NHK 解説委員室

これまでの解説記事

原発事故で13兆円賠償命令 判決の意味は

山形 晶  解説委員

福島第一原発の事故をめぐる裁判で、東京地方裁判所は、東京電力が事故後に支払ってきた費用など13兆円を会社の損害と認め、元会長ら4人が個人として会社に賠償するよう命じる判決を言い渡しました。
個人が払えるような額ではありませんが、裁判の目的は、賠償というよりも、事故の責任の所在を司法の場で明らかにすることでした。
判決の意味と影響を考えます。

j220713_01.jpg

はじめに、裁判の位置づけです。
今回は、「株主代表訴訟」と呼ばれる裁判です。

j220713_02.jpg

訴えを起こしたのは、原発事故の責任を追及している人たちです。
東京電力の株を持っているため、株主として裁判を起こしました。
訴えられたのは、東京電力の勝俣恒久元会長など当時の経営陣5人です。
原発事故によって東京電力はさまざまな費用を負担することになりました。
その費用を会社が負担して終わりにするのではなく、当時の経営陣が個人として賠償すべきだ、というのが今回の裁判です。
株主が会社の代わりに裁判を起こして会社に賠償するよう求める形なので、「株主代表訴訟」と呼ばれています。
少し詳しく説明します。
「原子力損害賠償法」という法律では、原発事故が起きた場合、その事業者、つまり会社が損害を受けた人に対して賠償責任を負うと定められています。
一方で、経営陣は個人として賠償責任を負わないことになっています。
このため、これまでの民事裁判では、当時の経営陣の責任については判断されてきませんでした。
つまり、裁判では、責任の所在が明らかにされてこなかったのです。
先月(6月)、最高裁は、別の集団訴訟の判決で、国は賠償責任を負わないと判断しましたが、東電の責任に直接触れることはありませんでした。
その責任の所在を明らかにするのが今回の裁判の目的です。
先ほど、経営陣は損害を受けた人に対して賠償責任を負わないと説明しましたが、「会社法」の規定では、経営陣は、職務を怠って会社に損害を負わせた場合、会社に対して賠償責任を負うことになっています。
そして会社が賠償を求めない場合は、株主が代わりに裁判を起こせます。
東京電力は、当時の経営陣に賠償を求めなかったので、株主がこの仕組みを使って裁判を起こしました。
株主は、5人に対して、東京電力が原発事故で支払ってきた費用など22兆円を東京電力に支払うよう求めました。

審理は9年あまりにわたりました。

j220713_03.jpg

ポイントは、原発事故の3年前、2008年に、東京電力の内部で、原発の敷地が浸水するような「高さ15.7メートルの津波が来る可能性がある」という試算がまとまっていたことです。
原発の安全性に関わるものであれば、経営陣は、当然、対処する義務を負います。
その職務を果たしていたのか?という点が争われました。
試算のもとになったのは、原発事故の9年前、2002年に国の「地震調査研究推進本部」が公表した、「長期評価」と呼ばれる地震の規模や確率の予測です。
「福島沖を含む日本海溝沿いの領域では、どこでも、マグニチュード8クラスの地震が30年以内に20%程度の確率で発生する」という内容でした。
原告の株主は、「長期評価は信頼に値するもので、対策を取らなかったのは経営者としての義務に違反する」と主張しました。
これに対して被告側は「そもそも「長期評価」には専門家の間で異論があり、信頼性が高くなかった」と反論しました。

それでは、裁判所はどう判断したのでしょうか。

j220713_04.jpg

東京地裁は、まず、「長期評価」は、実績のある専門家によって承認された、相応に信頼性のある科学的知見だと判断しました。
そして5人には対策を取る義務があったのに、それを怠っていたと認めました。
さらに、「求められる安全意識と責任感が根本的に欠如していたと言わざるを得ない」と厳しく指摘しました。
原発を運転する事業者の責任を重く見た判断です。
問題は、想定に基づいて対策を取っていたとしても、結果的に事故を防ぐことができなかったのではないか、という点です。
先月の判決で、最高裁は、この点を重視して、国が東京電力に対策を取らせていたとしても、事故は避けられなかったと判断していました。
しかし東京地裁は、東京電力が適切な対応を始めていれば、事故は避けられた可能性が十分にあったと判断しました。
具体的には、原発施設の扉などの「水密化」を実施していれば、事故の原因となった設備内への浸水を防ぐことができた可能性があると結論づけました。
先月の最高裁とは異なる判断ですが、国と東京電力という立場の違いや、法廷で証言した専門家の顔ぶれの違い、裁判官が原発の状況を現場で確認したといった審理内容の違いがあります。
東京地裁は、水密化は2年ほどで工事を終えることができたとして、2009年までに津波の可能性について説明を受けた元会長ら4人に賠償を命じました。
2010年に就任した元常務については、時間的に対応が不可能だったとして、賠償を命じませんでした。
損害として認めたのは、福島第一原発の廃炉費用として1兆円あまり、事故で避難した人などへの賠償として7兆円あまり、除染の費用などとして4兆円あまり、あわせて13兆円あまりです。
日本では過去最高額の賠償命令とみられます。
とても個人が払えるような額ではありませんが、原告にとっては、責任の所在を明らかにするという目的を果たした形です。
判決について、5人は「コメントは控える」などとしています。

実は、ほぼ同じ論点で争われた裁判が1つだけあります。
5人のうち勝俣元会長、武黒元副社長、武藤元副社長の3人が業務上過失致死傷の罪に問われた刑事裁判です。
検察は3人を不起訴にしましたが、市民グループが検察審査会に不服を申し立て、その議決によって裁判が開かれました。
1審の東京地裁は「長期評価」の信頼性に疑問を投げかけ、3人に無罪を言い渡し、2審の東京高裁は来年1月に判決を言い渡す予定です。
一般的に、裁判所が刑事責任を前提とするか、民事上の責任を前提とするかで、結論が異なる場合があります。
今回も争点はほぼ同じですが、結果として判断が分かれました。
4人が控訴すれば、こちらも2審の東京高裁で争われることになります。
今後の判断に注目したいと思います。

最後に、今回の判決の意味と影響を考えます。

j220713_05.jpg

1つ言えるのは、原発事業者の経営陣は、巨額の賠償責任を負うというリスクが現実味を帯びたということです。
では、原発の運転には影響するのでしょうか。
福島第一原発の事故の後、その反省を踏まえて原子力規制委員会が設置され、原発に対する規制の基準も厳しく見直されました。
今、原発の再稼働が進んでいない一因には、原子力規制委員会が厳格な審査を行っていることがあります。
今回の判決は、原発の存在そのものを否定したり、規制のあり方を否定したりするものではありません。
今後の原子力政策に直接影響を与えることはないとみられますが、この判決が確定した場合、経営陣は、事故を起こせば巨額の賠償責任を負うという覚悟を求められることになります。
これを不当なプレッシャーだと受け止める向きもあるかもしれません。
ただ、司法が、9年あまりもかけて審理した結果、福島第一原発の事故を、防ぐことができた「人災」だったと判断したことは、重く受け止めるべきだと思います。

j220713_06.jpg

最近では、電力の受給がひっ迫し、原発の速やかな再稼働を求める声が上がっています。
その主張にも十分な理由があると思いますが、経営陣の責任が軽くなるわけではありません。
今後のエネルギー政策はどうあるべきか、今回の判決をきっかけに、さらに議論が深まることを期待したいと思います。

(山形 晶 解説委員)

関連記事