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福島第一原発事故で国の責任認めず 最高裁判決をどう見る?

山形 晶  解説委員 水野 倫之  解説委員

11年前、世界を震撼させた福島第一原発の事故は、防ぐことができた「人災」だったのか?
最高裁判所は、津波の規模は予測よりはるかに大きく、事故は避けられなかった可能性が高いとして、国に責任を負わせることはできないと判断しました。
最高裁が、原発事故の責任について判断を示したのは初めてです。
その理由と今後の影響について、司法担当の山形と原子力担当の水野が解説します。

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【水野】
原発は、国がその利用の方針を定め、大手電力がその方針に従って運営する「国策民営」で推進されてきました。
その原発で事故が起き、福島ではいまだ3万人が避難を強いられています。それだけに被災者の中には、国に責任はないという今回の判断に、納得できないと感じている人もいるかと思います。

【山形】
最高裁は、なぜ最高裁が国の責任を認めなかったのか?
まずは事故と裁判の経緯です。

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11年前の3月11日に起きた福島第一原発の事故は、巨大な津波によって設備が浸水して電源が失われ、炉心を冷却できなくなったことによって起きました。
ふるさとからの避難を迫られた住民は、電力会社を監督する立場の国が、事故を防ぐために必要な規制を怠っていた責任があるとして、裁判を起こしました。
住民が起こした裁判では、東京電力が行っている賠償の額が不十分だとするものもあり、一部は確定していますが、この裁判では事故の責任が正面から争われました。
ポイントは「巨大な津波は想定外だったのか?」。
想定すべきだったのに見過ごしたのであれば、当然、責任が生じます。
実は、事故の9年前、2002年に国の「地震調査研究推進本部」は、「長期評価」と呼ばれる地震の規模や確率の予測の中で、こう指摘していました。
「福島沖を含む日本海溝沿いの領域では、どこでも、マグニチュード8.2前後の地震が30年以内に20%程度の確率で発生する」

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国は、「長期評価に対しては、当時、地震や津波の専門家の間で懐疑的な見解があった」として、信頼性が低かったと主張しました。
最高裁は、信頼性には触れなかったものの、国が対応していれば、長期評価で想定される津波を防げるような防潮堤が作られた可能性は高いと指摘しました。
問題は、想定の内容でした。
長期評価の想定はマグニチュード8.2前後。津波の方角は原発の南東側からになります。
実際に起きた地震はマグニチュード9.1。南東以外の方角からも津波が押し寄せました。
対策を取っていたとしても、事故の防止につながったのか?という問題です。

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最高裁はこの違いを重視して、原告の訴えを退けました。
「現実に発生した地震ははるかに規模が大きく、方角も異なっていた」と指摘し、「国が東京電力に防潮堤を作らせていたとしても、大量の海水が浸入し、同じような事故が起きた可能性は相当にあった」と結論づけました。
原告は、「防潮堤の建設に加えて、重要な設備に水が入らないように扉などを『水密化』しておけば事故は防げた」という主張もしていました。
2審の高裁も、4つのうち3つが国の責任を認め、防潮堤と「水密化」によって事故を防げたと指摘していました。
しかし、最高裁はこの点も認めませんでした。
当時は、防潮堤が津波対策の基本とされていて、「水密化」のように敷地が浸水することを前提とした対策が採用されていた実績はうかがわれない、という理由です。
ただ、裁判官4人のうちの1人は「防潮堤と水密化で事故を回避できた可能性が高い」として国に責任があったという反対意見を示しました。

【水野】
判決は仮に対策をしていても、同じような事故は避けられなかったとしています。

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ただ東電は長期評価をもとに15mを超える津波を試算しています。国も東電に指示し15mを超える防潮堤があれば、想定以外の方角からの浸水は避けられなかったにしてもその規模は小さくなって現場での冷却作業もより早くでき、放射性物質は放出されたとしてもその範囲も小さく、住民への影響を抑えることができた可能性もあります。
また今回4人の裁判官のうち1人が、建屋の「水密化」もしていれば事故は防げたと反対意見を述べている点ですが、
当時は津波対策と言えば防潮堤に主眼が置かれ、水密化の議論は後回しにされてきました。ただ国や東電が長期評価をより重く受け止めて水密化まで議論が及び設置が進んでいれば事故の影響は抑えられた可能性もあるというわけで、こうした反対意見が出るほど今回は難しい判断だったと思われます。

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【山形】
原発事故の後、4つの事故調査委員会が設けられ、このうち、「国会事故調」は「安全対策を取らなかった国と東電による『人災』」と批判しました。
今回の最高裁の判決は、「国による人災」とは言えない、というものです。
判決が言い渡されたのは、福島、群馬、千葉、愛媛に住む人たちが中心に起こした裁判ですが、全国でおよそ30件にのぼる同様の集団訴訟の結論にも影響するとみられます。
一方で、東京電力の責任をめぐる裁判に影響するかどうかは今後の注目点です。
東京電力の責任をめぐっては、元会長ら3人が検察審査会の議決によって強制的に起訴された刑事裁判と、東京電力の株主が、旧経営陣に賠償を求めている株主代表訴訟があります。
この2つは、今回と争点が共通していますが、国と東京電力は、立場や責任の性質が異なります。
今後の裁判所の判断に注目したいと思います。

【水野】
今回事故の責任は国にはないとはしていますが、それはあくまで福島の事故についてであって、今後の原子力政策の責任とは別であることに留意しなければなりません。

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政府が原発推進の根拠としているエネルギー基本計画にも「いかなる事情よりも安全性をすべてに優先させ、国民の懸念の解消に全力を挙げる」とうたっています。
そして原発の安全については事故後に発足した原子力規制委員会が、より厳しくなった規制基準をもとにその権限を適切に行使し、確保していくことになっています。
ただ最近の原発の審査会合を見ていますと、電力会社が基準の猶予を探るような姿勢も垣間見えます。
例えば新基準で義務付けられたテロ対策施設について、期限に間に合わないことから電力会社がそろって設置の猶予を求めたこともありました。
この時規制委は猶予を認めませんでしたが、あと少しだけとか、ちょっと待ってほしいを繰り返して新基準の運用が電力会社の意向でかわるようであれば、原子力規制は事故前に戻ってしまい、原発の安全性の向上は実現しません。
規制委員会は、いつか来た道に戻ることなく、妥協を許さない安全規制を続けていくことを、判決を機にあらためて自覚してほしいと思います。

【山形】
今回の判決は、国に賠償責任があることは認めませんでしたが、一連の裁判では、国の指針に基づく賠償が十分なのか?という問題も浮かび上がりました。
避難を迫られた人たちへの賠償は東京電力が行っていて、その範囲や金額は国の審査会が作った「中間指針」に基づいています。
しかし一連の裁判では、「中間指針」で示された賠償を上回る水準の賠償を命じる判決が相次ぎ、最高裁もことし3月にそれらの判断を支持しました。
事故の影響が長期化する中で、過去に作られた「中間指針」が今の実態に合っているのか、見直しを議論すべきだと思います。
原発事故をめぐっては、いまだに多くの課題が残されたままです。
その重大さ、深刻さに、私たちは向き合い続ける必要があります。

(山形 晶 解説委員 / 水野 倫之 解説委員)

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