北朝鮮がかつてない早いペースで弾道ミサイルの発射を繰り返しています。中断していた核実験を再開する兆候もみられ、日本各地でJアラートが鳴り響いたような朝鮮半島危機が再びやってくるのではないかと懸念されています。
新型コロナウイルスの感染拡大で建国以来の危機に直面しているのに、北朝鮮はなぜ核・ミサイル開発をエスカレートさせているのでしょうか?
そのねらいと国際社会としての対応について考えます。
【解説のポイント】
この時間は、
▽ 新型コロナの感染状況とミサイル開発の現状をみたうえで、
▽ 7回目の核実験はあるのか、その可能性を探り、
▽ 最後に国際社会としてどう対応していくべきか考えていきたいと思います。
【コロナ感染とゼロコロナ】
「感染者はひとりも出ていない」と豪語していた北朝鮮ですが、今月12日になって突如、変異ウイルスの感染者がみつかったと発表しました。当局によれば発熱した人の数は29日までの累計で355万人近くに達していて、国民の7人にひとりが発熱した計算です。
キム総書記は「建国以来の大動乱」と述べて危機感をあらわにしています。
労働新聞は「発熱者の95パーセントは回復した」と伝えていますが、感染者数の割には死者が極端に少ないなど、当局の発表には疑わしい点も少なくありません。
もともと医療体制が脆弱なうえワクチン供与の申し出を断り続けており、徹底した封じ込めによる経済への影響も懸念されています。
【多角化するミサイル発射】
その一方で北朝鮮は、ことしに入って16回とかつてない早いペースで弾道ミサイルなどの発射を繰り返しています。このうち3月24日に発射された弾道ミサイルはおよそ70分かけて1100キロを飛行し、ICBM=大陸間弾道ミサイル級の大型ミサイルだったと分析されています。ICBM級の発射は4年4か月ぶりのことで、北朝鮮は、発射の様子を見守るキム総書記の様子を映した動画を放映して成功を誇示しました。
最近の北朝鮮のミサイル発射で特徴的なのは多種多様なミサイルの発射を行っていることです。
北朝鮮は去年1月、国防力強化のための開発目標として▽超大型核弾頭の生産、▽ICBMの攻撃命中率の向上、▽極超音速ミサイルの開発導入、▽固体燃料のICBMの開発、▽原子力潜水艦の保有などを示しています。このうち2番目と3番目はすでに試験発射が行われており、1年前に立てた「目標に従って着実に兵器開発を進めているものと思われます。
バイデン政権になってアメリカとの協議は止まったまま、韓国でも北朝鮮に融和的な姿勢を示してきた韓国のムン・ジェイン政権は退陣し、厳しい姿勢を示す保守のユン・ソンニョル政権に代わりました。当面はアメリカや韓国との協議はないと見込んで、今のうちに核・ミサイル開発を進めておこうという思惑なのではないでしょうか。
新型コロナウイルスの感染拡大で国内が大変な時に、莫大な費用をかけてまで弾道ミサイルの発射を繰り返しているのは理解に苦しむところです。国民の生活よりも国防力の強化が大事という考えなのでしょうか?
【7回目の核実験は】
次に7回目の核実験に踏み切る可能性について見ていきたいと思います。
北朝鮮は2017年の9月を最後に、核実験を行っていません。翌年の5月にはプンゲリにある核実験場の坑道を爆破する様子を外国メディアに公開しています。しかしことし3月以降、この核実験場でトンネルを掘削したり資機材を運び入れたりするなど核実験を再開する兆候ともとれる様子が衛星写真によって確認されています。
韓国政府は、プンゲリとは場所でも核実験を準備するための起爆装置の作動試験が行われていることを探知したとして「7回目の核実験が差し迫っている」という認識を示しています。専門家は、7回目の核実験があるとすれば「複数の核弾頭を弾道ミサイルに搭載するための多弾頭化や小型化を狙った実験になるだろう」と指摘しています。
ここで鍵となるのは中国との関係です。
中国は弾道ミサイルの発射は黙認していますが、核実験については断固反対する立場を明確にしています。核実験場が中国との国境に近く環境への悪影響が懸念されることもありますが、北朝鮮の核武装が韓国や日本、さらには台湾の核武装につながりかねないと警戒しているからです。キム・ジョンウン体制になってから行われた4回の核実験はいずれも中朝関係がしっくりいっていない時期に行われています。せっかく修復した中国との良好な関係を犠牲にしてでも、核実験に踏み切るのかどうかは判断の難しいところです。
【国際社会の対応は】
ここからは北朝鮮の核・ミサイル開発への国際社会の対応について考えます。
結論から申し上げますと、核・ミサイル開発に歯止めをかけるどころか、北朝鮮の暴走を後押ししかねない状況になっています。
どういうことなのか。前回の朝鮮半島危機と比較してみましょう。
2016年から17年にかけて、北朝鮮はICBM級を含む弾道ミサイルなどを40回発射し、3回の核実験を行いました。これに対して国連の安全保障理事会は6回にわたって北朝鮮に対する制裁決議を全会一致で採択しています。北朝鮮への原油や石油精製品の輸出量を制限し、北朝鮮からの石炭や鉄鉱石などの輸入を全面禁止にするなどの厳しい制裁を科したのです。
ところが、ことしはすでに16回の弾道ミサイルなどの発射を繰り返し、核実験を再開する構えまで見せているにも関わらず、安保理は制裁決議はおろか非難声明すら出せていません。
先週の26日には、アメリカが新たな制裁決議案を作成し、北朝鮮への原油や石油精製品の輸出量をさらに削減するとともに、北朝鮮のハッカー集団の資産を凍結することを提案しました。しかしこの決議案は中国とロシアが拒否権を行使したため否決されていました。世界の平和と安全を維持する責任を負っているはずの国連安保理が、米中と米ロの対立によって機能不全に陥ってしまっているのです。これは由々しき事態です。
7回目の核実験があるのかどうか。もしあった場合、果たして安保理は毅然とした対応をとることができるのかどうかも、かなり怪しくなってきています。
【まとめ】
今ウクライナで起きていることを見て、北朝鮮は「核兵器さえ持っていれば」という思いを強くしていることでしょう。安保理が機能しないのであれば、せめて日本、アメリカ、韓国の3か国だけでも結束して抑止力を高めていく。独自の制裁も強化していく。それによって、新型コロナの感染拡大や経済制裁で疲弊している北朝鮮が、対話に出てこざるを得ないような状況をつくっていくべきではないでしょうか。もちろんそれも簡単ではありません。しかし北朝鮮はすでに日本列島を射程に収める弾道ミサイルを数百発も保有し、その能力を着々と高めてきていることを忘れてはなりません。手をこまねいているだけでは北朝鮮の暴走を止めることはできないのです。
(出石 直 解説委員)
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