りに支えられてきた核廃絶の運動をどう受け継ぐか、いまの危機の中で、大きな課題になっているのです。

【思い継ぐ若い世代】

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▽被爆者の活動が年々厳しくなっている中、どうすればよいのか。
▽いま、被爆者の孫やさらに若いくらいの、大学生の世代が世界に向けて核廃絶を訴える活動を進めています。
▽広島県出身の大学4年生、高橋悠太(たかはし・ゆうた)さん(21)は、高校生のときに、直接、坪井直さんから被爆体験や活動の話を聞き、原爆の被害や核兵器の問題に関心を深めました。
坪井さんから聞いた内容を聞き書きの冊子にまとめたほか、東京の大学に進学してからは若い世代の仲間とともに、核廃絶を訴える活動を続けています。
▽活動は新たな発想で行われています。
核兵器の開発や保有・使用を禁じた、核兵器禁止条約に署名・批准するよう、各国の大使館を訪問して訴えるなど、若者らしい行動力で多岐にわたる活動を続けています。
▽6月には、オーストリアの首都、ウィーンで開かれた核兵器禁止条約の締約国会議の場で、そしていまはNPT再検討会議が開かれているニューヨークで活動しています。
▽高橋さんは、核兵器については被害の視点で語らないといけないと考え、「自分たち若い世代が主体的に先頭に立って引っ張っていかないといけない」と話しています。

【デジタルで被爆の実相を】
▽被爆者が体験した核の被害をリアルに感じてもらうために、新たなデジタル技術を使った試みも行われています。

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▽大型のモニターに映し出されているのは、広島市の立体地図と多くの被爆者の顔です。被爆した、まさにその場所に一人ひとりの写真が配置されています。写真をクリックすると、それぞれの手記やインタビューの動画などが見られるようになっていて、対話するような感覚で被爆体験を聞くことができます。東京大学大学院の渡邉英徳(わたなべ・ひでのり)教授のグループが開発しました。
▽インターネットでも見られますが、今回、NPT再検討会議が開かれているニューヨークでも会場を設けて展示する予定です。

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▽また、今回、渡邉教授は、ロシアの攻撃で被害を受けたウクライナの建物の3D映像を見ることができるデジタルマップも展示します。
▽渡邉教授は「広島・長崎の被害が、いま喫緊の問題となっているウクライナの被害と同じように、一人ひとり、日常の暮らしをしている人の上に起きたことであると理解してもらいたい」と話しています。

【被爆国の原点 再認識を】

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▽地球上にはいまなお1万3000発近い核弾頭がありますが、77年にわたって使用されてこなかったのは、被爆者の訴えが世界に届けられてきたことが大きいと、国連などでも認識されています。

▽私たちはどう受け継いでいけばよいのでしょうか。
▽私が訴えたいことは、いまはまだ、被爆者の声に耳を傾けることができるということです。

▽広島で被爆した自身の体験を語り、長年、世界で核廃絶を訴えてきたカナダ在住の被爆者、サーロー節子さん(90)は、「日本には、日本しか経験していない核兵器による非人道的な被害を世界に知らしめる人道的、政治的な責任がある」と話しています。

▽ひとたび核が使われると、必ず、被爆者が生まれます。
▽今年の原爆の日、唯一の戦争被爆国・日本に住む1人として、広島で、そして長崎で、77年前のあの日、どのような光景が広がっていたのか、想像するところから、いまの危機に対してどうすべきか考えてみてはいかがでしょうか。

(籔内 潤也 解説委員)


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