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ウクライナ情勢と世界の食糧危機 黒海の輸送ルートは

出川 展恒  解説委員 安間 英夫  解説委員

(出川=国際情勢担当)
ロシアによるウクライナ侵攻が始まって、すでに100日が過ぎましたが、依然として、停戦の見通しは立っていません。そして、この戦争の影響で、今後、世界的な規模で、深刻な食糧不足や食糧価格の高騰が起きることが懸念されます。
問題の現状と背景について、ロシア・旧ソビエト地域担当の安間委員と考えます。

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安間さん、ウクライナでの“戦争”が、なぜ、世界の食糧危機につながるのでしょうか。

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(安間=ロシア・旧ソビエト地域担当)
ロシアとウクライナは、世界有数の穀物輸出国です。ウクライナで戦闘が続いていることから、黒海を通る穀物の輸送ルートが遮断されているほか、ことし春の作付けも滞り、夏以降の収穫にも大きな影響が出る見通しです。
また、ロシアも輸出制限をしています。
トルコの仲介で、8日、双方の外相同士が協議したものの、明確な打開策を見出すことはできなかったようです。

(出川)
この戦争がもたらす食糧危機の問題は、今、世界的にクローズアップされています。
国連のグテーレス事務総長は、「このままでは、世界的な食糧不足に陥り、飢餓や飢きんが、何年も続くおそれがある」と強い危機感を示しました。

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(出川)
FAO=国連食糧農業機関は、穀物、植物油、乳製品など、主な食料品の国際取引価格をもとに割り出した「食料価格指数」を毎月発表しています。これが、ロシアのウクライナ侵攻後、急激に上昇し、3月は、159.7と、過去最高を記録。4月、5月も、ほぼ同じ水準で高止まりしています。1年前の同じ月と比較すると、およそ30ポイント上昇しています。

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(安間)
この食料価格指数ですが、実は、軍事侵攻の前、2020年の半ばから上昇しています。
その原因は、
▼新型コロナウイルスの感染拡大で流通が滞ったこと。
▼小麦の輸出大国であるアメリカやカナダで熱波による天候不順があったこと。
▼そこに来て、今回の軍事侵攻の影響で、ロシアとウクライナからの小麦の輸出が激減しました。小麦の輸出量は、世界1位のロシア、5位のウクライナで、世界のおよそ30%を占めます。
▼そして、ロシアのプーチン大統領による外交上の駆け引きが、問題を複雑にしました。
ロシアは、これまでも、自国への供給を優先させるため、小麦などの輸出を制限してきたうえ、今回、各国を友好国と非友好国に分類し、食糧を交渉カードに使おうとしています。

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今、とくに問題となっているのが、黒海を臨むウクライナ南部の都市オデーサやミコライウなどの港です。ウクライナが、小麦などの穀物を世界に輸出してきたのは、ほとんど、オデーサなどの港からの海上輸送でした。ところが、ロシア軍が沖合に艦艇を配置して港を事実上封鎖したため、輸出できなくなりました。
ウクライナのゼレンスキー大統領は、6日、2200万トンから2500万トンの穀物が、港の倉庫に留め置かれていると述べました。これは、日本での小麦の4年分の消費量に相当します。

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(出川)
ロシアが、オデーサの港を封鎖して、ウクライナの穀物輸出を妨害していると、ウクライナと欧米諸国が強く非難していますが、プーチン大統領は、これを否定していますね。

(安間)
はい、対立するウクライナと経済制裁を続ける欧米諸国に反論しています。
プーチン大統領は、「ロシアは安全な航路を確保し、船の安全な入港を保証する」と述べたうえで、「欧米は食糧の問題についてロシアに責任を負わせようとしている」と批判しました。さらに、プーチン大統領は、ドイツやフランスの首脳との電話会談で、ウクライナからの穀物輸出を再開させるのと引き換えに、制裁を解除するよう要求しました。
これこそが、食糧を、欧米から譲歩を引き出すための交渉カードに使っていることの何よりの証拠です。プーチン大統領は、これまで使ってきた燃料というカードとあわせて食糧についても戦略物資として交渉カードに使う構えです。

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(出川)
その結果、最も深刻な打撃を受けているのは、対立する欧米諸国ではなく、食糧を自給できず、貧困や紛争に苦しんできたアフリカの国々です。
エチオピア、スーダン、南スーダン、ソマリアなどが、とくに深刻な食糧不足に直面しています。アフリカ諸国は、自国で消費する小麦の多くを、ウクライナとロシアからの輸入に頼ってきました。ここ数年、洪水や干ばつ、バッタの大発生、新型コロナなどの影響で、食糧価格が高騰していたところに、ウクライナでの戦争が追い打ちをかけました。小麦でつくるパンの価格が、一気に5割上がった地域もあります。WFP=国連世界食糧計画は、今年、アフリカ全体で食糧不足に見舞われる人が、4000万人を超えるおそれもあると見ています。

(出川)
こうした中、AU=アフリカ連合の議長国である、セネガルのサル大統領が、3日、ロシアを訪れ、プーチン大統領と会談しました。サル大統領は、「アフリカ諸国は、ウクライナから離れているが、食糧危機で最も犠牲を出している。欧米諸国によるロシアへの制裁も、状況を悪化させている」と述べて、ウクライナとの間で停戦を実現し、食糧がアフリカ諸国に十分に届くようにしてほしいと訴えました。

安間さん、プーチン大統領は、これにどう答えましたか。

(安間)
プーチン大統領は、食糧危機の問題には直接言及しませんでしたが、かつて、欧米諸国がアフリカで植民地支配を行ったことを暗に批判しつつ、アフリカ諸国を支援してきたロシアの立場を強調しました。
サル大統領の訪問を受け入れたことで、ロシアが「国際的に孤立していない」という姿を、内外に示そうというねらいも読み取れます。

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(出川)
ロシアは、東西冷戦時代から、友好関係を結んでいたアフリカ諸国を、深刻な食糧危機に追い込んでいることになります。
プーチン大統領は、アフリカ諸国を飢餓から救うためにも、今後、ウクライナ南部のオデーサなどの港の封鎖を解く考えはあるのでしょうか。

(安間)
ロシアが食糧輸出を交渉カードに使おうとしている以上、封鎖の解除は、欧米をはじめ、国際社会の出方次第と考えているようです。ウクライナでの戦況、欧米によるウクライナへの武器供与もからんできます。
欧米諸国は、ウクライナで生産された穀物を、鉄道をつかってポーランド、ルーマニア、ブルガリアなど近隣諸国に輸送し、そこから船で輸出する計画を明らかにしました。
しかし、穀物輸出のインフラは、海上輸送に集中しているうえ、輸送できる量も、鉄道と船とでは比較にならず、問題解決にはつながりません。

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(安間)
こうした中で注目されたのが、トルコによる仲介外交です。
ロシアのラブロフ外相がトルコを訪問し、8日、チャウシュオール外相と会談しました。会談では、食糧の輸送方法などについて協議したと見られ、トルコ側は、黒海で、国連とともに、海上輸送ルートを設置することや、安全のための監視態勢づくりに関与することを提案したと伝えられています。
会談後の共同記者会見で、ラブロフ外相は、ウクライナの港に設置されている機雷を除去する必要があるとして、そのことについて議論したと明らかにしました。一方、チャウシュオール外相は、「国連とトルコ、ロシアとウクライナで会合を開く計画がある」と述べ、今回、結論は出なかったものの、協議を継続したい意向を示しました。
8日の会談には、ウクライナは参加していません。ウクライナ外務省は、「意思決定はすべての関係国が参加して行われる必要がある。ウクライナの利益が加味されない合意は拒否する」という声明を出し、ウクライナ抜きで議論が行われることへの警戒感も示しています。

(出川)
ロシアの軍事侵攻が招いた食糧危機によって、世界各地で多くの命が危険にさらされています。
もちろん、根本的な解決には、戦争を終わらせることが不可欠ですが、停戦をめざす交渉は、2か月以上、中断したままで、戦争が、今後、数か月、あるいは、数年続くおそれも指摘されています。
食糧危機のこれ以上の拡がりを防ぐためにも、すべての当事者が同意する形で、穀物の輸出ルートが確保されるかどうかが注目されます。

(出川 展恒 解説委員/安間 英夫 解説委員)


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