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ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡 最新画像公開の意味

土屋 敏之  解説委員

先週、初めての中東訪問の直前という慌ただしいスケジュールの中で、バイデン大統領がホワイトハウスから1枚の天体写真を発表しました。これを撮影したのは、総額1兆円以上をかけ開発されたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡です。限られた専門家のものと思われがちな天文学の成果がなぜこれほど注目されたのか?私たちの世界観を変えるとも言われる宇宙望遠鏡の運用開始の意味を考えます。

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アメリカのNASAを中心にヨーロッパ、カナダと共同で開発されたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、去年のクリスマスにフランス領ギアナから打上げられました。黄色い六角形の金属板を組み合わせた直径6.5mもの反射鏡をロケットには折りたたんで載せ、宇宙で展開しました。その下に広がる四角い膜のようなものは、観測の妨げになる太陽の光を防ぐための言わば「日よけ」です。
ちなみに、ジェームズ・ウェッブとは1960年代にNASAの長官を務めた人物です。
その名を冠した望遠鏡は宇宙での調整を終え、先週初めての画像が公開されました。

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最初にバイデン大統領自らが紹介したのは、「SMACS0723」という40億光年以上離れた多数の銀河の集まりです。鮮明な画像の中でも特徴と言えるのが弧を描く光の筋です。これは、より遠くにある銀河からの光が手前にある銀河団の重力で曲げられて私たちの目に届くことで銀河の形がゆがんで見える「重力レンズ」と呼ばれる特殊な現象をはっきりとらえています。

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続いてNASAが公表した1つが、「南のリング星雲」と呼ばれる天体の画像です。星がその一生を終えようとしている際に放出されて輝いているガスや塵が、まわりに鮮明に写し出されています。また、光の波長を変えて撮影したもう1枚の画像では、ガスの中心にある星が実はひとつではなく2つあることを明らかにしています。

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「ステファンの5つ子」と呼ばれる近接して見える5つの銀河の画像。銀河どうしが互いの重力によって引き合い、合体しようとする姿をガスの動きまで克明にとらえたとされます。

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色鮮やかなこちらの画像は、「カリーナ星雲」。ここは新たに星が誕生している場です。 国立天文台の渡部潤一上席教授は、ガスや塵の中に誕生したばかりの若い星の輝きもはっきりとらえられていて、これまでに無い画像だと高く評価します。

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さらに、ジェームズ・ウェッブは星の写真を撮影するだけではありません。こちらのグラフは系外惑星、つまり太陽以外の恒星を回る惑星の大気の分析データです。光の波長を分析することで天体にどんな物質が含まれているかを調べることができ、今回1千光年以上離れた惑星の大気に水が存在することをとらえたとしています。
こうした最初の観測成果は、世界の科学者に今後への期待を抱かせるものになりました。

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そもそもなぜ巨大な望遠鏡を宇宙に打ち上げる必要があるのでしょう?
例えばハワイ・マウナケアの山頂には、日本のすばる望遠鏡など世界各国の大型望遠鏡が建ち並んでいます。ただ、地上からの観測は大気の層を通して宇宙を見ることになるため、どれだけ望遠鏡の性能を上げても大気の影響で十分な観測ができない分野もあり、「宇宙から観測を」という構想は昔からありました。
その成功例が1990年に打ち上げられたハッブル宇宙望遠鏡です。ハッブルは美しい画像に加えて、銀河の中心にある巨大ブラックホールの存在や、この宇宙全体が加速しながら膨脹しているという証拠など、それまでの常識を覆す発見を重ねてきました。
しかし、30年以上経って老朽化が進み、その後継機となるのがジェームズ・ウェッブでした。

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ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡には、ハッブルを超える成果が期待されています。
そのひとつが、「ファーストスター」の発見です。これは138億年前に宇宙が誕生した後、最初にできた世代の星のことで、これを見つけられれば地球や太陽に先立ってどのように星や銀河が形成されたのか?またどのようにして宇宙に多様な物質が生まれたのか?など私たちのルーツの解明にもつながると考えられています。
他にも期待されるひとつが系外惑星の観測です。先ほど触れたようにジェームズ・ウェッブは太陽以外の遠い恒星を回る系外惑星の大気の成分を調べることもできるため、もしその惑星に生命が存在し、その生命活動が惑星の大気に影響を与えているなら、それを見つけられる可能性があるのです。
こうした成果を得るため、ジェームズ・ウェッブは究極とも言える観測能力を追求しました。望遠鏡の“きも”とも言える反射鏡の直径は6.5メートルと地上の大型望遠鏡並みで、光を集める力はハッブルの7倍、感度は100倍とも言われます。また、高精度の観測には太陽や地球のわずかな光さえ邪魔になります。そこで、ハッブルが地上から「わずか」600キロ上空を回る人工衛星なのに対し、ジェームズ・ウェッブは150万キロ、月までの4倍も遠い宇宙へと打ち上げられた一種の「人工惑星」です。
かつてない計画は費用が1兆円以上に膨らんで度々批判も受け、打ち上げも10年以上遅れました。開発計画が始まったのは90年代、アメリカではクリントン政権の頃ですから大統領も政権も何度も交代しながら、それでも計画は中止される事なくようやく実現したのです。

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この1兆円を超えたジェームズ・ウェッブのプロジェクトは、宇宙関係予算全体でも5千億円程度の日本では考えられないと日本の専門家は言います。
特に近年日本の宇宙基本計画では、「安全保障」と「産業利用」などのニーズに応えることが重視されているのに対し、ジェームズ・ウェッブはそのどちらにも、まず役に立ちません。宇宙や生命の根源に迫ろうとする純粋に科学的なプロジェクトです。
そして、この望遠鏡を使う観測やその成果の利用はアメリカ、ヨーロッパ、カナダだけでなく建設にお金を出していない各国にも扉が開かれ、日本の研究者も観測に参加しています。
こうした開かれた利用は、ジェームズ・ウェッブだけでなく日本のすばる望遠鏡や、さらには望遠鏡に留まらず衛星観測や粒子加速器など、科学の世界ではある程度一般的に行われているものです。その背景にあるのは、科学は本来一国の利益のためだけにあるのではなく、人類共通の知的財産であり、それが長い目で見れば私たちの社会の豊かさにもつながるという考え方です。
世界的に緊張が高まり余裕をなくしているように見える今の時代にあって、アメリカ・ヨーロッパ・カナダがこうした開かれた科学に多額の資金を投じる姿勢を失っていないことには、少なからぬ価値があると思います。

とは言え、ジェームズ・ウェッブはまだ運用が始まったばかりで成果はこれからです。1兆円を投じた人類の言わば「究極の目」が順調に運用され、宇宙最初の星や地球外生命の手がかりなど私たちの世界観を変えるような発見をもたらしてくれるのか?その期待と共に、科学の意義や価値についてもあらためて考えさせられるプロジェクトだと思います。

(土屋 敏之 解説委員)
          


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