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英ジョンソン首相辞任へ 国際社会への影響は

二村 伸  解説委員

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イギリスのジョンソン首相が辞任を表明しました。「世界で最も素晴らしい仕事を諦めるのは悲しい」。7月7日、ダウニング街10番地の首相官邸前で行われた会見は、任期途中で辞任することへの無念な思いが滲み出ていました。国民投票でEU・ヨーロッパ連合からの離脱を選択してから6年、そのけん引役だった首相は国民の信頼を失い、閣僚の相次ぐ離反により不本意ながら身を引くことを決断しました。終わりの見えないロシアのウクライナ侵攻と新型コロナによる経済の落ち込み、物価の高騰など課題が山積する中でイギリスはどこへ向かうのでしょうか。ジョンソン首相の辞任表明の背景と次期政権の見通し、それに日本を含む国際社会への影響と課題について考えます。

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ジョンソン首相は、2016年に行われたEU離脱の是非を問う国民投票で離脱派を率いて勝利し、19年、離脱交渉をめぐる混乱により任期途中で辞任したメイ氏の後任の首相に就任。この年の総選挙で与党を大勝に導きました。EU離脱後は独自の外交を展開し、ロシアに侵攻されたウクライナへの支援にいち早く乗り出しました。G7首脳の中で最初に戦時下のキーウを訪れゼレンスキー大統領と会談するなど実行力を発揮しました。同時にインド太平洋地域にも高い関心を示し、中国の脅威に対抗するため日本との関係を強化するなど積極的な外交を展開しイギリスの存在感を高めました。

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一方で、コロナ禍のロックダウン中に国民に自粛を求めながら自らは首相官邸などで開かれたパーティーにたびたび参加し、国民の強い反発を招きました。
高い人気を誇っていた首相ですが、急坂を転がり落ちるように一気に支持を失い、世論調査で辞任を望むと答えた人は先月末、60%をこえました。また、与党・保守党議員による投票では不信任を免れたものの4割をこえる議員が不信任票を投じ、首相の求心力の低下を印象付けました。

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物価の高騰も追い打ちをかけました。ロシアのウクライナ侵攻後、電気や食料価格が高騰し、5月の消費者物価指数は1年前より9.1%上昇、40年ぶりの高水準となりました。国民の不満が強まり、鉄道などの大規模なストライキが行われました。
とどめをさしたのが保守党幹部の性的スキャンダルです。首相は「知らなかった」として任命責任を否定しましたが、その後過去にも報告を受けていたことが明らかになり、今月5日、首相は誤りを認めて謝罪しました。二転三転した首相の発言に党内の批判が高まり、政権を支えてきたスナク財務相とジャビド保健相の主要閣僚が辞任、それをきっかけに閣僚や政府高官ら60人近くが次々と辞意を表明しました。新たに任命したばかりの閣僚からも辞任を要求され、首相の信頼は失墜しました。「沈みかけた船から逃げ出すネズミのようだ」野党労働党のスターマー党首の言葉がまさに今のジョンソン政権を形容しています。

7日の辞任会見はわずか7分間でした。首相は、「EU離脱を実現させ、新型コロナウイルスのワクチン接種をヨーロッパで最初に始め、最初にロックダウンを終わらせた。ロシアのウクライナ侵攻に対して立ち上がりヨーロッパを主導した」と3年間の実績を「偉業」と強調する一方で、一連の不祥事についての言及はありませんでした。3年前、ジョンソン首相就任にあたってこの番組で、「幅広く国民の声に耳を傾け、議会との信頼関係を築かなければ前政権の失敗を繰り返すことになる」と話しましたが、まさに党内の声、国民の声に耳を傾けず、法律や規則を軽んじたことが任期半ばの辞任を迫られた要因だと思います。

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では、ジョンソン首相に代わって誰がイギリスのかじ取り役を担うのでしょうか。
イギリスでは最大政党の党首がエリザベス女王の任命により首相に就任する仕組みで、後任の首相は与党保守党の新しい党首が就任することになります。党首選の立候補は12日、まもなく締め切られますが、これまでに11人が名乗りを上げています。
▼いち早く立候補する考えを表明したのが5日ジョンソン政権に見切りをつけたスナク前財務相です。インド系移民の出身であるスナク氏はアメリカの金融大手を経て政界に入りおととし39歳の若さで財務相に就任しました。▼パキスタン移民を両親にもち金融業界から政界に入ったジャビド前保健相、▼メイ政権下でイギリス史上初めて女性の国防相となったモーダント通商政策担当相、▼EU離脱交渉や日本との経済連携協定締結を担当したトラス外相、▼日本で英語教師を務めた経験があり、3年前の党首選で決選投票まで進んだハント元外相も名乗りを上げていますが、党首選には下院議員20人の推薦が必要です。
イギリスのブックメーカーの予想では、スナク前財務相が他の候補を大きく引き離していますが、どの候補もジョンソン首相のようなカリスマ性はなく予断を許しません。

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党首選は13日に保守党下院議員によって1回目の投票が行われ、5%にあたる18票を得られなかった候補が除外され、14日の2回目の投票では36票を得られなかった候補が落選、その後は最も投票数が少なかった候補が除外され、議会が夏休みに入る前の21日までに候補を2人に絞ります。最後は保守党の全党員、およそ16万人による郵便などの投票が行われ、9月5日に新しい党首が発表されます。ジョンソン首相はそれまで続投する意向を示していますが、今すぐ退陣すべきだとの声も上がっています。

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次にジョンソン首相の辞任が国際社会に与える影響と今後の課題を考えます。ジョンソン首相は欧米諸国の中でもとりわけロシアに厳しい姿勢をとり、ウクライナ支援の主導的な役割を果たしてきました。ゼレンスキー大統領の信頼も厚いだけに辞任は今後のウクライナ情勢に少なからぬ影響を与える可能性があり、政治の空白が生じるようなことがあれば、ロシアと中国の拡張主義・専制主義に対する民主主義陣営の結束が揺らぎかねません。それだけに円滑な政権移行が望まれます。
フランスやドイツをはじめEUの国々は、離脱を強硬に推し進め、その後も離脱協定を一方的に修正しようとするジョンソン首相の強引な手法を冷ややかに見てきました。イギリスの国内事情にこれ以上振り回されるのはごめんだといった声も各方面から聞かれます。ジョンソン政権の失敗を繰り返さずEUとの信頼関係を築くことが次期政権の重要な課題です。
また、今の政治の混乱はジョンソン首相自身の資質によるところが大きいとはいえ、前任のメイ政権時代にもEU離脱をめぐって迷走を続けたようにイギリスの民主主義は危機に瀕していると言われます。新しい時代に対応するために旧態依然とした政治システムと一握りの特権階級による支配体制にメスを入れる必要があると専門家は指摘しています。ロシアのウクライナ侵攻と世界的な食料・エネルギーの危機に対処するためには欧米と日本の結束をより強固なものにすることが重要です。そのためにも国民の政治への信頼を取り戻し、政治の空白と混乱を避けるための努力がイギリスに求められます。

(二村 伸 解説委員)

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