コロナ禍でリモートワークが広がるなど社会のデジタル化が進展する中、スマホやパソコンから投票できるインターネット投票は未だに実現していません。総務省は、海外の投票しにくい環境にある「在外投票」にはネット投票を導入できるという報告書を受けて実証実験も行っていますが、なぜ実現しないのか。また、国内の選挙にも広がるのか、考えます。
【在外投票の現状】
まず、在外投票の現状をみていきます。7月10日の参議院選挙の選挙区に投票した海外に住む日本人は2万1772人。海外の18歳以上の日本人はおよそ100万人とされているので投票したのはわずか2%です。
これだけ少ない理由は、投票したくても投票しにくい2つのハードルがあると指摘されています。
1つ目が選挙人になるためのハードルです。在外投票をするには「在外選挙人名簿」に登録されることが必要で、日本を出国する際に自治体の窓口で申請するか、海外の在外公館で申請しなければなりません。ことしから一部オンラインで出来るようになりましたが、今回の参院選で登録された有権者は9万9356人で、海外の18歳以上の日本人全体の10分の1ほどにとどまります。
2つ目のハードルが海外の投票しにくい環境です。投票の方法は▽現地の在外公館で投票するか▽郵便で投票するか▽日本に帰国して投票することもできます。ただ、在外公館での投票は、期間が短く、治安の悪化などで投票できなかったところもあります。遠方に住む人は丸一日かけて投票に行くケースもあるそうです。郵便投票の方は、日本の自治体に国際郵便で投票用紙を請求し届いたら送り返すという1往復半のやりとりが必要で、郵便事情の悪化などで投票日に間に合わなかったケースも少なくないようです。
この2つのハードルを越えられるのがネット投票だとして、海外に暮らす日本人らがことし1月、導入を求める2万6千人余りの署名を林外務大臣に提出しました。
【ネット投票の検討状況】
そのネット投票の検討状況はどうなっているのでしょうか。
総務省の有識者研究会は4年前、在外投票に限りネット投票を導入できるという報告書をまとめました。海外の投票環境の向上を図るとともに在外投票であればネット投票の運用面などの課題もクリアできると判断したのです。これを受けて総務省は、おととしと去年、ネット投票の実証実験を行い、今も調査・研究を続けています。
総務省が検討している仕組みでは、スマホやパソコンから投票システムにアクセスしマイナンバーカードで本人確認をしたあと、表示された候補者の一覧から投票先を選んで送信します。この時、投票の秘密を守るため投票データは暗号化されます。
自治体は誰が投票したのか電子署名を確認しますが投票データは読み取れません。そして電子署名と切り離された投票データだけが開票システムに移されて集計されます。専門家は「これまでの実験で大きな問題はみられない」と指摘します。
【国民審査の違憲判決】
こうした中、ことし5月、在外投票の環境改善を後押しする動きがありました。
海外に住む日本人が最高裁判所の裁判官にふさわしい人か審査する国民審査に投票できないことは憲法違反だと、最高裁が判断したのです。これを受けて、金子総務大臣は国民審査の在外投票を可能にするため法整備を急ぐ考えを示し、総務省は検討を進めています。
在外投票の改善に長年取り組んできた「海外有権者ネットワークNY共同代表」の竹永浩之さんは「ネットなら国民審査への対応も可能だ。在外投票にもネット投票を導入する大きなチャンスだ」と話しています。
政府は、今回の裁判で「投票用紙の作成や送付に時間がかかり海外での実施は不可能だ」と主張しました。海外の有権者の権利を守るためにネット投票の可能性を探るための検討を急ぐべきだと考えます。
【ネット投票のメリット】
では、ネット投票は将来、国内の選挙にも広がるのでしょうか。
ネット投票が導入されれば投票所や開票所の設営が必要なくなります。選挙費用も今より低く抑えられ、結果がすぐに正確に判明します。
さらに、ネット投票では利便性に加え、ネットが身近な若者だけでなく高齢者も投票率の向上が期待できます。投票率は年齢を重ねるほど高くなる傾向にありますが80歳以上になると著しく低下します。健康上の理由で投票所に行くのが困難な高齢者が増えるからとみられています。
ネット投票に詳しい明治大学の湯淺墾道教授は「高齢化が進む日本ではむしろ高齢者のためにネット投票が必要だ」と指摘します。
【ネット投票の課題】
ただ、政府はネット投票の導入には一貫して消極的です。▽システムを安定的に稼働できるのかという不安と▽公平・公正な選挙を守れるのかという懸念があるからです。
全国規模の国政選挙の投票では1億人を超える有権者のデータを扱うことになります。7月にはauの携帯電話などの大規模な通信障害が起きましたが、湯淺教授は「ネット投票の際に同様のことが起これば影響は計りしれない」と指摘します。さらに、サイバー攻撃への不安もあります。デジタル環境の発達した海外でもネット投票の導入が進まない大きな要因のようです。仮に、国政選挙で結果がなかなか決まらなかったり、やり直したりという事態になれば、民主主義の根幹である選挙の信頼性を失墜させることになりかねません。
一方、公平・公正な選挙という観点から考えると、ネット投票は場所に縛られないので自由な意思で投票できるのか、強要や買収の可能性をどう防ぐのか。ネット投票を導入しているエストニアでは自由意思による投票を確保するために何度でも投票をやり直すことが出来ますが、日本では「なじまない」という指摘もあります。
【つくば市の取り組み】
このように課題は少なくありませんが、国政選挙より規模の小さい地方選挙であればネット投票を導入できるのではないか、こうした動きが出始めています。
最先端技術の実証実験を街全体で行う「スーパーシティ」に選ばれた茨城県つくば市では、再来年の市長選でネット投票の実現を目指しています。去年7月には、市内の中高一貫校の生徒会選挙でネット投票の実験を行いましたが問題はなかったということです。政府はさらに実際の選挙を想定した実証実験を行うよう求めており、その結果をもとに実現できるか検証することにしています。
【まとめ】
今回の参院選では、全国の投票所が前回・3年前より1000か所以上減りました。立会人の確保などが難しくなったからです。高齢化が進み、働き手が減少してく中で、今と変わらない投票環境をいつまで維持できるのか。ネット投票は、その解決策の1つになり得るのではないでしょうか。まずは、ネット投票を在外投票に導入するための準備を急ぐ。そして国内では実証実験や一部の希望する自治体に先行的に取り入れて課題を克服できるのか具体的な検討を進める。こうした努力が求められていると考えます。
(権藤 敏範 解説委員)
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