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"プーチンの戦争" ドンバスの悲劇

石川 一洋  専門解説委員

「プーチンの戦争」が始まって五ヶ月。ますます残酷な姿で続いています。
かつてウクライナ経済を支えたドンバスといわれる重工業地帯は今、破壊しつくされています。戦争の悲劇の中心であるドンバスからこの戦争を考えてみたいと思います。

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先月29日、ドンバス地域のドネツク州の親ロシア派の支配する地域でいかに戦争とは言っても信じられない事件がおきました。ウクライナ軍の捕虜が収容されていた施設が爆破され、マリオポリで投降したアゾフ大隊の捕虜50人以上が死亡しました。
ロシア側はウクライナ軍がアメリカから提供されたハイマースで攻撃したと主張しています。一方ウクライナ側は、ロシアが捕虜の虐待を隠すために、施設を内側から爆破したと主張しています。

双方とも相手を戦争犯罪だと激しく非難し、国際司法による捜査を求めています。どちらの主張が真実に近いのか、私には判断できませんが、戦争捕虜を意図的に殺害したとしたら、誰が行ったにしろ、許されざる犯罪行為です。国際司法は厳正な捜査をしてこの犯罪行為の真相を明らかにしなければなりません。

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ドンバスとは、ソビエト時代はソビエト全体の、ウクライナ独立後はウクライナの経済を支えてきた重工業地帯です。ドネツク州とルハンシク州から成り立ちます。
ドンバスは、ウクライナの中でもクリミアとともにロシアとつながりが深い地域です。住民のほとんどもロシア語を話していました。また親ロシア派の政治家の強固な地盤でもありました。
今、ロシア軍はルハンシク州を掌握し、ドネツク州の全域の掌握を目指してウクライナ軍とのすさまじい戦闘が続いています。ただ実態として、2014年、ロシアがクリミアを一方的に併合した後、ドンバスでもロシアの支援を受けた親ロシア派の武装勢力が蜂起し、それ以後8年間戦争が続いてきたといえます。

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私は武力紛争が始まる直前、2014年5月初め、ドネツク州を訪れ、州内をまわりました。誰一人としてこのような武力紛争の渦中になるとは思ってもいませんでした。

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確かにすでに州の中心都市ドネツクでは州庁舎が占拠され、“人民共和国”の樹立が宣言されていました。また北西部の街をロシアの武装勢力が占拠し、ウクライナ軍との間に散発的な戦闘が始まっていました。しかし平穏な市民生活がまだ続いていました。
キーウからの夜行列車も快適で、中心駅も空港もウクライナの経済の中心都市にふさわしい近代的な設備でした。ドネツクはヨーロッパサッカーのチャンピオンズリーグの常連シャフタール・ドネツクの本拠地で、観客6万人が収容できるドンバスアリーナもありました。
直前まで通常通り試合も行われていました。親ロシア派の政権が倒れたキーウの民主化革命マイダン革命への反発は確かに強かったです。ただ街では民主化革命を支持する集会も開かれ、共感する人が車のクラクションを鳴らしたりしていました。

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私は2014年5月6日、ドネツク空港で見た光景が忘れられません。5月の連休をトルコで過ごそうとテニスラケットをもった親子が訪れていました。ごくありふれた幸せな日常でした。しかしその日、ウクライナ政府の命令でドネツク上空が封鎖され、すべての航空便はキャンセル、キーウに向かう私もトルコに向かう親子も呆然としたのを覚えています。数か月後、近代的なドネツク国際空港が親ロシア派との戦いの中で文字通りがれきの山となってしまったのです。

私の会った平和な日常を過ごしていた人々は、今どうしているのでしょうか。様々な立場はあっても、ドンバスの人々はまさかこのような戦争に巻き込まれ、砲弾の中を逃げ惑うとは想像もしていませんでした。もちろん望んでもいませんでした。

今、ウクライナ側の拠点はロシア軍のミサイルによって生活インフラを含めて攻撃されています。一方親ロシア派が支配する中心都市ドネツクは逆にウクライナ軍の攻撃にさらされています。
この8年間、自らの意志ではなく、平和な生活が紛争によって破られ、さらに今ロシアの軍事侵攻に伴う本格的な残酷な戦争の中で、砲火の下で逃げ惑うドンバスの人々の運命になんと表現すればよいのか言葉が見つかりません。“プーチンの戦争”のもっとも残酷な姿がドンバスに表れています。

さてドンバスでの戦況です。

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私は、プーチン大統領は、長期戦の覚悟を決めたのだと思います。ドネツク掌握に向けて、戦力を、南、中央、西、東といわば方面軍に分けて、それぞれに信頼する将軍を司令官に任命しています。例えば南の方面軍の司令官に任命されたスロビキン大将は、航空宇宙軍の司令官ですが、プーチン大統領のお気に入りの将軍と言われています。国防省、参謀本部をバイパスして、どうもそれぞれの司令官から直接プーチン大統領に報告が行き、大統領が直接指示をしている、最高司令官プーチン大統領が、この4人の司令官を通じて、戦争を指揮しているように思えます。プーチン大統領の政治的な介入が行われる危険性があるでしょう。

注目される場所は二か所、一つは親ロシア派の中心都市ドネツク市の正面にあるアウディーイウカという町です。もともとドネツク郊外の衛星都市ですが、2014年の軍事衝突以来、ウクライナ側が堅固な防衛拠点とし、ドネツク市への攻撃もここから行われてきました。
この5か月間、ウクライナ側は守り抜いてきました。ただここにきてロシア軍がじわじわと包囲を縮めていて、街の周辺でも戦闘が始まった模様です。

もう一つはドネツク北西部の中都市スロビャンシクにいたる攻防です。ここは主要な道路が交差して空港もある交通の要衝で、ここがロシアの武装勢力に占拠されたことがドネツクの悲劇は始まりました。ロシア軍は北と西からじわじわとスロビャンシクに近づいています。
これに対してウクライナ側も、ゼレンスキー大統領はドネツク州にまだ残っている住民に対して強制的な退去を命じました。激しい戦闘の中で住民の安全が確保できないというのが理由です。ただ今残っている住民は高齢者も多く、どこにも行き場がないとして家にとどまる人が多いでしょう。
プーチン大統領はおそらく時間をかけても、多大な人的な犠牲を払ってでも、ドネツク州の全面掌握をしようとするでしょう。破壊された街を掌握してどのような意味があるのでしょうか。

ロシアとウクライナの戦争は、ドネツク州以外でもロシア軍が占領した南部で激しくなろうとしています。

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私は、2007年ウクライナ南部のある農場を夏の初めに取材したことがあります。その年は日照りで、ウクライナの農民たちが、必死に小麦やヒマワリの収穫を守ろうと努力をしていました。実に勤勉な農民たちでした。しかしその地域も今はロシア軍に占領されています。

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ウクライナのゼレンスキー大統領は、南部の奪回を命令し、ウクライナ軍の反転攻勢が一部で始まっています。ロシアはヘルソン州などでロシアパスポートの交付やルーブルの流通などロシア化を進めています。そして南部のロシア軍をさらに増強して、ウクライナ軍の反転攻勢に備えています。今後、南部でもドンバスと同じように都市や町村をめぐり破滅的な戦闘が広がる可能性があります。

プーチンの戦争が始まってから、五か月が過ぎました。しかし戦争が交渉によって終わる見通しは全くありません。ただあらゆる戦争は外交によって終わります。戦争を始めたプーチン大統領が外交交渉への道を開くためにもまず停戦すべきでしょう。ドンバスの悲劇をこれ以上拡大してはなりません。

(石川 一洋 専門解説委員)


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