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NATO新戦略がめざすもの

髙橋 祐介  解説委員

ロシアによるウクライナ侵攻が、ヨーロッパの安全保障に大きな転換をもたらしました。NATO=北大西洋条約機構の首脳会議は、北欧2か国の新たな加盟を受け入れ、同盟国の結束を再確認するとともに、防衛力と抑止力の大幅な強化で合意。ロシアや中国への対抗姿勢を鮮明にしています。首脳会議の成果と今後の課題を考えます。

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NATOの「マドリード首脳宣言」に盛り込まれた主な合意がこちらです。

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▼まず北欧2か国の新規加盟に向けた手続きを正式に開始。すべての加盟国での批准を経て、スウェーデンとフィンランドの加盟が実現する運びとなりました。
▼次に東ヨーロッパでNATOの戦力増強。ロシアの脅威にさらされている加盟国に対し、アメリカは、ポーランドに司令部を常設するなど、独自の防衛強化策も発表しています。
▼ロシア軍の侵攻が長期化しているウクライナに対し包括的な支援策でも合意しました。
▼さらに、NATOの行動指針となる「戦略概念」と呼ばれる文書を12年ぶりに改定し、新たに採択された「戦略概念」は、中ロ両国への対抗姿勢を鮮明にしています。

では、順番に合意の中身を見て参りましょう。

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スウェーデンとフィンランドの加盟が実現すれば、NATO加盟国は32か国になります。
北欧2か国は、軍事同盟を結ばない「中立」の立場を東西冷戦期から貫いてきましたが、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、NATOに加盟を求める世論が急速に高まり、加盟国の中で唯一、クルド人武装組織への対応を理由に難色を示したトルコが、加盟支持に転じたことで、すべての加盟国による承認がほぼ確実になりました。

ロシアはウクライナに侵攻した理由の一つに、NATOの拡大阻止を主張していましたが、結果として自らの行動が、NATO拡大を実現させることになりそうです。
フィンランドの加盟が実現すれば、ロシアとNATO加盟国が接する国境線の長さは2倍近くに伸びます。スウェーデンの軍事力がNATOに加わると、バルト海周辺で抑止力が強化、バルト海に面したロシア領の飛び地カリーニングラードは、NATO加盟国に囲まれることになります。
プーチン大統領は、この2か国にNAT0の部隊や軍事施設が新たに配置されることがないよう強くけん制していますが、両国は今のところ、そうした可能性を否定しています。

ただ、NATOにとって、ロシアと直接向き合う国々の防衛態勢の強化は喫緊の課題です。そのため、来年以降、危機に備えた「即応部隊」を従来の4万人から30万人以上の規模まで大幅に増強する方針です。ほとんどは、前線には常駐せず、自国内にとどまる見通しですが、アメリカは、ポーランドに初めて陸軍司令部を常設し、またバルト3国やルーマニアにも部隊を巡回させるなど、ヨーロッパに10万人規模の兵力を維持するとしています。これは、ロシアによるウクライナ侵攻前よりも、およそ2万人多い兵力です。
さらに、スペインに海軍の駆逐艦2隻、イギリスに最新鋭のステルス戦闘機F35の2個飛行隊を追加配備するほか、ドイツやイタリアで防空能力も強化するとしています。

NATOが防衛態勢の強化を急いでいるのは、プーチン大統領が同盟国のベラルーシに核弾頭も搭載可能な短距離弾道ミサイルを配備すると発言するなど、ロシアによる新たな侵略に懸念が拭えないからです。
一部の加盟国には、将来アメリカが、NATOを「時代遅れの同盟」と呼んで協力に消極的だったトランプ前大統領のような人物に政権交代したら、こうした防衛態勢も再び見直しを余儀なくされかねない、そんな心配もあるようです。

NATOの加盟国ではないウクライナへの支援をめぐって、加盟国の間で財政負担が火種となる兆しも出ています。

現に、ウクライナのゼレンスキー大統領は、今回の首脳会議で、オンラインで演説し、NATOが最新のミサイルなどの兵器を早急に供与するとともに、資金援助についても、月50億ドル、日本円でおよそ6,800億円という具体的な金額を示して提供を求めました。

いま多くの国が、コロナ禍や激しいインフレ対策で、財政余力に乏しく、国防費の捻出に課題を抱えています。このため、ウクライナによる自衛のための戦いを、NATOがどこまで軍事的・経済的に支え続けられるかが問われています。

では、NATOはこのウクライナ危機を機に、中長期的に何をめざすのか?首脳会議では、今後10年のNATOの行動指針となる新たな「戦略概念」が採択されました。

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NATOは1997年、「互いを敵とは看做さない」とする議定書をロシアと締結し、2010年、まだロシアによるクリミア併合前に採択された前回の「戦略概念」では、ロシアを「戦略的パートナー」としていました。しかし今回は「もっとも重大かつ直接の脅威」として、表現を180度、転換させました。

一方、中国について、前回はまったく触れませんでしたが、今回は初めて言及し、中国は、NATOにとって「体制上の挑戦」を突き付けていると明記しました。
「中ロ両国は、ルールに基づく秩序を破壊しようとしている」そのことが「NATOの価値と利益に反している」と言うのです。

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そうした対抗姿勢の背景にあるのは、米中対立です。バイデン大統領は、「民主主義vs. 専制主義」という図式で、中国をアメリカの「最も手強い競争相手」と位置づけます。

習近平国家主席は「軍事同盟を拡大し、他国の安全を犠牲に自国の安全を図れば、必ず安全保障は苦境に陥る」と述べ、NATOの東方拡大がロシアの安全保障に脅威をもたらしたとするプーチン氏の主張を支持する考えを示しました。中国は、ブラジル、ロシア、インド、南アフリカの、いわゆるBRICSのほか、BRICSに加盟を申請しているイランやアルゼンチンなどとも連携を強化して対抗する構えです。

これに対して、アメリカ側は、中国とロシアの軍事的な連携強化を特に警戒しています。NATOはもちろんアジア太平洋地域で他の同盟国とも連携を強化して対抗する構えです。日本と韓国、オーストラリアとニュージーランドの首脳が今回、拡大会合に初めて招かれたのもその一環です。

とりわけ、サイバーや宇宙空間、先端技術など、新たな領域に、NATOの「戦略概念」は力を入れています。
中国は、アメリカの同盟諸国が中国包囲網を築くことを強く警戒していますが、NATOは「中国を敵と決めつけたわけではない」として、協力可能な分野では建設的な対話に前向きです。一方で、厳しく対立しているからこそ、むしろ対話が必要な分野もあります。

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たとえば、核兵器です。こちらは、スウェーデンのストックホルム国際平和研究所が今年1月時点で推定した世界各国が保有する核弾頭数です。
米ロ両国が全体の90%近くを占めていますが、中国も急ピッチで核戦力の増強を図っているとみられています。そうした現状で中ロが軍事的な連携を強化したら、核の抑止力の均衡が崩れ、軍拡競争が起きかねないと心配されています。米ロはもちろん、中国を含めた3か国が対話を絶やさず、核軍縮への道を閉ざさないことが重要です。

NATOは「一国への攻撃は加盟国全体への攻撃と看做す」。そうした集団的自衛権の行使によって平和と安定を維持することを目的にした軍事同盟です。アメリカとヨーロッパ各国との軋轢から機能不全に陥り、フランスのマクロン大統領が「NATOは脳死状態」と評したのは、つい3年前のことでした。いまNATOは、ロシアによるウクライナ侵攻によって、ようやく結束を取り戻したようです。そうした同盟の力で、第二次世界大戦以降のヨーロッパ最大の安全保障上の危機を乗り切れるかが問われています。

(髙橋祐介 解説委員)

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