中国では、2022年6月4日、民主化を求める学生や市民たちに軍が銃を向けて、武力で制圧し、多くの犠牲者が出た1989年の天安門事件から33年となります。
いまや世界第2位の経済大国となった中国ですが、習近平指導部のもと統制は強まり、党や政府への批判、民主化などを求める声を公の場であげることは極めて難しくなっています。
事件から30年以上経った中国の人権状況と、政治体制について、石井一利解説委員が解説します。
【中国の人権】
中国政府は、共産党創立100年となった去年(2021年)、中国の人権状況だとする白書を発表しました。
白書では、共産党や中国政府は、人権の尊重と保障に取り組んできたと主張し、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」とされる「生存権」などを強調し、アピールしました。
しかし、中国国内の実際の人権状況を見て、欧米諸国などの批判は、このところ強くなっています。
【香港の人権状況】
批判対象のひとつが香港です。
中国本土では、公に語ることがタブーとなった天安門事件について、香港では、事件の犠牲者を追悼する大規模な集会がおよそ30年にわたり毎年開催されてきました。
しかし、習近平指導部の統制が強まり、おととし、反政府的な動きを取り締まる「香港国家安全維持法」が施行されるなどした結果、ことし大規模な集会の開催は難しいとみられています。
香港では、重要な人権、言論の自由が急速に失われていると、指摘されています。
【新疆ウイグル自治区の人権状況】
また、中国の新疆ウイグル自治区の人権状況への批判も強まっています。
アメリカのバイデン政権は、「2017年以降、ウイグルの人たちをはじめとするイスラム教徒など100万人以上が当局によって、特別につくられた収容所などに強制的に入れられたと推計される」と指摘するなど、欧米の国々を中心に中国を批判。
5月下旬、国連の人権高等弁務官が、中国を訪問したタイミングで、ウイグルの人たちが多数収容されているとされる施設についての新たな資料が明らかになりました。
資料は、アメリカ在住のドイツ人研究者、エイドリアン・ゼンツ博士が入手したもので、匿名の情報提供者が当局のデータベースをハッキングして流出したものだとしています。
主に2017年から18年のものとされ▼ウイグル族の人たちなどが多数収容されているとされる「再教育施設」の内部とみられる写真や、▼収容された人たちのリスト、それに▼共産党幹部の発言内容などが含まれています。
写真の中には、施設の中で頭に黒い覆いをかぶった人物が手と足を鎖でつながれている様子や、警察など当局者とみられる男たちに抑え込まれている人物の様子などが写されています。
この資料について、ゼンツ博士は、「中国側が再教育施設だとしていた施設の実態が刑務所と同様だということがわかった」と指摘しています。
これに対して、中国外務省の報道官は、「反中勢力が自治区のことを中傷した最新の事例だ」とした上で、「うそや噂を広めても世の中の人はだまされない」などと強く反発しています。
ただ、新たな資料が明らかになったことで、国際社会の中国への疑念はいっそう強くなったと言えます。
【「ゼロコロナ」政策とその影響】
さらに、中国の人権状況に関しては、国内からも新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、人々から強い不満が出ました。
習近平指導部は、最初に感染が広がった武漢で、都市をまるごと封鎖して感染を抑え込むと、感染を徹底的に抑え込む「ゼロコロナ」政策を掲げ、中国共産党による統治の優位性と正しさを示すものだとアピールしました。
感染力の強いオミクロン株に対しても、習主席は、「堅持こそ勝利だ」などとして、「ゼロコロナ」政策の継続を指示しました。
その結果、2400万人以上が住む、中国最大の経済都市、上海では、2か月あまり、事実上の「都市封鎖」措置が取られ、外出が規制された人々は、「食べる物がない」などと、家の中で、鍋を叩き強い不満を表明する事態にまでなりました。
また、厳しい移動制限は、経済にも大きな影響を与えており、中国政府は、ことしの経済成長率の目標を「5.5%前後」としていますが、達成は困難だとの見方も出ています。
【大学生たちの抗議】
こうした状況は、若者たちに暗い影を落としています。
若者たちが集まり抗議する映像がネット上で拡散し、香港メディアは、北京の一部の大学で、学生たちが厳しい行動規制に抗議したと伝えています。
中国では、大学進学者が増え、この夏、大学を卒業する若者は、少なくともこの10年で最も多い1076万人になるものの、就職難が懸念されているなどと伝えられています。
抗議した学生たちには、将来への強い不安や不満もあるとみられ、中国当局は、天安門事件の日、6月4日を前にした動きだけに、政府批判につながりかねないと神経をとがらせています。
【中国共産党大会 2022年後半開催】
中国共産党は、天安門事件のあと、民主化などの政治改革よりも、経済発展を優先し、人々を豊かにすることで、様々な不満が噴出することを抑え込んできたと言われています。
その中国共産党の指導部の人事を決める5年に一度の党大会が、ことし後半開催されます。
最大の焦点は、習近平国家主席が党のトップを続投し、異例の3期目入りするかです。
【李克強首相が注目】
しかし、「ゼロコロナ」政策を堅持することで、経済が急減速する懸念が出ている中、これまであまり目立つことがなかった党で序列2位の李克強首相の存在が注目されています。
注目されるひとつのきっかけになったのが、5月14日の中国共産党の機関紙、人民日報です。
1面の見出しに続き、第2面を大きく使い、李克強首相が4月に行った経済政策などについての演説内容が掲載されました。
9000文字を超える長い記事の中、習近平国家主席が看板政策として掲げる『「ゼロコロナ」政策』という言葉は、ほとんど触れられていなかったことから、その意味を巡って、波紋が広がりました。
また、その直後、李克強首相が地方視察に訪れた際、首相だけでなく、周囲の人たちもマスクを着けずにいる写真がネット上で拡散。
経済に大きな影響が出ていることを踏まえ、李克強首相は、「ゼロコロナ」政策に批判的なのではないかという観測が広がり、党大会を前に、党内の権力闘争の一端が顕在化したのではないかとの見方も出ています。
【習近平国家主席の党トップ続投は】
しかし、5月下旬になり、中国の国営メディアが、習近平国家主席の特集を始めた上、香港の有力紙「明報」が、習近平国家主席がことしの共産党大会で、建国の父、毛沢東にも使われた「領袖」(りょうしゅう)に位置づけられる可能性があると伝えるなどしたこともあり、習主席の3期目入りの可能性は依然として高いとみられています。
この「領袖」が、習主席にも使われることになれば、その権威は、毛沢東に並ぶともみられます。
これとは別に、習近平国家主席は、ことしの党大会で、毛沢東が終生就いていた「党主席」に就任するとの観測も出ています。
「党主席」に就任すれば、党の最終政策決定権が、現在7人で構成される最高指導部、政治局常務委員会での合議によるものから、1人に変更される可能性があるとの指摘もあります。
ことしの党大会では、習近平国家主席への権力の集中がいっそう進むのか、また権力の集中が進むとすれば、仮に権力者が暴走した場合、歯止めをかける仕組みは残されるのか、注目されています。
多くの学生や市民が、中国の民主化を求めた天安門事件から33年。
ロシアでは、権力の集中を進めたプーチン大統領が、ウクライナへの軍事侵攻を行っただけに、ことし中国共産党が、どのような判断を行うのか、世界が注視しています。
(石井 一利 解説委員)
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