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知床観光船事故1か月~問われる国のチェック体制

松本 浩司  解説委員

知床半島沖の観光船沈没事故から1か月が経ちました。次々と明らかになる運航会社のずさんな安全管理には驚くばかりですが、ここまで問題のある事業者による運航をなぜ事前に止めることができなかったのか、国の監督体制も厳しく問われています。

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【インデックス】
▼ずさんな安全管理の実態と
▼国のチェック体制のどこに問題があったのかを見たうえで
▼バス事故の経験を参考に、求められる対策を考えます。

【ずさんな安全管理の実態】

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知床半島沖で観光船「KAZUⅠ」が沈没し26人が死亡または行方不明になっている事故では、運航会社「知床遊覧船」の、乗客の命を預かる事業者として許しがたい安全軽視の実態が次々に明らかになっています。

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▼出港基準の「風速」や「波の高さ」を大きく上回る予報が出ていたにも関わらず出港したこと
▼確実な通信手段がひとつもなかったこと
▼陸上から支援する運航管理者がいなかったことなど重大な法令違反に加え
家族への説明会などを通じて社長に船の安全についての知識や資質が著しく欠けてたことも浮き彫りになっています。

【甘かった国のチェック体制】
こうした実態が明らかになるにしたがって「なぜ国はこのような事業者の運航を止められなかったのか」という疑問が強まります。
少なくとも3つの点で国の「見逃し」や「甘い対応」があったことがわかってきました。

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「KAZUⅠ」は去年5月と6月に漂流物への接触と座礁という2つの事故を起こし、けが人も出していました。
これを受けて国は会社の特別監査を行い、安全確保のための「指導」を行いました。

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そこで求めたのは、
① 船と運航管理者との定時連絡を確実に行うこと
② 安全統括管理者などは常に連絡を取れるようにすること
③ 出港の判断が適切だったか検証できるよう運航記録簿に記録を残すこと、などでした。

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会社はこれらを遵守するとした改善報告書を提出。
国はその改善報告書が守られているのか、10月にふたたび、抜き打ちで検査を行いました。
その結果、
▼「求められているものを実施されている」
▼「以前より安全と法令遵守意識が向上したことを確認できた」として
運航を認めました。

しかし国がいわばお墨付きを与えた取り組みは実際には履行されていませんでした。

■見逃し① 定時連絡■

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ひとつめの定時連絡は、事故後、会社が被害者家族に示した記録から日頃から怠っていたことが明らかになりました。
安全管理規程では航路の決められたポイントで船と運航管理者が定時連絡をすることになっていて、国が強く指導したのはこれが安全確保の基本だからです。しかし通信記録には時刻が記載されていない空欄がたくさんありました。
斉藤国土交通大臣は18日の国会答弁で、国も去年10月の抜き打ち検査で不備を確認し
ていたが、あらためて指示をしただけで検査を通していたと説明し「適切ではなかった」と述べました。

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そもそも沈没した観光船は法律で義務付けられた通信手段すら備えていませんでした。事故当時、会社のアンテナが壊れ無線は使うことができず、船の衛星携帯電話も故障していました。船長が持っていた携帯電話は航路の大半が不感地帯で事故時つながらなかったと見られています。事故の3日前に行われた船舶検査で会社側は「通じる」と説明。不感地帯が多いことは携帯電話会社のホームページで簡単に確認できますが、検査側は会社側の説明をうのみにしていました。

■見逃し② 常に連絡とれる運航管理者等■
国が指導した2点目の連絡体制はそもそも連絡を受ける相手が存在しませんでした。

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運航事業者は「安全統括管理者」と「運航管理者」を選任し、運航管理者は船長に気象状況を伝えるなど安全運航を陸上から支援することが義務付けられています。しかしこの会社は去年春に多くの社員が退職し必要な人材を確保できていなかったと見られています。「安全統括管理者」と「運航管理者」を社長が兼任していて事故当時は不在。運行管理者の補助者が支援にあたることも認められていますが、補助者はKAZUⅠの船長になっていて、事務所には連絡をとる相手すらいなかったのです。

■見逃し③ 運航記録簿■
3点目の記録簿についても国の指導が甘かったことがわかりました。

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安全管理規程では運航時の風速や波の高さ、視程を運航記録に残すことになっています。出港の際の天候チェックを徹底し、あとで検証できるようにするための大切な記録なので国は徹底を指導したのです。
しかし指導後、会社が提出し国も確認していた記録では、去年7月の15日間のすべての航海で風速、波高とも0.5メートル、視程5000メートルと同じ数字が記されていました。当時の気象データを見ると連日、風がとても弱かったことは確かなのですが、国よると知床周辺のほかの運航会社の記録は同じ数字にはなっておらず、形式的に記録していた疑いがあります。しかし当時、国は問題を指摘をしておらず、斉藤国土交通大臣は国会答弁で「さらなる確認や指導が十分にできていなかった」と認めました。

【求められる対策とバス事故対策の教訓】

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今回の事故を受けて国は専門家による検討会で再発防止策の検討を始めました。
重要なポイントのひとつが悪質な事業者を見つけ出し、すぐ是正させたり、退場させたりする仕組みづくりです。ただ監査・検査の要員に余裕はなく、容易なことではありません。
参考になるのは過去のバス事故とその後の対応です。

貸し切りバス業界では10年前の関越自動車道での高速ツアーバス事故や6年前の長野県軽井沢町でのスキーバス事故など大きな事故が相次ぎました。
これらの事故でも悪質な事業者と国のチェックのあり方が大きな問題になりましたが、その後さまざまな対策が進められ、軽井沢事故以降、貸し切りバスの死亡事故は起きていません。

しかし対策が一気に進んだわけではありませんでした。

一度目の関越道の事故を受けて国は規制緩和で急増していた「高速ツアーバス」を廃止しました。低価格でサービスを提供する反面、安全面を軽視する傾向が強かったからです。

大きな改革でしたが、このとき悪質な事業者を見つけて退場させる仕組みづくりは、必要性が指摘されていたにも関わらず、見送られました。バス業界への配慮もあったと見られます。その4年後、ずさんな安全管理をしていたバス会社が軽井沢でふたたび大事故を起こしました。

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これを受けて、ようやく国は、▼事故を起こした事業者名の公表制度、▼事業許可の更新制、▼バス業界側にも負担を求めて民間機関による審査の仕組みをつくるなど踏み込んだ対策を取ったのです。悲劇を繰り返した、この轍を踏むことがあってはなりません。

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【まとめ】
知床沖の観光船事故では事故から1ヵ月たっても多くの人の行方がわかっていません。
痛ましい事故を繰り返さないためにまず事故原因の究明と事業者の体質や国のチェック体制の徹底検証が求めれます。そのうえで国は安全な運航をしている多くの事業者を後押しする一方、悪質な事業者は退場させる、あるいは参入を許さない抜本的な対策を急ぐ必要があります。

(松本 浩司 解説委員)

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