NHK 解説委員室

これまでの解説記事

エネルギーで揺さぶるロシア~日・米・欧 経済の難題

神子田 章博  解説委員

ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシアは天然ガスの供給停止をちらつかせることで、日本や欧米諸国へのけん制を強めています。これに対し日本やドイツは、ロシア以外のガスの調達先を探ったり、石炭を活用する取り組みを強めていますが、こうした動きは脱炭素にブレーキをかける形ともなるなど、難しい課題を抱えています。この問題について考えていきたいと思います。

j220727_01.jpg

解説のポイントは3つです。
1) 天然ガスでゆさぶり強めるか 
2) 自衛策とる日本と欧米諸国
3) どう両立する 脱ロシアと脱炭素

1)天然ガスでゆさぶり強めるか

まずは最近のロシアの動きについてみていきます。 

j220727_02.jpg

プーチン大統領は、今月1日、日本の大手商社も出資してロシア極東で進められている石油・天然ガスプロジェクト「サハリン2」について事業主体をロシア企業に変更する大統領令に署名。さらにロシアの国営ガスプロムは、今月11日から、ドイツに天然ガスを送る主要なパイプライン「ノルドストリーム」の供給を「定期点検」を理由に10日間にわたって停止。再開後も関連設備の保守作業を理由に供給量を通常時よりおよそ80%削減しています。ロシアの軍事侵攻前、日本はLNG=液化天然ガスの輸入のおよそ9%を、ドイツは天然ガスの輸入の55%をロシアに依存していました。ロシアの一連の動きは、両国がロシアに対する経済制裁を科す中、天然ガスの供給停止をちらつかせることで、揺さぶりをかける狙いがあるものと見られています。
これに対し、日本は、ロシア以外からの天然ガスの確保に向けた動きを強めています。

j220727_03.jpg

今月13日、日米豪印の4か国の枠組み、クアッドのエネルギー担当大臣会合に出席した萩生田経済産業大臣は、天然ガスの産出国のオーストラリアとアメリカの担当閣僚と会談し、LNG=液化天然ガスの増産と日本への安定的な供給を要請しました。オーストラリアは日本のLNGの輸入の35.8%、アメリカは9.5%を占めており、これらの国からより多く調達することで、ロシアへの依存から脱しようというのです。萩生田大臣は「両国から日本の立場に理解は得られた」と話していますが、現地で天然ガスが増産されても、日本に運ぶにはガスを液化する施設などの増強が必要となり、実際の調達には数年単位の時間がかかるといわれます。

j220727_04.jpg

同様の動きはドイツでも進んでいます。ロシア産の天然ガスへの依存を減らすため、北部の港湾都市にLNG船を受け入れるターミナル基地の建設に着手。このほかにも各地でターミナル基地を建設して、再来年にはロシア産ガスの輸入を大幅に減らすとしています。
ただ、日本やドイツなどEU諸国がロシアから輸入する天然ガスの量は、あわせると世界の天然ガスの貿易の15%余りにのぼります。これだけの量を、ロシア以外の産出国から調達してまかなおうとすれば、ドイツが触手を伸ばす中東産のLNGなどをめぐって激しい争奪戦となり、国際市場の価格が高騰することも予想されます。

j220727_05.jpg

こうした中で日本が十分な量のLNGを確保できるかは不透明で、また確保できたとしても調達コストは大幅に上昇するおそれがあります。実際に先週、東京ガスはこの10月からガス料金にLNGの価格上昇分を反映させ段階的に料金を引き上げると発表しました。ロシアがエネルギーを武器に対決姿勢を強める中で、国民生活に大きな影響が及ぶ状況が続くことになりそうです。

2)自衛策とる欧米諸国

 もう一つロシアとの対決が日本や欧米各国の経済にもたらしている問題は、原油価格の急騰による激しいインフレです。

j220727_07.jpg

なかでも車社会のアメリカでは日常生活に欠かせないガソリンの価格が高騰するなど激しいインフレに見舞われ、秋の議会の中間選挙を前に大統領の支持率が落ち込むなど、バイデン政権を政治的な窮地に追い込んでいます。こうした中でバイデン大統領がサウジアラビアをはじめ中東の産油国の首脳との会談にのぞみ、原油の増産に期待を示しました。原油価格の高止まりが続く中、世界第2位の産出量をほこり、増産余力をもつサウジアラビアなどに増産してもらうことで、原油価格を低下させたい考えです。しかし産油国側はコロナ禍による景気後退で一時期原油価格が急落し、大幅な減収に見舞われたことから、原油価格の維持に向けてロシアとの産油国同士の結束も重視する構えで、アメリカの要請に応じるかどうかは不透明な状況です。産油国の増産を求める外交交渉の行方は、日本でもガソリン価格などに影響するだけに注意深くみていく必要があります。

3) 脱ロシアVS脱炭素

さてこれまで見てきたように、日本や欧米各国が、脱ロシアをはかるため天然ガスや石油の増産を呼びかけるなかで、忘れてはならないのは、こうした動きが、これまで各国が進めてきた脱炭素の大方針と矛盾をはらんでいることです。

j220727_08.jpg

例えば、石炭の利用から脱却を進めてきたドイツでは、ロシアからの天然ガスへの依存度を低下させるために発電に使う天然ガスの使用量を抑えようとしていて、一時的に石炭火力発電所を稼働させて必要なエネルギーを補う方針を打ち出しました。ドイツのエネルギー政策を担うハ―ベック経済・気候保護相は、環境を重視する「緑の党」の顔として知られていますが、石炭火力の活用について問われると「まずロシア産の化石燃料から脱却し、その後あらゆる化石燃料から脱却する」述べ、いまは脱ロシアを優先せざるを得ないという苦しい胸の内をのぞかせました。
アメリカのバイデン大統領も同様の苦悩を抱えています。脱・化石燃料を看板政策としてかかげてきましたが、ロシアを相手に、自由や民主主義という価値を重んじる国々との連帯を強化する必要がある。そのためには、日本がロシアの代替として求める天然ガスなどの増産に応じないわけにもいかないからです。

j220727_09.jpg

こうした中、6月に開かれたG7サミットの声明には「エネルギーのロシア依存からの脱却を加速するためLNGの供給の増加が果たす重要な役割を強調し、この部門への投資が現在の危機に対応するため必要だと認識する」という文言が盛り込まれました。これは化石燃料への新たな投資を容認するもので、脱ロシアを一時的に優先するのもやむをえないという姿勢をG7の合意として打ち出したのです。

j220727_10.jpg

ただ実際に石油や天然ガスの開発にあたる企業をめぐっては、増産にむけた投資に及び腰だといわれます。資源開発には巨額の投資が必要で、回収するのに何十年もかかる。その一方で、いまはロシアとの対抗上、化石燃料の使用が許容されても、長期的に見れば、世界は脱炭素の方向にむかっていく。ロシアとウクライナの戦争が終結後に、再び脱炭素の旗が振られ、新設した大規模な施設が用ずみとなるかもしれないのであれば、巨額な設備投資には踏み切れないというのです。一方で、脱炭素も、地球の温暖化が危機的な状況といわれる中で、取り組みを遅らせていいということにもなりません。先進各国は、脱炭素の旗を降ろさずに、当面の脱ロシアにむけて、必要な企業の投資を引き出していくことができるのか、あるいは二酸化炭素を出さない原子力発電所の活用を検討してくことになるのか、いずれにしても難しい課題を抱えていくことになります。

ロシアのウクライナに対する軍事侵攻が始まって5か月。日本や欧米各国は、世界有数の資源国であるロシアとの対決によって、経済の成長や、エネルギーの安定調達、そして脱炭素といった地球規模の課題にまで影響が及ぶ現実を突きつけられています。自由と民主主義という普遍的な価値を守りながら、経済の安定と環境の保護を両立させていくための知恵が求められています。

(神子田 章博 解説委員)

関連記事