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対ロ制裁とエネルギー安全保障

神子田 章博  解説委員

政府は、ウクライナに侵攻するロシアへの追加の制裁措置として、ロシア産の石油を原則禁輸する方針を表明しました。きょうは、ロシアに対する制裁が、日本の安定したエネルギーの確保=いわゆるエネルギー安全保障に及ぼす影響について考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです。

1) 原油の禁輸措置に踏み切った背景
2) ロシア産原油禁輸の影響
3) 天然ガスは制裁の対象にできるか

1) 原油の禁輸措置に踏み切った背景

まず対ロ制裁の具体的な動きについてみてゆきます。

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岸田総理大臣は今月8日、G7=主要七か国のオンライン首脳会合で、ロシア産の石油を原則禁輸する方針を表明しました。日本は原油のほとんどを海外から輸入していて、今年3月、アメリカとイギリスがいち早くロシア産原油の禁輸措置を打ち出して以降も、政府内には原油の輸入禁止には慎重な意見が出ていました。しかし、世界第三の産油国であるロシアが原油の輸出で得る収入は、軍事侵攻に必要な戦費を支えることになります。今月に入ってロシア産原油に対する依存度が日本以上に大きいドイツが一足早く禁輸を決断。この動きも後押しする形となって、日本としてもG7としての協調を優先する方向に舵を切ったのです。岸田総理大臣は「ロシアによるウクライナ侵略は、ヨーロッパのみならず、アジアを含む国際秩序の根幹をゆるがす行為であり、いまほど普遍的な価値を共有するG7の結束が求められているときはない」として、国民の理解を求めました。

2) ロシア産原油禁輸の影響

ではロシア産原油の禁輸措置は、日本のエネルギー安全保障にどのような影響を与えるのでしょうか。

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日本の原油の輸入のうちロシア産が占める割合は、3.6%にとどまっています。また長期契約ではなく、その時々の必要に応じて短期で取引するスポットと呼ばれる契約が多く調達先を変更しやすいなど代替可能という見方が一般的です。実際にENEOSホールディングスや出光興産がロシアの軍事侵攻を受けて、ロシア産原油の調達を停止しています。政府は、日本が必要とする原油の調達に支障が生じないよう、ロシア産の輸入の削減や停止の時期などは、今後実態を踏まえて検討していくとしていますが、国民生活や企業の事業への影響を最小限に抑えることが求められます。

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また、そもそも日本にとってロシアからの原油調達は、1970年代に中東戦争がもたらしたオイルショックを教訓に、中東への依存を減らす狙いがありました。ロシア産を輸入しないなら、その分、北米からの調達を増やすなど新たな多様化の対応が求められます。
 ただ日本や欧米諸国がロシアから輸入していた原油は、これらの国々の全輸入量の6分の1程度にのぼり、それだけの量をほかの産油国から調達するとなれば、原油価格のさらなる上昇を招くおそれもあります。そうなれば、日本でもただでさえ高騰しているガソリン価格の値上がりや、それに伴う輸送コストの上昇、さらに、原油を原料に使った化学製品の製造コストが膨らむなど、私たちの暮らしや企業の活動が、大きなマイナスの影響を受けることが懸念されます。

3)天然ガスは制裁の対象にできるか

 さてここからは次の制裁の手段として禁輸措置がとられる可能性がある天然ガスの問題について考えていきたいと思います。

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ロシア最大の政府系ガス会社ガスプロムは、先月から今月にかけて、ポーランドとブルガリア向け、そしてドイツ向けの一部について、天然ガスの供給を停止すると発表。これを受けて、欧州各国では、天然ガスについてもロシアへの依存度を減らすべきだという議論が改めてひろがっています。
 欧州がロシア以外から天然ガスを調達しようとすると、日本も天然ガスの安定調達にむけ厳しい対応を迫られることになります。

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日本は発電所の燃料や都市ガスなどに必要な天然ガスを輸入に頼っており、ロシアからの調達は全体の8.8%にのぼります。天然ガスの問題は、生産余力のある中東の産油国が増産すればロシア分をカバーできる原油とは異なり、世界的にも生産余力がほとんどないことです。天然ガスをめぐって萩生田経済産業大臣は「将来的に禁輸の対象にすることは否定できないが、かなり制度設計は難しい」という見方を示しています。G7の中ではドイツが日本以上にロシア産に依存するなど、禁輸措置に向けたハードルは原油に比べてはるかに高くなりそうですが、仮に日本がロシア産の輸入を止めるなら、当座は、スポットと呼ばれる短期の契約で高騰している価格で天然ガスを買わなければならず調達コストが一段と割高になります。さらに長期的には、北米など他の天然ガスの産出国に輸出拡大を要請すると同時に、ガスを輸送しやすいように液化する施設の増設に投資や技術供与を申し出るなど、代替措置を講じて安定調達をはかっていく必要があります。
また日本がロシア産の天然ガスの輸入を止めることが、ロシアに対する制裁として果たして有効なものとなるのかという指摘も出ています。

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日本は極東の資源開発プロジェクトサハリン2で採掘された天然ガスをLNG=液化天然ガスに加工して輸入しています。このサハリン産のガスの調達は、長期契約に基づいて行われていますが、ロシア側との契約では、仮に日本がロシア産ガスの輸入を止めたとしても、代金は支払い続けなければならないおそれもあります。そうなればロシアからすれば、販売しない天然ガスの代金が受け取れるうえ、日本に販売しなくなった分の天然ガスを他の国に売り込むことで、二重に収入を得ることができるようになる。制裁するはずが逆にロシアを利することになるかもしれないというのです。

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また、サハリン2をめぐっては、日本の大手商社「三井物産」と「三菱商事」がロシアのガスプロムなどと合同で出資し天然ガスの採掘などの権益を。サハリンのもう一つの資源開発プロジェクトであるサハリン1では、「伊藤忠商事」や「丸紅」などが出資して、30%の権益を保持しています。こうした権益について、ロシアとのビジネスを断ち切るため、手放すべきだという声もあがっています。実際にサハリン2に出資していたイギリスの大手石油会社シェルは、ロシアの軍事侵攻を受けて、完全撤退を表明しています。その一方で、専門家からは、日本が苦渋の思いで権益を手放したとしても、その権益を第三国の中国が買い取れば、ロシアは痛みを感じることはない=つまり制裁の効果は期待できない。それだけでなく、資源獲得の競争相手である中国に漁夫の利を与えることになるという声も聞かれます。

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こうした中で当事者となる企業は今後の対応について「日本のエネルギー安定供給の観点も踏まえ対応していく」としており、岸田総理大臣も「権益を維持することには変わりはない」として、長年の時間と労力をかけて獲得した権益を手放さない方向で一致しています。ただイギリスのシェルがサハリンからの撤退を表明した後もロシア産の原油を買い続けていたことで、ウクライナのクレバ外相から「ロシアの原油に血のにおいがしないか」と厳しく批判された事例もあり、今後、ウクライナ情勢と国際世論の風向きによっては、ロシア産のエネルギーに関係する日本企業が批判を浴びるリスクも考えておく必要がありそうです。

ロシアに対するエネルギー制裁は、国内でもガソリンや電気料金の高騰という形ではねかえってきています。日本としては、価値観を共にするG7と歩調を合わせることももちろん大事ですが、資源を持たざる国として、どう動くのがエネルギー安全保障上得策となるのか。慎重に考えていくことが求められています。

(神子田 章博 解説委員)


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