電気料金の引き下げをめざして進められてきた電力の小売りの自由化が壁にぶつかっています。ウクライナ情勢などを背景に燃料となる天然ガスの高騰をきっかけとした電力料金の高騰で、経営を悪化させる小売り事業者が増えているのです。きょうは小売り自由化の経緯を振り返り、壁にぶつかった背景や、今後の課題について考えていきたいと思います。
解説のポイントは三つです。
1) 小売事業者 経営悪化の背景
2) 電気の供給停止がもたらす影響
3) 政府に求められる対応
1) 小売事業者 経営悪化の背景
まず最近起きていることを考える前に、電力自由化にいたる経緯について簡単に振り返ります。
電気が発電されて私たちの家や企業に届くまでには、電気をつくる発電、その電気を送る送配電、そして家庭や企業に販売する小売りと、三つのプロセスがありますが、かつては、これを地域ごとに大手電力会社がすべて担っていました。その際電気料金は燃料や送配電にかかるコストをつみあげる総括原価方式と呼ばれる方法で決められていたため、コストダウンの意識が高まらず、電気料金が下がりにくい要因と指摘されていました。このため、1990年代の後半以降、発電、送配電、小売りの三つの機能を分離する制度改革を段階的に行ってきました。
発電部門には、工場に大規模な自家発電の機能をもつ企業など独立発電事業者が参入し、小売部門にも大手電力会社以外の事業者が参入しました。競争原理の導入つまり、価格競争をすることで、電気料金の引き下げを狙った改革でした。
今回問題になっているのは、小売部門のうち大手電力以外の小売事業者で「新電力」と呼ばれています。民間の信用調査会社帝国データバンクによりますと、去年4月時点で国に登録されていた新電力は706社。このうち、今年3月までの昨年度一年間に14社が倒産、2016年に小売りの自由化が行われて以来最も多くなりました。そのほかにも17社が廃業や撤退を決めています。
こうした新電力の経営が急速に悪化している背景には、このビジネスの構造的な要因があります。
新電力の多くは、自ら発電機能をもっていないため、大手電力会社やその他の発電事業者から相対契約で電気を購入するか、または、大手電力会社や独立発電事業者などが電気を供給する卸電力取引所を通じて電気を購入し、それを個人や法人に販売しています。問題はこのうち、取引所への依存度が高い新電力です。いまロシアのウクライナに対する軍事侵攻の影響で、火力発電の燃料となる天然ガスのスポット価格が一時去年の10倍以上の水準にまで高騰。こうした影響で日々価格が変動する卸電力取引所の価格も値上がり。今年3月には一キロワットアワーあたりの平均でおよそ26円と、去年の同じ月に比べると4倍以上まで跳ね上がり、その後も高止まりしています。新電力にとって取引価格の値上がりは電気の調達コストの上昇に直結します。この状況で顧客に従来の料金プラン=つまり大手電力会社よりも安い価格で電気を販売すれば赤字になってしまうことから、新規の契約を停止したり、事業からの撤退、最悪の場合、経営破綻に追い込まれるケースが増えているのです。
2) 電気の供給がもたらす影響
次に新電力の経営が悪化することによる社会的な影響についてみてゆきます。
電気の小売市場における新電力のシェアは、2割から3割程度にのぼっています。北海道と沖縄県、北陸をのぞく地域で今年4月まで電力の供給を行ってきた新電力が事業からの撤退したケースでは、家庭用と企業用であわせて15万7000件の契約者が、別の小売事業者との契約に切り替えをせまられることになりました。
新電力が経営破綻したり、小売り事業から撤退した場合、新電力から電気を購入していた消費者はどうなるのでしょうか。新電力の経営悪化を受けて、新電力と契約していた企業の間では、大手電力会社のグループの小売り事業者に契約を切り替えようという動きがでました。ところが、大手電力会社の間でも、企業向けの契約の新規受付けを一部停止する動きが広がっています。大手電力会社にとって新たな契約を結べばその分電気の調達が追加で必要となりますが、すでに電力の需要は自前の設備の発電量のぎりぎりまで達しています。このため自前の電源で賄えない分は卸電力取引所から調達しなければなりません。その際には、新電力と同じで、いまの割高な市場価格で買わなければならず、採算が見込めないことになるからです。
では電力の供給ができなくなった新電力と契約を結んでいた企業はどうしたらよいでしょうか。国の制度ではこうした場合、大手電力会社の送配電事業者が電気を供給する義務を負うことになっていて、どこからも電気を供給してもらえなくなって困る、ということにはならない仕組みとなっています。しかし、電気の供給を受ける顧客の側にしてみれば、自らに落ち度はないのに新電力の経営が行き詰まることで、契約先を変えなければならないという不安定な状況に置かれることになります。電力事業を所管する経済産業省の萩生田大臣は小売りに新規参入した企業に対し、「国民生活に密着したエネルギー供給を業とする覚悟を求めたい」と苦言を呈しました。
3)政府に求められる対応
ではこうした事態に政府はどう対応すべきなのでしょうか。
政府は今年4月から、経営の悪化した新電力を対象に、金融機関からの融資の一部に、信用保証協会の債務保証を受けられるようにして、資金繰りを支える対策を打ち出しました。しかしより求められているのは、新電力の経営の安定をはかり、電気の供給を止めないようにするための対策です。
実はこの制度が始まる前、経済産業省の中では、顧客への安定供給という観点から、新規小売事業者にも発電機能をもたせるよう義務付けるべきではないかという意見も出ていました。しかし、それでは多くの新規参入を望めないとして、発電機能は義務付けないことになったといいます。それはそれで合理的な考え方だったとは思いますが、いまや、自前の発電機能をもたないがゆえに、高い電気を買わざるを得なくなり、経営の脆弱性につながるところもでています。
こうした中で経済産業省では、新電力の経営体力、具体的には、エネルギー価格がどれだけ上がると経営にどのような影響がでるのかなどの調査を始めています。今後は、新規の参入を認める際には、電気の安定的な供給を継続できるかという観点から、より厳格な判断が求められるのではないでしょうか 。
また今回経営が悪化した多くの新電力は、価格が変動しやすい卸電力取引所からの調達への依存度が高かったために、市場価格の高騰で一気に経営が悪化しました。これを防ぐには、新電力各社が、取引所からの調達に加えて、大手の電力会社や独立発電事業者などとの相対取引で、安定した価格で調達できる電気を一定量確保するよう義務付けることが必要だという指摘も出ています。
さらに、長期的には蓄電技術の開発を通じて発電のコストの安い太陽光エネルギーを日中だけでなく夜間にも取引所に供給できるようにし、天然ガスなどが高騰した場合の市場価格の変動を緩和させていくことも求められます。
ロシアによるウクライナ侵攻は資源をもたない日本の弱点を改めて浮き彫りにしただけでなく、エネルギー価格が高騰する中での電力の小売り自由化の課題をつきつける形となりました。
私たちが安くかつ安定的に電気を使えるようにするために、制度の適切な見直しが求められています。
(神子田 章博 解説委員)
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