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日米首脳会談 クアッド首脳会合 成果と課題

髙橋 祐介  解説委員 岩田 明子  解説委員

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日米首脳会談に続き、オーストラリアとインドを加えたクアッド首脳会合に出席したアメリカのバイデン大統領は、帰国の途に就きました。ロシアによるウクライナ侵攻が長期化の様相を呈して、国際秩序を大きく揺さぶるなか、日本を舞台にした一連の首脳外交は、どこまで成果を挙げ、どんな課題を残したか?
アメリカ担当の髙橋解説委員、政治・外交担当の岩田解説委員とともに、日米双方の視点から考えます。

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髙橋)
就任後初めてアジアに飛んだバイデン大統領。ロシアによるウクライナ侵攻への対応に追われる中でも、インド太平洋地域の安全保障に睨みをきかせ、経済面でも関与を深めることにいささかの変わりもない。そんな姿勢を印象づけるねらいがありました。

韓国との首脳会談では、北朝鮮による挑発行動を強く警戒し、アメリカが、いわゆる「核の傘」を含めて同盟国を防衛する“拡大抑止”の責任を果たすことを再確認。合同軍事演習の規模拡大に向けて協議を始める方針も打ち出しました。

続く日米首脳会談でも、抑止力と対処力の強化で合意。バイデン大統領は、「最も重大な競争相手」と位置づける中国を強く意識して、経済安全保障の観点から、アメリカ主導の新たな経済連携IPEF=インド太平洋経済枠組みを立ち上げました。
そして、締めくくりが日米豪印4か国によるクアッド首脳会合。駆け足の5日間でした。

岩田さん、まず北朝鮮について、日米首脳会談で、どんなやり取りがあったでしょうか?

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岩田)
北朝鮮はICBM級のミサイル発射や核実験の準備とも受け取れる動きを見せるなど、核ミサイル開発の活発化が懸念されています。岸田総理大臣は「ウクライナ情勢が悪化する中、北朝鮮に挑発的な行動を進める窓が開いたと誤解させてはならない」と述べました。また拉致問題の解決に向けて、アメリカの全面支援を要請。
韓国についても、2015年に慰安婦合意をまとめた当事者として、日韓、日米韓の協力の重要性に触れつつ、「国と国との約束は遵守しなければならない。日本企業の資産の現金化回避は喫緊の課題だ」と指摘しました。

髙橋)
バイデン大統領は、日米同盟の結束を重ねてアピールすることで、「いかなる地域でも力による一方的な現状変更は断じて許さない」そうした立場を鮮明に打ち出しました。

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岩田)
「中国は日米にとって最重要の戦略的課題」と岸田政権は位置づけています。岸田総理は、ウクライナ情勢によって、中ロの急速な接近に拍車がかかる恐れを指摘しました。実際に日本周辺で、去年秋から、中ロ両国軍による共同演習などが繰り返されています。

対中国の考え方について、岸田総理は、ご覧の5つのポイントを示したようです。
このうち台湾については、中国が力による一方的な現状変更を試みれば、ウクライナの比ではない重大な影響を日本や国際社会に及ぼしかねないとしています。
日本もアメリカとともに、しかるべき役割を果たす考えも伝えた上で、台湾に関する議論を静かに進めることを確認し、日米共同声明に明記されました。今後、日本の役割をめぐっては難しい議論も予想されます。

髙橋)
バイデン大統領は記者会見で、中国が武力で台湾統一を図ろうとした場合、台湾防衛のため軍事的に関与する意思を明言し、従来よりも踏み込んだ発言として波紋を広げました。こんなやり取りでした。

(日米共同記者会見 5月23日)
記者「台湾防衛のため軍事的関与の用意はあるか?」
バイデン大統領「イエス」
記者「あるんですね」
バイデン大統領「それがわれわれの責務だ」

バイデン大統領「『一つの中国政策』に同意しているが、力によって奪い取れるという考えは適切ではない。地域全体を混乱させ、ウクライナで起きたことと同じような行動になる。だから、われわれの責任はいっそう重くなる」

髙橋)
中国が武力で台湾統一を図ろうとした際の対応について、アメリカの歴代政権は「あいまい戦略」を踏襲してきました。アメリカ軍は介入するかも知れないかもし、しないかも知れない。そこを敢えて曖昧にすることで、中国の台湾侵攻を抑止し、同時に台湾で独立の動きが緊張を高める事態も抑えるねらいがありました。

では、大統領の発言は、うっかり舌を滑らせた失言だったのでしょうか?どうもそうとも言い切れません。

このあとホワイトハウスは声明を発表し、「アメリカの政策は変わっていない」と説明しましたが、発言は訂正しませんでした。
発言を記録した映像を再生すると、大統領が手もとのメモを見ていたこともわかります。

実は、これまでにもバイデン大統領が台湾防衛に踏み込んだと受け取れる発言をしたあと、ホワイトハウスが声明で政策変更を否定するという事態が、たびたび起きています。
もはや「あいまい戦略」では中国による台湾侵攻を抑止できないのではないか?そうした議論もアメリカ政府の外では始まっています。

米中対立の核心は、台湾問題です。台湾海峡の両岸の緊張激化は、必然的に米中核大国どうしの衝突という重大な危険をはらむことになりかねません。

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岩田)
岸田総理は、防衛力の抜本的強化に対する決意を示し、「いわゆる反撃能力をはじめ、あらゆる選択肢を排除しない」と言及。「最も重要なことは、早急(さっきゅう)に日米同盟の抑止力・対処力を強化することだ」と指摘しました。「早急に(さっきゅう)」という言葉の背景に強い危機感がうかがわれます。

さらに「アメリカの対日防衛コミットメントの根幹をなす『拡大抑止力』は、ますます重要になっている」として、アメリカの核戦力と通常兵器の抑止力で日本を守る「拡大抑止」にも言及しました。

今回、岸田総理は防衛費の増額もアメリカ側に約束。国民の理解を得ながらいかにして財源を確保していくのか課題です。

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ウクライナ情勢をめぐっては、プーチン大統領が核兵器使用の可能性に言及し、中国は軍拡を進め、北朝鮮も核ミサイル開発活動を継続、「核兵器のない世界」の実現は一層険しい道のりです。

岸田総理は、「ロシアの行動には重大な帰結が伴う」という警告をくり返すこと、将来、中国や北朝鮮が、ロシアのように「核の影」をちらつかせた場合、アメリカの強い決意を示すことなどを求めました。

一方、核兵器のない世界の実現に向けて、「現実的、実効的な軍縮を追求することが重要だ」として、CTBT=包括的核実験禁止条約などに取り組むことに加え、中国の核戦力増強をけん制するため、核開発の透明性を向上させることなど、実践的な核軍縮措置についても話しあっていく考えを伝えました。

岸田総理大臣は、来年G7サミットを広島で開催することを表明しましたが、日本が拡大抑止を求めることと、核兵器なき世界の実現を、いかにして両立させるのか。核保有国との橋渡しをしつつアメリカには抑止力を求めるという、岸田政権としての宿願と現実との狭間で厳しい決断の場面もありそうです。

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髙橋)
さて、バイデン大統領は、去年秋から提唱してきたアメリカ主導の新たな経済連携IPEF=インド太平洋経済枠組みを立ち上げました。
▼デジタルを含めた貿易▼サプライチェーン▼クリーンエネルギーと脱炭素それにインフラ▼税制と汚職対策という4つの分野を柱にして、インド太平洋地域で共通の基準やルールづくりを進めようというものです。
立ち上げから参加したのは13か国。中国と経済的なつながりが深い東南アジアからも7か国が含まれました。

これに対して中国は「冷戦思考に陥ってはならない」「国際社会を分断してはならない」と強くけん制します。IPEFには、中国への過度な依存からの脱却を進める一方で、デジタルなどアメリカが得意とする分野でルールづくりの主導権を握るねらいもうかがえます。

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岩田)
いまのG7によるロシアへの制裁を見て、中国は、各国が中国へのサプライチェーンの依存度を深めるべきだと確信したはずです。岸田総理はこのことを踏まえて、自由で開かれた経済秩序を強化するためには、中国のTPP加入を阻止すべきだと伝えました。

IPEFについて、岸田総理は「中国は、自国の巨大な市場を戦略的に活用して、地域の経済秩序を自らの都合の良いものに変えようとしている」として、アメリカが、インド太平洋地域に経済面で関与を強化する姿勢を高く評価しています。
同時にバイデン大統領には、TPPへの復帰もあわせて強く求めました。

髙橋)
しかし、アメリカのTPP復帰は国内に反対が根強く、いまは現実的に難しいでしょう。復帰が難しいからこそ、TPPの代わりに構想されたのがIPEFでした。
アメリカにとって成果と言えるのは、このIPEFにインドも加わったことでした。

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日本とアメリカ、オーストラリアそれにインドの4か国でつくるクアッドは、自由と民主主義、基本的人権、法による支配といった価値観を共有しています。
アメリカは、日本とオーストラリアそれぞれと同盟を結んでいますが、インドはどの国とも同盟は結びません。
インドは中国とライバル関係にあり、国境紛争も抱えています。その中国は、ロシアと親密な関係です。ロシアとインドもまた貿易や武器購入などで親密な関係にあり、インドは対ロシア制裁にも加わっていません。

バイデン大統領は、対中国を念頭に、そうしたインドを自分たちの方に引き寄せたい思わくがあるのです。

岩田)
日本もアメリカと同じ考え方でした。
日米首脳会談でも、岸田総理は「インドが長期的に日米側にあることが重要だ」として、
今回はウクライナ情勢で、あまりインドを追い込み過ぎず、まずは自由で開かれたインド太平洋の実現を目指すことを確認。今回、首脳会合で「ロシアとの関係は、4か国それぞれが、歴史も背景事情も異なる」と岸田総理が前置きするなど、インドの立場に配慮を示しました。

首脳会合では、「力による一方的な現状変更をいかなる地域でも許してはならない」との認識を共有し、4か国の更なる連携強化を図ることを確認。今回、ロシアと軍事的にも関係が深いインドも参加する形で、ウクライナでの悲惨な紛争について懸念を表明し、4か国で一致したメッセージを発したことは一定の成果と言えそうです。

モディ首相の訪日プログラムについて日印首脳会談や夕食会だけでなく日本のコンピューターや、自動車、通信等を代表する企業トップとの面会、日印協会の会長に就任し、モディ首相と親交が深い安倍元総理との面会なども盛り込み工夫を凝らしました。

クアッドの結束を維持するため、インドを引き寄せておく役割は、今後も伝統的な友好国の日本にあると言えます。

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髙橋)
バイデン政権の今後のインド太平洋戦略を最も大きく左右するのは、おそらくアメリカの国内政治でしょう。

たとえば、アメリカ国内の記録的なインフレを抑える対策の一環として、いまバイデン政権は、トランプ政権時代に中国に制裁として課した関税の見直しを検討しています。
しかし、関税の引き下げ、あるいは撤廃に踏み切れば、中国に厳しい政策を主張する野党共和党との間で、秋の中間選挙で争点となり、今なお「アメリカファースト」を唱えて一定の影響力を持つトランプ氏の復権につながるのではないか?そんな観測もあるのです。

日米同盟は長年にわたる双方の努力の積み重ねで深化してきました。ただ。ロシアによるウクライナ侵攻がもたらす惨劇を見るにつけ、どれだけ抑止力を強化し、どんなに経済連携を深めても、それだけで平和と繁栄が保てると信じられるほど、楽観的になれません。
アメリカとの同盟だけに頼らず、日本は自立して主体的に行動することが欠かせません。バイデン大統領は、そうした課題も私たちに改めて残し、初のアジア訪問を終えました。

(髙橋 祐介 解説委員/岩田 明子 解説委員)


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