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安倍元首相銃撃され亡くなる 広がる衝撃

伊藤 雅之  解説委員 山形 晶  解説委員

安倍元総理大臣が、奈良市で銃撃され亡くなりました。参議院選挙の街頭演説中の事件に大きな衝撃が広がりました。
民主主義の根幹を揺るがす断じて許されない事件について考えます。

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【事件が起きた状況】
現時点(9日午前0時)でわかっている事件の状況です。
事件が起きたのは、8日午前11時半ごろ。
奈良市で参議院選挙の応援演説をしていた安倍元総理大臣が、背後から、手製のものとみられる銃で撃たれました。

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場所は近鉄の大和西大寺駅の北口のロータリーです。
自民党奈良県連によると、安倍元総理大臣は午前11時19分ごろに現場に到着し、午前11時29分ごろから応援演説を始めました。
その直後の午前11時半ごろに発砲があったということです。
現地で取材していたNHKの記者によると銃声のような音が2回聞こえたといいます。
安倍元総理大臣は心肺停止の状態で搬送され、奈良県橿原市内の病院で治療を受けましたが、亡くなりました。
日本の総理大臣経験者が襲撃され、亡くなったのは、戦後、例がありません。
警察は、奈良市に住む山上徹也容疑者(41)をその場で逮捕しました。
発砲当時、現場近くにいた人によると、逃げる様子もなく、その場にとどまっていました。
防衛省関係者によると、容疑者は、2002年から2005年までの3年間、海上自衛隊で勤務していたということです。
警察によりますと、調べに対し容疑を認めたうえで、「特定の団体にうらみがあり、安倍元総理大臣がこれとつながりがあると思い込んで犯行に及んだ。元総理の政治信条へのうらみではない」と供述しているということです。
また、安倍元総理大臣が奈良県を訪れることについては「自宅などでホームページを見て把握した」と供述しているということです。
今後の捜査では、まずは詳しい動機の解明が焦点となります。

【安倍政権 分かれる評価】
事件の動機や背景は、はっきりしませんが、暴力で命を奪うことは、あってはなりません。

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安倍元総理は、おととし総理大臣を辞任しました。総理大臣としての連続の在任期間は、7年8か月。佐藤栄作元総理を抜き歴代最長で、この間、衆参合わせて6回の国政選挙で勝利し、「1強」ともいわれる政治情勢が続きました。
「経済再生」を最優先に「アベノミクス」を推進し、経済の回復と雇用情勢の改善に取り組みました。また、「地球儀を俯瞰する外交」を掲げ、長期政権の経験や人脈を生かし、国際社会で存在感を示すとともに、安全保障の分野では、集団的自衛権の行使を限定的に容認する閣議決定をしたうえで、国会で賛成と反対が激しく対立する中で、安全保障関連法を成立させ、戦後日本の安全保障政策は、大きく転換しました。
一方で、安倍元総理は、森友学園をめぐる財務省の決裁文書の改ざん問題や加計学園の問題、さらに「桜を見る会」の対応などについて、野党から、「長期政権のおごりやゆるみのあらわれだ」と批判を受けてきました。安倍元総理の在任中の実績をどう評価するかは、今なお、各党で意見が分かれていました。

【参院選でも論点・争点に】

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さらに、安倍元総理は、今回の参議院選挙でも、注目度を高めていました。
去年秋には自民党の出身派閥に復帰。党内最大派閥の「安倍派」の会長に就任して、政界での影響力と存在感を示してきました。
参議院選挙では、経済政策をめぐり、異次元の金融緩和の是非を含めて「アベノミクス」を継続するかどうか、その評価が論点となっています。
また、安全保障政策で、安倍元総理は、防衛費をGDP・国内総生産の2%を念頭に増額し、来年度予算では少なくとも6兆円程度を確保すべきと主張しました。GDPの2%は、自民党の公約にも、念頭に置く数字として盛り込まれ、防衛費をどう扱うかは、今回の参議院選挙でも大きな争点となってきました。
政治家が論戦を展開し、有権者が意思を表明できる参議院選挙の最終盤に、こうした事件が起きたことに、改めて強い憤りを感じます。

【過去の事件と銃などの規制】
政治家が狙われる事件は、過去にもたびたび起きています。

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平成2年には当時の本島等・長崎市長が右翼団体の男に拳銃で撃たれて大けがをしました。
平成4年には当時の金丸信・自民党副総裁が栃木県内で講演を終えた際に右翼団体の男に拳銃を発射されました。
平成6年には細川護煕・元総理大臣が東京・新宿区のホテルで右翼団体の元メンバーに拳銃を発射されました。この2件は、けがはありませんでした。
一方で、命を奪われる事件も起きています。
平成14年には民主党の石井紘基衆議院議員が東京・世田谷区の自宅前で右翼団体の男に刃物で胸を刺され死亡しました。
平成19年には当時の伊藤一長・長崎市長が暴力団員に拳銃で撃たれて死亡しました。
動機はさまざまですが、このほかにも、政治家が狙われる事件が繰り返されています。
そして、多くの事件では、銃が使われました。
その問題について考えなければなりません。
日本では銃の所持は原則として禁止されていますが、エアガンや猟銃などを使った凶悪な事件が繰り返し起きています。
そのたびに法律を改正して規制を強化してきました。

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平成18年には、改造エアガンを使った事件が相次いだことを受けて、人にけがをさせるおそれがある威力の強いエアガンを「準空気銃」として所持することを禁止しました。
平成20年には、前の年に長崎県で起きた散弾銃の乱射事件を受けて銃刀法が改正され、猟銃の所持を禁じる対象を、それまでの「薬物中毒などの人物」に加え、ストーカー行為や、夫婦間の暴力で裁判所から警告などを受けた人物にも広げました。
そして、洋式の弓・ボーガンを使った殺傷事件が相次いだことを受けて、去年、銃刀法が改正され、威力の強いボーガンについては原則として所持を禁止し、競技などで使用する場合も猟銃などと同じように都道府県の公安委員会の許可が必要になりました。
ただ、今回使われたのは手製の銃だとみられます。
まずは、容疑者がどのように銃を作ったのかといった点を解明する必要があります。
その上で、規制の方法が議論になる可能性もありますが、身の回りにあるものを使って銃を作るのを防ぐのは難しいという見方もあります。
いずれにしても、規制だけで解決する問題ではありません。
こころよく思わない人物を暴力によって排除するという、その行為じたいが許されるものではありません。
詳しい動機は明らかになっていませんが、選挙のさなかに政治家を狙う行為は、民主主義の根幹を脅かす行為でもあります。
暴力は決して許されないということを、私たちは改めて胸に刻む必要があると思います。

与野党各党は、安倍元総理の死を悼むとともに、「民主主義に対する冒とくであり、言論を暴力で封じることは、断じて許されない」などと訴えています。
政治家は、聴衆に背を向けることはできません。自由で公正な選挙を守り、今回の事件が言論を委縮させることがあってはなりません。
また、暴力が許されないのはもちろんのこと、格差や分断が指摘される今の社会で、意見が違い、対立する相手に対して、SNSなどを使って、激しい言葉で攻撃、誹謗中傷するようなことを容認する風潮は広がっていないでしょうか。深刻な事件を踏まえて、いま改めて、自由な議論、民主主義の大切さを確認したいと考えます。

(伊藤 雅之 解説委員/山形 晶 解説委員)

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