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イランをめぐる国際関係 核合意の行方は

出川 展恒  解説委員

中東のイランをめぐる情勢が動いています。先月、アメリカのバイデン大統領が、就任後初めて、中東を訪問。その直後に、ロシアのプーチン大統領が、イランを訪問しました。「イラン核合意」が崩壊の危機にあることが背景にあり、核合意を立て直すための外交交渉が、4日、ようやく再開されました。各国の利害が複雑に絡む、この問題を考えます。

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解説のポイントは、こちらの3点です。
▼イランをめぐる国際情勢の変化。▼妥結の見通しが立たないアメリカとイランの間接協議。▼核合意の立て直しは可能か。

■最初のポイントから見てゆきます。
アメリカのバイデン大統領は、先月半ば、イスラエルとサウジアラビアを相次いで訪問しました。対立するイランへの包囲網を強化することが、目的のひとつでした。

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イスラエルのラピド首相との首脳会談(14日)では、「アメリカは、イランが核兵器を獲得することを全力で阻止する」などとした共同宣言に署名しました。
これに関連して、バイデン大統領は、イスラエルのテレビのインタビューで、「最終的な手段として軍事力を行使する可能性もある」としながらも、「核合意を立て直すための外交交渉に重点を置く」と述べて、核合意を再生させるという政権の目標が変わっていないことを強調しました。
続いて訪問したサウジアラビアでバイデン大統領は、サルマン国王、ムハンマド皇太子と会談したほか、サウジアラビアが主導するGCC・湾岸協力会議に加盟するアラブの6か国、それに、エジプト、ヨルダン、イラクも参加した拡大首脳会議に出席し、「イランによる核兵器保有を容認しない」などとした声明が出されました(16日)。

このように、イランと対立する国々が連携を深めた直後、ウクライナへの軍事侵攻で強い非難を受けているロシアのプーチン大統領が、自らイランを訪問し、ライシ大統領、最高指導者ハメネイ師と会談しました(19日)。
ハメネイ師は、ウクライナをめぐるロシア側の立場にも一定の理解を示したうえで、「両国が協力することは互いの利益になる」と述べました。イランは、アメリカによる厳しい経済制裁で、経済の柱である原油の輸出も満足にできなくなり、国民の生活が著しく悪化しています。
これに対し、プーチン大統領は、ともにアメリカの制裁を受ける両国が連携を深める意義を強調し、今後、両国が、経済、エネルギー、金融、安全保障などの分野で協力することで一致しました。

■ここから第2のポイントです。

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「イラン核合意」は、7年前、イランと、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国の主要6か国との間で結ばれた国際合意です。イランが、ウラン濃縮活動などの核開発を大幅に制限する代わりに、主要国が、イランに対する制裁を解除する内容です。イランによる「核の平和利用」は認めつつ、核兵器の開発を阻止する狙いがありました。

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しかし、4年前、アメリカのトランプ前政権が一方的に離脱し、イランに強力な経済制裁をかけたことで、核合意は機能不全に陥りました。

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去年、アメリカがバイデン政権に交代し、核合意の立て直しをめざす間接協議が、EU・ヨーロッパ連合などの仲介でスタートしました(4月)。

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ところが、その後、イランで大統領選挙が行われ(6月)、国際協調派のロウハニ前政権から、反米強硬派のライシ政権に交代し、仕切り直しを余儀なくされました。
EUの仲介が功を奏し、今年2月、妥結は近いと伝えられた矢先、ロシアによるウクライナ侵攻が起き、その影響で、協議は中断しました。その後、双方の主張の違いが再び鮮明となり、袋小路に入った状態です。

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最も大きな対立点は、イランの最高指導者直属の「革命防衛隊」の扱いです。アメリカ、イスラエル、サウジアラビアなどは、革命防衛隊が中東各地で暗躍し、安全保障上の脅威となっていると主張しています。トランプ前政権は、革命防衛隊を「外国テロ組織」に指定し、イラン側は、その解除を強く要求していますが、バイデン政権は、「解除はできない」と拒否しています。国内で反対論が強く、イスラエルやサウジアラビアも、強く反対しているからです。
さらに、イラン側は、アメリカに対し、「二度と核合意から離脱しない保証」を要求していますが、バイデン政権は、「将来の政権を縛る約束はできない」として、拒否しています。

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加えて、イランとIAEA・国際原子力機関の対立も影を落としています。IAEAは、6月の理事会で、イランを非難する決議を採択しました。未申告の施設で核物質が検出されたことについて、イランが説明責任を果たしていないというのが理由です。
非難決議に強く反発したイランは、IAEAが、ウラン濃縮活動をモニターするため設置した監視カメラのうち、一部を撤去しました。
IAEAのグロッシ事務局長は、「査察活動に重大な支障が出て、核合意が崩壊するおそれもある」と強い懸念を示しています。

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イランは、アメリカの制裁への対抗措置として、濃縮度60%の高濃縮ウランを製造するなど、核合意から大幅に逸脱した行動をとってきました。
これまで、「核兵器をつくる意思はない。核の平和利用だ」と主張してきましたが、多くの専門家は、もし、イランがその気になれば、核兵器の製造も可能な技術水準に近づいていると指摘しています。たとえば、核兵器1個分の高濃縮ウランを入手するまでの時間は、2週間から3週間程度と見られています。
先月、最高指導者ハメネイ師の外交顧問が、「イランには、核兵器を製造できる能力がある。ただし、そのような政策決定は行っていない」と述べるなど、外交上の揺さぶりとも見られる発言も聞かれます。
ここ数年、イスラエルによると見られるイランの核施設への破壊工作や、核科学者の暗殺が繰り返し起きているだけに、外交交渉による解決に残された時間は少ないと見るべきでしょう。

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■こうした状況の中で、EUのボレル上級代表が、先週(7月26日)、新たな仲介案を双方に示し、間接協議が、4日、オーストリアのウイーンで再開されました。革命防衛隊の活動など、核合意に含まれない問題は、間接協議の対象とせず、別途、EUとイランの間で話し合うことが、仲介案の内容と伝えられます。
イラン側交渉団を率いるバゲリ外務次官は、3日、ツイッターで、「核合意を立て直せるかどうかは、アメリカ次第だ」と述べ、核合意から一方的に離脱したアメリカ側が、まず譲歩すべきだと訴えました。
これに対し、アメリカ側交渉団のマレー特使は、3日、次の協議に大きな期待は抱いていないことを示唆したうえで、「合意をめざし、誠実にとりくむ用意がある。イラン側も同じかどうか、まもなく判明するだろう」と慎重な姿勢です。

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■アメリカ側もイラン側も、できれば、核合意を崩壊させたくないと考えています。
バイデン大統領としては、選挙で公約した核合意の立て直しに失敗すれば、威信が傷つけられるだけでなく、今後、中東を舞台に、イスラエルやサウジアラビアを巻き込んだ軍事衝突や、核開発競争を招くおそれがあります。
一方、ライシ大統領は、就任からちょうど1年です。悪化した経済を立て直すためにも、核合意を正常な形に戻し、原油の輸出を妨げている制裁を解除させたいところです。ただし、双方とも、相手に大きく譲歩すれば、国内で強い批判を受けるリスクを背負っています。
再開された間接協議が、核合意再生への突破口となるのか、それとも、対立がいっそう深まり、核合意は崩壊に向かうのか、中東地域の安全と世界のエネルギー情勢を左右する重要な局面を迎えています。

(出川 展恒 解説委員)

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