北米と中南米諸国の首脳らが一堂に会する米州首脳会議が、6日からアメリカ西海岸ロサンゼルスで開幕しました。サミットを主催するバイデン大統領は、キューバなど3つの国々を人権や民主主義への懸念を理由に排除したことから、メキシコなどが反発、出席を事実上ボイコットする動きが相次いでいます。
アメリカの威信が揺らぐ中南米地域の現状を考えます。
解説のポイントは3つ。
▼サミット出席“ボイコットの背景”
▼アメリカを悩ませる“不法移民の急増”
▼中南米地域で進む“中国の台頭”です。
米州サミットは、アメリカの首都ワシントンに本部を置くOAS=米州機構を主導し、もともとこの地域で国力の抜きん出ていたアメリカが、民主主義と自由貿易を原則に、首脳会合の定例化を提唱したものです。
クリントン政権当時の1994年、アメリカ南部フロリダ州マイアミでの第1回以降、ほぼ3年か4年ごとに開催されてきました。
混乱や軋轢もありました。アメリカは当初からキューバを民主主義ではないとして、排除しましたが、中南米諸国の間には、キューバを締め出さないよう求める動きが広がり、2015年パナマでの第7回サミットでキューバは初参加。当時のアメリカのオバマ大統領と首脳同士の握手も実現しました。
「アメリカファースト」を掲げた次のトランプ前大統領は、近隣諸国との協力にほとんど関心を示さず、前回の第8回サミットを欠席。副大統領を派遣するにとどまりました。
そして、バイデン政権のもとで今回が9回目。アメリカでの開催は第1回以来28年ぶりです。
今回のサミットは「持続可能で強じん性のある公正な未来の構築」がテーマです。
バイデン大統領は、8日からの首脳討議で、新型コロナ対策や民主主義、移民問題や気候変動などを主な議題に挙げています。自らが唱える「民主主義 対 専制主義」という対立図式のもと、中南米地域でアメリカの指導力回復をはかるねらいがありました。
ただ、バイデン政権は、キューバとニカラグアそれにベネズエラの3か国を「人権をめぐる懸念や民主主義の欠如」を理由に招待しませんでした。これに思わぬところから反発が広がります。隣国のメキシコでした。
ロペスオブラドール大統領は「すべての国が招待されないなら、出席を見送る」と警告。アメリカによる懸命の説得にも翻意しませんでした。こうしたメキシコの事実上のボイコットに、ホンジュラスやボリビアなども同調し、OAS加盟35か国のうち首脳討議に出席するのは、ブラジルやアルゼンチンなど今のところ23か国前後にとどまる見込みです。
ありていに言えば、バイデン大統領の面目は丸つぶれ、アメリカの威信回復どころか、求心力の低下を印象づけたのです。
とりわけバイデン政権に痛手となったのは、アメリカによる不法移民対策で、最も協力が欠かせないメキシコが、外相による代理出席にとどまったことでした。
実は、今回のサミット開幕に合わせて、いまメキシコ南部では、アメリカへの移民をめざす中南米諸国の人たちが、少なくとも数千人規模でキャラバンを組み、ふたたびアメリカとの国境に押し寄せようとしています。
アメリカの当局によりますと、南西部の国境で不法移民として拘束された人は、去年9月までの前の会計年度で、すでに173万人に上り、前年度の3.8倍に急増、過去最多を更新しています。
トランプ前大統領は、コロナ感染の拡大防止を理由に、不法移民を強制送還する措置をとったのに対し、移民に寛容なバイデン政権は、そうした措置の撤廃を打ち出したことで、移民急増に拍車がかかっています。
バイデン政権で対策を任されたハリス副大統領は、「移民を生み出す根本的な問題の解決が必要だ」として、破綻状態にある国々に対して、経済支援に乗り出そうとしましたが、議会の予算審議はウクライナ支援などが優先され、まだ具体化していません。
不法移民対策や国境管理は、秋の中間選挙に向けて、民主・共和両党の主な争点となり、大きな政治問題化しています。
一方、中南米地域で、アメリカへの移民希望者が急増している主な要因には、貧富の格差拡大が挙げられます。
かつて2000年代この地域では、そうした格差是正をめざす左派政権が相次いで誕生し、共産主義ほど赤色ではないという意味で「ピンクの潮流」と呼ばれました。いま再び、「ピンクの潮流」が兆してきたのかも知れません。
現に2018年、メキシコ初の左派政権となったロペスオブラドール大統領をはじめ、アルゼンチン、ボリビア、ペルー、ホンジュラス、チリなど、左派政権が、毎年まるでドミノ現象のように誕生しているのです。
背景には、かつての資源ブームの終えんに加えて、コロナ禍の経済的な苦境、復興の遅れに対する民衆の不満などが指摘されています。
ただ、近年の中南米の左派政権は、かつてに比べて反米姿勢に温度差もあるようです。
ひたすら声を揃えてアメリカに反発すると言うよりも、アメリカのリーダーシップ不在にしらけて距離を置く、いわば“アメリカ離れ”の傾向がうかがえます。
“アメリカ離れ”の背景には、この地域との貿易や投資それにインフラ整備などで年々、影響力を増してきた中国の台頭があります。
中国は去年南米全体で最大の貿易相手国、メキシコなどを含むラテンアメリカ全体でも、アメリカに次ぐ第2の貿易相手国になりました。
中国の巨大経済圏構想「一帯一路」には、この地域から20か国が参加しています。
中南米諸国には、「中南米の問題は中南米で解決する」として、アメリカとカナダを除く33か国でつくるCELAC=ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体という枠組みもあります。去年このCELAC首脳会合には議長国メキシコの招きで、中国の習近平国家主席がビデオ参加するなど、関係強化を図ってきました。
今回の米州サミットのボイコットについて、中国外務省は「アメリカは独断専行で横暴なやり方をやめ、ラテンアメリカとカリブ諸国を正しく尊重するべきだ」としています。
中国による中南米進出には、人権や民主主義といった発想はすっぽり抜け落ちています。しかし、もはやアメリカは中南米諸国が頼れる唯一の存在ではなくなったのは確かです。
バイデン政権が、キューバなどをサミットから排除したように、今後も特定の国々と対話を拒めば、中国との競争で、アメリカは劣勢に立たされるかも知れません。
無論アメリカの国内政治も影響します。
たとえば先月、バイデン政権は、トランプ政権時代の対キューバ政策の見直しの一環として、渡航や送金、ビザ発給数などの制限を緩和しました。すると、キューバには厳しいキューバ系の議員たちが、バイデン政権を超党派で批判。激戦州フロリダのキューバ系移民ら、選挙のたびに勝敗の鍵を握る有権者を遠ざけてしまう懸念もあるのです。
バイデン政権がめざす中南米地域での指導力回復は、決して容易ではなさそうです。
来年アメリカは、第5代大統領ジェームズ・モンローが一般教書演説で、いわゆる「モンロー主義」を唱えてから、ちょうど200年の節目を迎えます。
「モンロー主義」は、南北アメリカへのヨーロッパ列強による干渉を拒み、いまなおアメリカに脈打つ孤立主義的な考え方の起源となりました。同時に、この中南米地域を「アメリカの裏庭」などと見下したような言い方で自らの勢力圏とみなし、内政に干渉し、ときに軍事介入もして、アメリカの利害を押し付けた長い歳月の始まりでもありました。
200年後のいま、バイデン大統領には、民主主義の高邁な理想を語るだけではなく、対等なパートナーという原点に立ち返り、中南米諸国と新たな関係を築き直して欲しいと思います。
(髙橋 祐介 解説委員)
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