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香港返還25年 一国二制度の形骸化と台湾への影響は

宮内 篤志  解説委員

香港は今月1日、中国に返還されて25年となりました。
「50年は変わらない」とされ、高度な自治が認められた香港の「一国二制度」は、いわば折り返し地点を迎えたことになります。
しかし、習近平指導部のもと、民主派の排除や言論などに対する締め付けが進み、この制度は形骸化したとも指摘されています。
返還の記念式典にあわせて香港を訪れた習近平国家主席の狙いや、中国が「一国二制度」の対象としてきた台湾への影響について考えます。

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【香港訪問で習主席は】
香港は25年前、1997年の7月1日、イギリスから中国に返還されました。
返還を記念する式典にあわせて香港を訪問した中国の習近平国家主席は、演説で「一国二制度の実践は、香港において、世界が認める成功を収めた」と述べ、中国共産党の指導による香港の統治を自画自賛しました。

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さらに、「国家の主権と安全を守ることが、一国二制度の最高原則だ」と強調。
香港では、3年前に起きた一連の大規模な抗議活動をきっかけに混乱が広がりましたが、習主席の発言は、こうした混乱を「収束させた」とアピールする狙いがありました。
高度な自治を認めた「一国二制度」の理想は、香港そして中国の安定確保という大方針に塗り替えられたように見えます。

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【香港の「一国二制度」をめぐって】
「一国二制度」で掲げられた外交や国防を除く高度な自治は、中国とイギリスとの共同声明にも記された「約束」と受け止められていました。
自由な社会制度についても「50年不変」、つまり50年間は変わらないはずでした。
しかし、3年前の抗議活動を受けて、習近平指導部は香港への統制強化に本格的に乗り出します。
翌年の2020年には反政府的な動きを取り締まる「香港国家安全維持法」が施行され、言論の自由は大幅に制限。
また、議会にあたる立法会の選挙制度も変更され、民主派が排除されました。
国際社会からは「約束が破られた」といった批判が相次ぎました。

このところ、香港の言論は、急速に萎縮しているという声を聞きます。
例えば、香港では毎年6月、天安門事件の犠牲者を追悼する大規模な集会が開かれてきましたが、香港国家安全維持法違反とされるおそれがあるため、ことしは集会を呼びかけた人はいませんでした。
また、国際的なジャーナリストの団体「国境なき記者団」は、香港の報道の自由度について、ことしは、前の年の80位から大幅に下げて、148位としています。
こうした状況を踏まえて、「50年不変」とされた「一国二制度」は、半分の期間で形骸化したとも指摘されており、いまや制度の理想は失われたに等しいと言わざるを得ません。

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【さらなる統制強化か】
また、今後のさらなる統制強化を予感させるのが、新たに香港トップの行政長官に就任した李家超氏の存在です。
行政長官としては初めての警察出身で、香港政府で、抗議活動の取り締まりやメディアへの締め付けを主導してきた人物として知られています。
中国の国営メディアによりますと、香港滞在中、習主席が就任したばかりの李行政長官と面会して期待を示すと、李長官は「どうぞご安心ください」と応じたということです。
李長官は、香港国家安全維持法をさらに強化するような香港独自の条例の制定に取り組むとしていて、統制をますます強めていくことになりそうです。

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【習主席の香港訪問の狙いは】
ところで、今回の香港訪問は、習主席にとっては、新型コロナウイルスの感染拡大後、およそ2年半ぶりとなる中国本土以外への訪問でした。
式典に出席する香港側の関係者たちは、感染対策として事前の隔離措置が求められ、習主席も宿泊の際は、いったん香港を離れ、隣接する中国南部・深圳で宿泊。
香港では感染が急拡大していただけに、中国政府、香港政府、ともに細心の注意を払っていたことがうかがえます。

なぜ習主席はそこまでして香港への訪問を実現させたのでしょうか。
私は、訪問の狙いは主に2つあったとみています。
1つは、自らの政治手腕のアピールです。
ことし秋の開催とみられる5年に1度の共産党大会で、党トップとして異例の続投をにらむ習主席としては、香港の混乱を収束させたことを実績として、党内に誇示したい思惑があったとみられます。

そして、もう1つが台湾統一へのアピールです。
演説で習主席は、香港がかつてイギリスに割譲・租借されていた歴史を「屈辱」という言葉を用いて表現しました。
領土をめぐる歴史を取り上げることで、共産党が悲願とする台湾統一への意欲をにじませたのです。

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【「一国二制度」と台湾】
そもそも、「一国二制度」は、中国共産党が台湾統一を念頭に置いて編み出したものです。
政治体制が異なっていても、高度な自治を認めることで、台湾側が受け入れやすい環境を整える狙いがありました。
では、習近平指導部の香港に対する姿勢を、台湾側はどう受け止めてきたのでしょうか。
3年前の香港の抗議活動が次々とおさえ込まれる様子は、台湾の人たちにも衝撃をもって受け止められ、「きょうの香港は、あすの台湾」といった危機感が広がりました。
こうした危機感は2020年の蔡英文総統再選の追い風となったと指摘されています。
中国が、独立志向が強いとみなして警戒する民進党政権を勢いづかせ、逆効果となってしまったのです。香港の統制を強めれば強めるほど、台湾の警戒感は高まり、中国側が訴える「平和的な統一」からは遠ざかるというジレンマが生じているように見えます。

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【台湾への圧力強める習指導部】
習近平指導部は現在、蔡英文政権との対話を停止しています。
意思の疎通が十分に図れない中、むしろ圧力を強化する方向へと傾いているようです。
このところ相次ぐ中国軍機による台湾の防空識別圏への進入や、台湾産の農水産物の輸入差し止めなどはその一環と考えられています。
こうした中、先月には注目すべき動きがありました。
中国の3隻目の空母が進水したのです。
国産としては2隻目となるこの空母は、中国の省の地名にちなんで「福建」と名付けられました。
福建省は海を隔てて台湾と向き合い、歴史的にも台湾とつながりの深い土地です。
習主席も長年、この土地で幹部としての経験を積んできたことで知られています。
空母は台湾有事の際にも重要な役割を果たすとみられますが、その空母に台湾とのつながりを連想させる名前をつけたことも、台湾への圧力だという見方もあります。
ただ、台湾に対する圧力の強化は、この地域に強い関心を持つアメリカの神経も逆なでしています。

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バイデン大統領は、ことし5月、台湾防衛のために軍事的に関与する用意があるかと質問された際、「ある。それがわれわれの決意だ」と明言し、中国は強く反発しました。
また、バイデン政権は、台湾に対する武器の売却などを通じて、台湾への関与を続ける姿勢を示しています。
アメリカと台湾は今後、中国をにらみながら安全保障面での連携を加速させていくとみられます。
国際社会はいま、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻をきっかけに、力による一方的な現状変更に対する懸念を強めています。これまで私たちがみてきた香港の「一国二制度」の形骸化について、中国はあくまで「内政問題だ」として批判を受け付けようとしませんが、国際社会から注がれる厳しい視線に、中国は真摯に向き合う必要があると思います。

(宮内 篤志 解説委員)


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